今はなき名所たち *** あの時あの温泉は良かった !***

時は無情に過ぎるもの。ここでは、今はもう訪ねることの出来なくなってしまった温泉を、写真と共にお届けします。みんないいところだったなあ。一緒に風呂入ったみんなは今頃どこでなにやってんだろうなあ。

(1) さわと温泉(糠平湖畔 マップルP40 F4 )

ここは数年前彗星のように現れ、そして消えていった温泉なんで、知ってる(行ったことのある)人も多いんじゃないかなあ。昨年版のマップルにも載ってますが、現地で聞いたら「取り壊したよ」ということなんで、ま、今となっては幻なんでしょう。場所は糠平湖畔、三国峠に向かう国道の反対側で、林道をわっせわっせと入っていくわけです。そうするとひょんなところにぽつんとあったわけですね。今となっては申し訳ないのですが、ここにテント張って一泊してしまいました(やっぱりいけないんだろうなあ)。温泉は100%源泉、水増しなしという代物で、湯船にコケがつくのを防ぐために、「入り終わったら湯を抜いて洗ってから帰ること」という注意書きがありました。お湯は本当にちょうど良かったなあ。すぐ横に大きな釜(?)がころがっていて、これに入ることもできました。本当に湖の岸から10mちょいくらいのところにあって、湖面を眺めながら入る気分は最高。夜、テントを張って何人かで宴会を始め、もう一回お風呂入って寝る、という幸せな生活を楽しみました。そういえ ば、夜中、何だか変な物音がするのでテントをあけてみたら、えぞ鹿の群が一気にドドッドドッと逃げていったなあ。何とも言えず野趣豊かな温泉でした。何だか今は構造物は一切なく、ただお湯だけが垂れ流しになっているとかいう話でしたが、どうなっているのやら。知っている方がおりましたら教えて下さいな。そういえば、ここの閉鎖の理由は「国立公園内に許可なく建造物を建てた」ということだったらしいです。

1999 8月注: 1999夏にこの跡地を見に行きました。どうなっていたかはこちらからどうぞ

(2) 熊石温泉(標茶町 マップルP42 G6 )


ここは1993頃存在した幻の無料温泉。とはいっても、この温泉を利用した老人憩いの家だか何だかを作るということだったから、今では似ても似つかない風景になっていると思います。たぶんマップルの「標茶温泉」という場所の前身がこれです。弟子屈(摩周)からいよいよ釧路向けてラストランじゃあ、と思って走っていたら、突然道の左側に工事用標識で「熊石温泉→」とある。何やら胡散臭い(?)雰囲気を感じ取ったtakemaは確認のため左折。で、途中林道区間なんかもあって、行き着いたここには立派な湯船が!よっしゃあ!って気分で早速入浴。色はほとんど無色透明だった。あくまで臨時の施設なのにちゃんと脱衣用ロッカーまで作られてるし、すのこまで敷いてある。おそらく工事関係の方々が、仕事の終わりに一日の疲れをここでいやすために気合いを入れて作ったものなんだったろうけれど、自分が行ったのは平日の午前中だから、とにかく無人。フェリーの時間を気にしながらも、北海道最後の温泉をこんなかたちで終わらせることが出来た喜びに浸っていた記憶があります。それにしても、何でこんなところに温泉が?という違和感は消えなかったなあ。まあでも弟子屈あたりか ら近いんだから、あっても不思議じゃないんだけれどね。数年後、同じ場所を訪ねたら、湯船はなくなり、仮設小屋の中にしっかり「温泉源泉」と書かれたバルブがあるばかり(小屋には鍵がかかってました)。「建物の工事にはいる前なんだから入らせてよーっ」とも思いましたが、旅行者のための施設じゃなかったんだから・・ということであきらめて帰ったときの空しさを今でも思い出します。

