まずは‥ブータンってどんな国?

ブータン中央部のブムタン(ちょっと名前がややこしい?)の民家を訪ねていたら、向こうから携帯マニ車を持ったおじいさんがやってきた。その風格はブータンを象徴するにあまりにもふさわしく、声をかけるのにも躊躇してしまったくらい。家々はみな(すべて)ブータン建築。空港の建物だってそうなのだ。

ブータン王国の位置とあらまし



(注)地図は「白い地図工房」より提供されているものに一部加工を施しています。

面積 14万4千km2九州の1.1倍というから小さな国です。でも、だからといって決して侮ってはなりません。鉄道や高速道路の一切ないこの国、しかも東西の移動には必ず3000mオーバーの峠越えを伴います。ちなみに車での移動速度は30km/hくらい。200kmの移動には7時間ほどかかります。というわけで感覚的には「関東と東北をひっくるめた」くらいの広さと思えばいいかもしれません。
人口 63.7万人(98年現在)。何たって人口は120万人とかいやもっと多いとか言われ続けてきた中、1988年に初の国勢調査が行われ、約60万人という数値がようやっと確定したそうな。うーん、私の住む千葉県市川市(40万ちょい)よりちょいと多いだけなのかぁ。うらやましいぞぉ。
首都 ティンプー。人口は約5万人。ただし、30年前は人口も含めてただの小さな村だったようで、タシチョ・ゾンの周りも見渡す限りの棚田だったようです。ついしばらく前まで「町」がなかったという農業国ブータンならではの話ですね。ちなみに現在のティンプーは人口急増中。あと10年後にはかなり様相が変わってしまうのかもしれません。他のアジアとの違いを肌身に感じたいのなら今のうちなのかもしれません(真面目)。
人々 ブータン系はもちろんなのですが、いろいろな歴史上の事情でネパール系の人たちもそれなりにいらっしゃるようです。ちなみにブータンを旅行すると必ず目にする道路工事の方々(石を砕いていることが多い)はみんな国籍もインド人。ブータン政府から長期(1年とか2年とか)ビザを発給されて働いているそうです。でも皆さんひっくるめて、ブータンで出会った人たちはみぃんないい人ばかりでした。子供達はカメラを見ると「撮って撮ってぇ!」と集まって来てくれるし(某国々では撮ったあと「はい、○ルピーorバーツorドルちょうだい!」とかきますけれど、この国ではそんなこともないです)、とにかく素朴な人柄の人たちが多いです。
通貨 ブータンニュルタム(Nu)。インドルピーと等価で(2003年1月現在、1Nu=2.5円くらい)、時々ニュルタムにまじってガンジーさんが顔をのぞかせます(ちなみに現在のレートはここで調べられます)。滞在中は「せっかくブータンに来ているんだしなぁ」ということで、個人的にはガンジーさんをババ扱いしておりました(失礼)。硬貨は25,50パイサがあります。旅行者としてはなかなかもらう機会がないけれど、結構ピカピカできれいです。
言語 ゾンカ(語)。チベット系の言語であることは間違いのないところでしょう。ただ、現地の人にとっても「話すのはもちろん、読むのも何ともないが、書くのは難しい」とのこと。確かにかなり細かな文字ではあります(でも、漢字に比べるとそうでもないぞ。我々はご先祖に感謝せにゃいけませんな)。

ちなみに、ブータンの学校での授業はすべて「英語」で行われます。唯一「ゾンカ」の授業だけが母国語で行われるということだとか。それだからか、ほんの小さな子供でもカタコトの英語を話していたなぁ。ゾンカの未来、どうなっていくんだろうとちょいと心配です。
産業 なんといっても農牧業!もともとほぼすべての国民が農牧業従事者であり、各地域を支配していた君臨者も、要はただの大地主だったりしたわけです。ブータン国内に「町」が出来はじめたこと自体がそれほど古い話ではなく、首都ティンプーですら30年前には田んぼばかりだったということです。なお、北部地域に住む人々は、急峻な地形&高度を利用してヤクの放牧による牧畜に従事しています。春〜秋にかけてその地方をトレッキングしてみると、新たなブータンの一面を垣間見ることができるかもしれません。

ちなみにこの国では地形を利用した水力発電が行われており(ダム建設その他において日本の援助も大きいようです)、電力の輸出国でもあります。かなりの電力をインドに送電し、その外貨収入は馬鹿にならない額だと聞きます。しかし、その割に国内でやたらに停電するのはなぜ?(多い日で一晩に3回@トンサ)。

