この世の去り方。「生きてきた証」とは?

 

ネパールの首都カトマンズにてバイクを借りてあちこち乗り回しているうち、ヒンズー寺院のパシュパティナート寺院に着いた。ここは公開火葬で有名?な寺院。異教徒である我々も立ち入ることが出来る。インドのボンベイ(現ムンバイ)で、ゾロアスター教徒の鳥葬地上空に滑空するハゲタカをみて独特の思いを馳せたものだったが(鳥葬地は非公開)、ここはオープン。人の死にかかわる儀式とは秘すべきものではないのだろう。

ちょうど、一人の方の火葬が始まるところだった。奥には遺族の方らしい人々が並んで座っている。あまり悲しそうでないのが不思議だった。かつて自分の祖父が亡くなったとき、いよいよ火葬というときに「最後の祖父の顔」をみて涙が出そうになったことを覚えていたから。でも、それもまた宗教の違いから来るものなのかもしれない。

火がついた。とはいっても案外貧弱な炎で、どう考えてもこれで「体重の60%が水分(70%だっけ?)」の人間一体が焼き切れるとは思えない。途中で薪を加えてはいるが、まぁ焼き切れないならそれはそれでいい、ということなのだろうか。あたりには徐々に「人の焼ける臭い」が漂い始めた。ハンカチで鼻を押さえる白人カップルがいた。こればかりは生理的に我慢できないということなのだろう。しかしなぜかその時のTakemaの考えは全然違っていた。

「人を焼いても焼き鳥と同じ臭いなんだなあ。」

このような、口に出しては不謹慎のそしりを免れないことを考えていた。そうしたら、何だか急にお腹が空いてきた。目立たぬ場所まで移動して、デイパックの中に入れてあったキットカット(チョコレート)をかじった。そんなことをしている自分が不思議と自然だった。

足がなかなか燃えない。完全に炎の外側にあるのだから燃えないのは当たり前だ。火葬の現場管理者(彼のカーストはいかに?)が木ぎれで足を挟んで炎の中へ入れようとする。が、関節はまだしっかりしているらしくなかなか思うようにはいかない。炎の中で身体が収縮するのか、身体全体がゆっくりと動いている。日本の火葬場では重油のバーナーで一気に高温焼却するそうだからそんな暇もないのかもしれない。遺族の方はそれをじっと眺めている、と思ったら、笑いながら何かを話したりしているようだ。

そうしているうちに、いくつか並んだ火葬台のうちの一つ(この写真とは別の)の火葬が終わったようだ。遺族の人はもう誰もいない。清掃人とおぼしき人が台から燃えかすを引きずりおろし(そこには当然骨や肉も含まれているはずだが)、大きなほうきで掃き清めている。すぐ前には川がある。川といっても、乾期ということもあるのだろうが流れの幅が3-4mほどの小さなものだ。そこに燃えかすを落としこんだ。

火葬終了だ。

この川はベンガル湾に注ぐ大河、聖なるガンジス川につながっている。亡くなった人は死後聖なるガンガーに還るのだ。したがって墓などは要らない。先だってネパールの王族の方々が不慮の死をとげたが、あの方々も同じようにガンガーに還ったのだろう(NHKのテレビでその模様が映し出されていた)。

翻って、この国では「死んでから入るところがない」と問題になり、コンピューター制御で動く倉庫方式の「墓地」(といえるのだろうか)が脚光を浴びている。はたまた、先日の日経には「少子高齢化ゆえ、永代墓地で販売すると将来無縁墓になる可能性が高い、従って期限付き墓地を今後考慮していくべきだ」との記事が載っていた。死後自らの骨をどうするのか。それに備える事は縁起の悪いこととされてきたが、いったいどうなっていくのだろう。

墓は要らない、ガンガーに還るのだからという宗教的発想。日本古代からの「土まんじゅう」埋葬。そしてコンピューター制御の倉庫式「墓地」。自分が生きてきた証とはいったい何なのか。何だか考えさせられる今日この頃だ。

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