− その9 トドワラ散策、十数年ぶりの川北温泉、そして開陽台 −



そんなわけでトドワラ桟橋に到着。画像の見た目よりも天気は良く雨の心配はなさそうです。

浮き桟橋に接岸し、ここから50分(確かそうだった)のフリータイムです。でもネイチャーセンターまで歩いて行かれるほどの時間的余裕はないので「要はこのへんで雰囲気を味わってね」というところなのでしょう。これ、尾岱沼からバスで野付半島+帰りはこの船でという運行にできないものですかね。車だとこの船で往復 or 野付半島を往復するしかないので‥。



で、しばらくは近年(今年?)再整備されたと思われる木道を歩いていきますが、船が着くとき以外はカモメたちの休憩場なんでしょう。



で、分岐を右に進んでいくと立ち枯れた木々が見えては来ましたが‥







観光地としてのトドワラはそろそろ賞味期限終了という感じです。考えてみれば上高地の大正池だって降る写真を見ると立ち枯れた落葉松の木々が池にアクセントを与えていましたが、今や数えるほどしか残っていないようです。いやそもそも大正時代に枯れた木々が今なお直立していること自体が驚くべきことなのですが。

ここトドワラの木々は江戸末期から枯れ始めたそうで、もちろん今残る立ち枯れは「最後まで生き残っていた組」なのでしょうが、彼らとて「もう間もなく」でしょう。となると原生花園で勝負はできるにしろやはりインパクトには欠けます。安直ですが観光客向けには開陽台の成功を見習って「オホーツク大展望台(ほぼ360度が海でーす!)」とかの建設もありなのかなと。またゴマフアザラシくんたちにも頑張ってもらわないと(笑)。



枯木群自体がもうないですし、何だかこの説明自体も諦観前提で書かれている気がします。



たまたま干潮だったようで、岸辺には水草がどっさり。この水草に身を潜める形で多くの水生生物が生きられているのでしょう。もちろんその中にはここ野付湾特産の北海シマエビも含まれるわけです。

ただこの水草は漁師さんたちには厄介な存在で、迂闊に浅瀬でスクリュー航行を行うとこの水草が絡まってしまうというわけです。なるほど、北海シマエビ漁が今でも打瀬舟(帆かけ舟)で行われているのはそれが理由か!

なお野付湾内は水深が1m-2mほどしかありませんが、尾岱沼港から外海(オホーツク海)に出る航路が整備されていますので、港には比較的大きな漁船も見受けられました。



そろそろ集合時間なので埠頭へと戻ります。と、波打ち際を進んでいくと、ごく小さなものですがそこかしこから「ピュッ」と水が吹き出されています。よくよく見ると小さな巻き貝がぎっしり。「おーい、早く潮が満ちてくれー!」と、彼らなりに待っていたのでしょう。



おしんこどんが「あの鳥たち何だろう、撮っておいて」というわけでズームして撮っておきましたがやっぱりよくわかりません。よって右上画像のように元画像を切り取ってみると‥うーん、アオサギですね(結構どこにでもいます)。

ただうれしかったのは、検索&同定時に「何だか妙に首が太いのがいるな、何だかペリカンみたい」と思っていたら、アオサギってペリカン目なんですね。何だかほのぼのしました。



さてそんなわけで埠頭を離れて尾岱沼港へ。あれ、帰路はアザラシ観察タイムもなしなんですか?それはちょっとなぁというかかなり残念でした。われわれ観光客としては何度でも見たいんです。それにタイトなスケジュール(帰港後すぐに折り返す)というわけでもないでしょうし、所要時間がせいぜい5分くらい増えるぐらいであれば、そこはやっぱりサービスしてほしいなぁ関係各位!

そんなわけで帰港したのは何とまだ10:00前。この時間にしてすでに大イベントが終わってしまうとは!(笑)。



ということで本日の陸路出発です。まずは北上して標津へ。ここは気になる温泉施設があるんですが日帰り入浴は午後からなんですよね。というわけでスルーしてR244を斜里&網走方面へと北上します。薄日も差してきてライダー氏も気持ちいいっしょ!



90年代の北海道ツーリングでは本当に何度も何度も立ち寄っていた川北温泉。ここ数年は林道の通行止めが続いていましたが今夏は大丈夫との情報を得ていましたんで久々に行ってみることにしたわけです。おしんこどんは初めての訪問ですが、そもそも男女別だし全然問題なしかと。

3月納車のフォレスターもようやく「本格ダート路走行」というわけですが、路面はそこそこ乾いていて深砂利もなし、よってごく普通に走れていざ川北温泉到着です。





もちろん立派な目隠しの壁ができていたりとの変化はありますけれどね(壁の高さが男女側それぞれで全然違うのが笑えます)。駐車場には宿泊滞在と思われるオジサンが1人ゆったりと椅子にくつろいでいるのみ。間違いなくお風呂の先客はいないようでよーしよし!ひっさびさに入浴いたしましょう!