(3) 奥摩周温泉無料露天風呂(弟子屈町 マップルP42 E2 )
これも奇怪な温泉だったなあ。昨年版(1998)のマップルにも「奥摩周温泉」って載ってますよね。で、そのマークのある場所はR241のすぐ南側。よし行ってみるか!と国道から直線ダートを約100m。そこから奥は「奥摩周文化村」っていったか、芸術家達のアトリエ兼自宅らしいものがいくつもあるみたいなんだけれど、とにかくその入り口にそれはありました。お湯と水とを自分たちで入れるシステム。家庭用にしちゃ大きいステンレス浴槽が大小会わせて2個無造作に置いてあるだけ。勝手にやってくれってことなんですが、とにかく国道から丸見え。でも、国道走ってるライダー達はどんどん通り過ぎて行くばかり。「ふっふっ周囲の景色に注意していないから気づかないんだよ」とちょっとした優越感に浸りながら湯につかる。そうそう、この時はご夫婦の旅行者が入りに来て、なぜか奥さんだけが入ったのだ。もちろんこの写真を公開する許可は得ていないから顔は隠しておきますが、なんだか人妻とお風呂入ってる写真を、その夫に撮ってもらうという、一種不思議な体験でした。嬉 しかったけど(しょーがないなあ(^_^;))。ちなみに1998夏現在、跡形もありませんでしたから完全に撤去しちゃったんでしょうね。残念。

(4) 無名の室内風呂(弟子屈町 マップルP42 D2 )


これだけメジャーなところにありながら、その存在をほとんど知られることのないまま消えていった不思議な温泉。何か利権でも絡んだのか、と疑ってしまう。この温泉は地図にも載ることはありませんでした。場所は上記ページ D2 の標高表示「238」よりもう少し弟子屈寄りに行ったところ、左側に短い林道の分岐があり(マップルでは非表示)、そこをほんの200mもいけば、なぜか木造の家屋(牧舎?)を改造した赤い屋根の建物が見えてくる。窓ガラスはなかったが、今まさに改造工事中で、とりあえずお湯は出るようにしたから入っていいよ、といった感じの趣。湯船は上記3つとは比較ならぬ程大きくて立派。しかも大小二つあり、一度に20人くらいは入れそうな(ちょっとオーバーか?)規模。何たって温泉用に中を作り替えてるんだから手が込んでいる。もちろん脱衣場もあった。でも目立たない。あまり人も来なかった。なぜか?

A 阿寒から降りてくると長いワインディング(しかもだいたいバスが前をふさいでていらいらがたまってる)がやっと終わり、直線エリアがやっと始まったあたりなので、ライダーはこれまでのフラストレーションをはらすかのように一気にスロットルをあける=看板が目に入らない。

B 弟子屈側から来ると、看板が阿寒側の方しか向いていなかったので当然見えない。

やっぱりここでよく出会ったのはチャリダーですね。彼らのスピードなら否が応でも目にはいる。しかも彼らはライダー以上に温泉には敏感ですからね。身体洗えると思うと喜んでチェックしに来る(決して馬鹿にしているわけではありませんので怒らないでね)。よくここでチャリダーと温泉情報の交換したっけ。まだあの頃は越川温泉も全く無名だったから(半日いても地元の人以外は誰も来なかった)、喜ばれた記憶があるなあ。

しかし、翌年1993夏、再訪してみると何だか雰囲気が違う。新しく作られたように見えた入り口の看板がない!どうしてだろ?と思いつつそれでも建物まで行ってみると、お湯は相変わらずこんこんと出ているものの、全くだれも入っている様子(形跡)はなく、湯船の底には泥というかこけというべきか、とにかくそんなものがたまってしまっている。なぜ?ま、それでも底の方を巻き上げないようにしながらしぶとく入りましたけどね。だってお湯自体は出てるんだもの。さて、1998夏、久々に再訪しました。そしたら、お湯ももはや止められていて、中は乾ききっていた。しかし、この一連の流れを考えてみるに、最初は看板まで出してアピールしてたのに(しかも記憶が正しければ弟子屈町が立てた看板のようだった)、なぜアピールもやめ、お湯までも止めてしまったのだろう?全くここについてはわけが分からない。熊石温泉のように再開発しようって気配も皆無だし。うーん謎だ。理由をご存じの方がいらっしゃいましたらお教え下さい。

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