- その7 福光石の石切場見学のあと小屋原温泉へ -



島根県ってあまり「電気の郷」ってイメージが
なかったんですが、小水力が多いのかな?


(2024年7月26日-8月2日 その7)

美又温泉を出発後は再び日本海側へ出てR9を東進します(さすがに往路の県道52号は使わず、1本西側の広域農道、「那賀グリーンライン」経由でした。途中道の駅サンピコ江津で休憩。というのも本日最初の訪問地はガイドさんによる案内ツアーのため、時間を調整する必要があったためです。

島根県初訪問の自分ですから温泉だけでなく観光もしたい、で、この界隈の観光の目玉といえば「石見銀山」です。しかしここでビミョーなバランス配分に苦慮することになったのであります。それはつまり、



「あちらを立てればこちらが立たぬ」というやつです。このあたり、特に三瓶山周辺にはかなーり気になる温泉が多く、でも今回は最大でも4湯訪問が限界かも知れないがと思いつつ「その4湯は是非とも巡りたい」と思っていたのです。「立ち寄り4湯 vs 石見銀山」、うーんどうする?と思いつつ俵山でも美又でも地図とネットに首ったけだったわけなのです。と、ふとした情報を目にして「むむ!」と。


(かなり無理矢理な関連付けではありますが)


 
というわけで、何と当日の朝(美又温泉を出発したあと、事務所の営業時間開始を待って)電話をし、見学予約をお願いした次第です。折り返し電話をいただき、「ガイドさんの手配が完了したのでお越しいただけます」とのご返答で予約完了、ありがたや。



県道から離れてそこそこの急坂&深い切り通し路を上っていきます(左上画像は帰り道の下り坂ですが)。すると事務所とおぼしき建物が見えてきました。が、こちらは現役の作業事務所であり従業員さんの姿もちらほら。見学予約の旨を伝えると少し上の建物から女性ガイドさんが出てきて下さり車を誘導して下さいました。

それにしてもこの取り付け道路、今でこそ切り出した石はトラックやダンプで搬出しているはずですが、いにしえの時代には牛馬が活躍していたんだろうなぁ。ただ、搬出は必ず下り坂だったはずなので牛馬は「ブレーキ役」だったのかなと思われますが。



見学者用の建物にてヘルメットをお借りして早速石切場方面へと進んでいきます。ちなみに見学&ガイド料は「4人まで3000円」でしたが、この時のお客は(たまたま)われわれしかおらず「専用ガイドさん付きでの見学」料金としては高いとも思いません。ただこのご時世、料金は前払いにしておいたほうがいいような気もします(宿泊施設などにもいえることです。入湯料とか飲み物などの追加料金だけチェックアウト払いにしたほうがトラブルも回避しやすい気がします)。

では石切場の見学に進みましょう!





最下部に見えている入口のフェンスとて2mを超える高さのはずですから、この規模の大きさがよくわかると思います。しかもこの斜めの切り取り、さらには何だか危なっかしくも見えてしまう羽根的な切り取りなど、なかなかです。

まず入場前にまずはこのエントランス部についていろいろ説明をいただきます。福光石が数百年重宝された理由(詳しくはここでは書きません)、そしてその特長など。2024現在、採石はここでしか行われていないのですが(ほかは閉山)、新たな需要を求めての様々な工夫など。



左上画像のセメントなどはガイドさんも「自分も初めて見ました」ということでしたし、右上画像の「庭の玄関エントランス手前に使うことを想定している?」と思われる敷石などは今後の新たな需要を探してのことなのでしょう。ちなみに福光石は(表面を磨いても)微小の凸凹が多く滑りにくいということなので、温泉施設の浴室などには向いているのではないでしょうか?(勝手な想像です)。



運び出された福光石の原石は、このマシンによって成型されるようです(セメント施設は少し離れた場所だったかと=後述)。ただし石材の切り出しは湿気の少ない冬になされるということで、夏真っ盛りのこの時期(洞内気温が低く結露=湿気を多く含む)には作業を行わないということです。確かに従業員さんもあんな作業をなさっていたし(後述)。