その昔オンロードバイクでビビりながらも何度も何度もやって来た先にあったこのお風呂、いやいやいい感じです。その昔湯治宿があったそうですが、今は役場も管理に関わっているようで、ここ川北温泉はこれからも(林道が通行止めにならない限り)維持管理が続くことでしょう。何よりのことです。










この休憩所の立派さのみならず内部の整備状況もすごいです=ゴミひとつ落ちていません(右上画像マウスオン)。また清掃もきちんと行われていることはこの清掃用具の満艦飾を見ればすぐにでもわかるところです(右上画像マウスオン)。



というわけで川北温泉からR244へと戻ります。林道の状況はこんな感じでした。この時であれば現TakemaバイクのVFR800Xでも普通に入れたと思います(マディな区間がなかったので)。





さて国道に出たところで(左折=斜里・右折=来た道を戻る)にて右折!今回は知床や網走エリアに行く予定はなかったのでありました。

で、標津市街に戻ったところでお昼ごはんです。海沿いなれば海鮮丼というのがいつもの流れではありますが、ここ標津は道内に数あるお蕎麦屋チェーン店の「福住」、その総本店があるというのでお蕎麦を選択(要は海鮮系かお蕎麦かの二択であるのはいつものこと)。



Takemaはここ総本店限定メニューの「しべつ鮭づくし」(右上画像)、おしんこどんは「ぜいたく鴨せいろ」を注文。あー、でもねやっぱりいわゆる「変わり系そば」は良くなかったですよ。鮭の節がずーっと蕎麦にまとわりついて味がよくわからない。やっぱりノーマルを注文するべきでした。つゆもちょっと濃いめでした(by おしんこどん)。

このあとはこれまたひさびさに開陽台へ



ここもいくつかのエピソードがあって懐かしいんですよね。その中でも一番なのは亡父との会話かな。

1990年代半ばだったか(まだこのサイトを立ち上げる前)、親孝行ということかTakema父と2人で北海道を旅行したんです。ただし「中標津空港への in & out はセルフでね」というひどい話で、要は「往復航空券を渡しておき、バイクツーリング中のTakemaは父がやってくる間だけレンタカーを借りて一緒に道東を回る」という計画だったというわけです。

われながら言うのもナニですがこの時の旅行はなかなかに楽しく進み、その最終日、いよいよ中標津空港に父を送る前、その最後の訪問地がここ開陽台だったのです。

この同じ景色を眺め(もっと天気は良かった)、そして戻って中標津空港を目指す車の中で父は言いました。



もちろんその時は「父が旅立つ日」のことなどは想像もしていませんでしたので「何言ってんだよ、また来られるよ」とあたりまえの返事をかえし、父を乗せた羽田行きの飛行機が離陸したあとは再びバイクツーリングライダーに戻ったわけですが‥たしかにあれが「父にとって最後の北海道」となってしまったわけです。

後悔は一切ありませんが(あるわけがない)、やっぱりここに来るとあの父の発言を思い出すのです。



そんなノスタルジーはともかくとして、その昔からおんなじのこのキャンプライダー専用の道は少しだけでも手を入れてくれないものですかね?途中には掘れたわだちロードもあり(右上画像マウスオン)、1990年代ですら雨上がりにはキャンプライダー有志がバイクの上り下りを手伝っていた記憶があります(自分も含めて)。

簡易舗装とはいいませんがせめて小石くらいは敷いて(深砂利は勘弁)くれませんかねぇ。



この日は平日だったこともあり何やらのアンテナもメンテナンスの人が入っていました。で、でもこれは恐いでしょう!もちろん安全帯は装着しているんでしょうがかなりびっくり。

このあとTakemaがトイレに行っている間におしんこどんがジェラートを買っていました。



しかしTakemaのトイレが「大」だったこともあり(苦笑)、ジェラートはとろーりトロリと加速度を増しつつ溶けていくのでありました(右上画像マウスオン)。このあと2人でわっせわっせと食べましたけれどね。

ちなみに今宵のお宿は川湯温泉なのです。でも真っ直ぐ向かう気はまだまだありません。まずは「あそこの超有名無料温泉」へと向かいますが?

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