ところでこの入口手前エリアには往時の切り出し作業を偲ぶべく(見学用に)手作業時代の工具が置かれていました。





しかし当然のことながら「手作業で石を穿つ」ための工具が軽いわけもありません。かなりの重量があり、これを豪快かつ正確に「石の目」に当てての切り出しは、体力だけでなく知力も必要とされたことでしょう。その昔から今に至る現場作業員の方々に敬意を表すと同時に、昨今のブルーカラーをともすれば軽視する風潮には(特に政治や経済の上層部の方々が)どうなのかなぁと思う次第です。日本を現在の繁栄に押し上げたのは「卓越した経営者」ではなく(運が良かっただけ)、現場で働く方々がそれぞれにプライドを持って(目立たなくても)自らの仕事をきちんと成してきたからだと思うのです。

話を戻して、いよいよ採石場の洞内に入場です。ええっと、「屋外の見学となるとずっと暑いし、でも地下なら涼しいはずだし」という下心もあってこの採石場見学を選んだというのはここだけのヒミツです(苦笑)。



それにしてもなかなかのオーバーハング壁です。崩落することはないのかどうか聞いてみると、さすがに岩(凝灰岩)ゆえ頻繁に崩落することはないものの、全くないわけではないらしく‥実は左上画像左奥の岩もその昔に「落ちた」ものなのだとか(よく見ると、左右どちらの岩にも薄茶の筋が入っているのがわかります。

なお崩落するのは決まって夜間なのだとか。気温が下がって岩が収縮する時間帯に‥ということなのでしょうか?(お聞きするのを忘れました)。ゆえに人的被害はなかったとのことです。

というわけでフェンス扉を開けていただきいざ内部へ。入ってすぐのエリアには、石材を使った彫刻が展示されていましたが、さらに進むと‥







上でも書いたように、この夏の時期に石を切り出す作業はありませんので無人ですが、最深部をよく見ると、次のシーズン当初に切り出して搬出するとおぼしき切り込みが見えています。壁を見ると過去の掘り下げ歴史がわかりますが、たぶん1段=30cmなのでは?(規格サイズらしい)。まだまだ掘れる?どこまで掘れる?というところです。



切り出し場底部に水が溜まっているところもありました。

右上画像とは別に、通路部のすぐ下にまで水が溜められている「プール」もありましたが、あれは何でだっけ?聞いたはずなんですけれど忘れたというか、そもそもこのページで全部種明かしをしてしまうのもナニなので、現地で聞いて下さいませ。



進んでいくと、フェンス入口とは別の場所に出てきました。もちろん「裏口」的な扱いで、フレコンバッグなどの作業用品も置かれていましたが、ここにはかつていずこかに掲示されていたはずの観光看板がひっそりと保管されていました。

石見銀山が世界遺産指定を受けたのは2007年。その時に作られた看板でしょうか。もしそうであれば、当時はそこそこの集客を期待してということだったのでしょうか。そしてこの看板が今はヒッソリと安置‥いや、あくまで「現在も稼働中の石切場なので見学よりも作業の安全第一を優先して云々」ということにしておきましょう。でもたぶん‥そうではない(後述)。

しかしここから少しだけ進んでいくと、なかなかの景観が。







左上画像のこれは‥自然崩落じゃないですよね?



しかし奥には自然崩落現場が。やっぱり危険と隣り合わせです。

そもそも「完全に安全な作業現場」などあり得ないわけですから、それでも最大限に配慮を重ねた上で一般客に見学を許可して下さっているこちらの事業所さんには感謝あるのみです。



このあと、お宮さまがあったので当然参拝。ただこちらは拝殿で、本宮(奥宮)はここではないそうです。というかこのあとそちらにも上がりましたが。

途中で「植え込みの松」を剪定中の従業員さんたちを目にしましたが、フォークリフトを利用して「常識的な高さ」くらいに人を上げての作業でした。というか地形的に脚立を使えない場所での作業でしたし、現場猫案件とも思えませんでしたが念のため画像は載せません。ただ、石の切り出し作業がない夏場も(現場の維持管理のため)雇用が維持されているというのは大切なことだなと思った次第です。



続いては別の入口から、一段上?の回廊に進んでいきます。こちらは現在石の切り出しは行われていないようで、工事用具などもなくひっそりとした感じです。



通路を抜けた先は不思議な切り出し跡の景観が広がっていました。展望もいい場所で、2F部分に全面ガラス窓を取り付けちゃえばそのまま「ゴージャスな別荘のリビングルーム」になりそうな感じです(もっとも実際は高さが足らないので生活空間としてはイマイチだと思いますが。

そしてその先にはお宮さんの本社(奥宮)がありました。この石切場の安全を司る神様であり、フェンス越しにですが手を合わせました。このあと来た道を戻り見学は終了。この石切場、観光的にメジャーな場所ではなかったかと思いますが、約1時間をタンノーしました。女性ガイドさんともいろいろお話ができて楽しかったなぁ。

というわけでこのあとはいよいよ温泉行脚です。三瓶山周辺にはいろいろと個性豊かな温泉があるようで、土地勘はないながらもとりあえずこれまでの温泉経験をもとに、自分の中でいくつかの湯をピックアップしていました。まずは‥こちらから。



「小屋原温泉 熊谷旅館」。道路工事中で通り抜けは不可ということでしたが、温泉までは行かれるということで一安心です。実は計画立案時にはこちらに泊まりたいと思っていたのですが、やはり時すでに遅しゆえ満室とのことで立ち寄り入浴に切り替えた次第です。

で、坂を下りていくと‥





こちらのお宿は臨時休業することもそこそこあるようなのですが、この時は「不穏な掲示」もなくすんなりと入場できました。女将さんに入浴を乞うともちろんOKをいただいたのですが、そのお言葉に(心の中で)快哉を叫んだTakemaでありました。そのお言葉とは‥





温泉ファンには人気のこちらのお宿ゆえ、立ち寄り入浴もそこそこ混んでいると覚悟していたのですが、まさかまさかの選び放題とは!というわけでわくわくしながらお風呂方面へと進みます。

















いずれにせよ、どの浴槽もそれぞれ「大関」「横綱」を名乗るにふさわしい風情風格を有しています!(ちなみにもともとは4つあったそうですが、今は一番奥は使っていないという先達情報あり)。いずれにせよこりゃいいわぁ。というわけでわれわれが選んだのは‥





手前から2つ目の湯で、温泉成分の付着が一番多くて絵になりますからねぇ。なおあとで先達諸氏のレポートを詳しく拝見したところ、それぞれの浴槽の浴感にも個性があるようで、こちらはなかなか評価も高いようでした。



おしんこどんも湯をタンノー(Takemaのあとゆえ湯が少なくてすまぬ)。ちなみに天井は張り替えたとおぼしきピカピカですが、手を抜かず凝った様式美を見せているのはさすがかと。



廊下の上方には「飲泉療法の心得」が掲示されており、また別の場所には炭酸泉ならではの注意書きが記されていましたが、いちばん最後に書かれていた、



これってまさに首肯同意納得大賛成といったところで、汗が噴き出るわけでもないのにポカポカ持続で本当にさっぱり感ありです。

実はこのページをタイプしているまさに本日は奥会津の湯めぐりから帰ってきたばかりなのですが、〆湯として炭酸泉に浸かりさっぱりしつつ帰路につくつもりが、某無人共同湯に先客の車がないことで急遽立ち寄った結果、大汗&ベト感ありの仕上げとなってしまい(湯温が高く塩分が濃い目なので)、結局帰宅後に水シャワーを浴びたというおまけつきでした(苦笑)。

さてこのあとはお昼ごはんと目当ての温泉のWロストのあとで「結果オーライの湯とのんびりランチ、そして再びの炭酸泉と冷泉野湯」へと続きます。

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