ついでに、大動脈(とはいっても1.5車線ね)の橋は掛け替え工事が多く、ワンデュフォダン〜ペレ・ラ、ペレ・ラ〜トンサそれぞれの道中では、日本から派遣された土木の専門家をお見受けしました。かなりごつい橋になるのかなぁ。
通信
状況
国内通信事情はマイクロウェーブのアンテナを主要な峠に張り巡らせたということによりバリバリOKだということです。ただしネット回線がどうなのかは保証できません(笑)。1999年にインターネットが解禁されたとはいえ(それまではペケでした)外国へ出る回線はやたら細いということですから、たぶん相当遅いと思います。(2003/01現在)。ネットカフェらしき場所はティンプーにあるそうでしたが、旅行中はあまり興味がないので探しませんでした。なお、ネット用のPCをおいてあるホテルもありました。
時差 日本より3h遅れ。
気候 いわゆる日本の「夏休み」の時期は雨期のため旅行はきびしいかもしれません。どしゃ降りがどうのこうのというより、各地域を移動する道路(=日本の「舗装林道」程度)が土砂崩れ等で寸断される危険性が大きい(特に東部)ということが大きそうです。春夏秋冬の区分はきちんとあり、春が気候的には一番安定しているとか。パロのチュチェ(お祭り)なども3月にあり、さらに峠のシャクナゲもその時期は一番の盛り。きれいだろうなぁ。

ちなみに年末年始はお祭りも花もないとはいえ、乾期ということもあって旅行にはほぼ何の差し支えもありません。寒いとはいっても太陽さえ出れば日本の同じ時期よりも暖かいです。オフシーズン料金(後述)ということもあり、かえってお勧めかも?
治安 問題ありません。普通に気をつけている限り大丈夫です。貧富の差や「裏の商売」などがまだほとんど存在していない国ですので、旅行者に関する限りひったくりなどを除けばほぼ問題ありません。また、この国を訪れる場合の必須事項として「ガイド」の存在があげられます。一部を除き、この「ガイド」は信用がおける&自分の仕事にプライドを持っている人が多く、例えば土産物屋と結託してお土産を高く買わせるということも少ないようです(事実うちらのガイドさんもそうでした。若すぎるガイドさんはどうなのか?)。まぁ、ガイドさんがアドバイスする通りにしていればティンプーでも大丈夫でしょうし、田舎町では我々だけで歩いていても何らの不安を感じませんでした。というよりも、夜の町には誰も歩いていないんですけれど(笑)。

旅行情報

ブータン
特殊事情
1974年にブータンが鎖国政策を取りやめ開国に踏み切るまで(国連加盟のためだったといいますが)、この国への入国は至難の業だったといいます。ここ数年とて、国連関係や各国NPOの入国者を含んだ数字でも入国者は7000人程度/年。日本人の入国者も年間1100人程度のようです。この入国者数の少なさ(特に観光)に一番影響しているのが公定料金の存在でしょう。

ちなみに、この料金が高い!基本はUS$200/day/1 personです。2003年1月のレートで、1人1日の滞在費が24000円ですよ!もちろんこの料金には宿泊費、3食のメシ代はもちろんのこと、ガイド代、専用車代、そしてそのドライバー代金も入っており、要はお酒とお土産を除くすべての代金が含まれてはいるのですが、それでもあまりに高い料金であるのは否めないところです。「ブータンは今でも年度内外国人入国者数を制限しているのか」という疑問質問が他のHPに寄せられていたようですが、答えはNOです。でも、この料金が旅行者の壁になっていることはいうまでもありません。だからいい@入国者数がしぼられる=国内の意識変化が最小限に保たれる、という考えもあるのですが。

ちなみに、旅行代金についてはこのような取り決めがあるようです。

1人$200/day、ただし以下の場合は別の公定料金とする。

 * 1.2.6.7.8月の旅行についてはUS$165/DAY、それ以外の場合US$200/DAY。
 * 1人での旅行の場合、上記料金に+$40、2人の場合は+$30×2。


要は、うちら(12月、2人で旅行)の場合、1人あたり$195だったわけですね。

さらに、ブータンへは「ふっと思いついて飛行機を予約して、着いた日の宿を好きに決めて‥」という、アジア(および多くの国々)ではあたりまえの旅行スタイルが存在しません。旅行者は、あらかじめブータン国内の旅行社と旅行計画(ルート、宿など)をすべて折衝、決定した上で、旅行社経由でイミグレにビザを代理申請しておく必要があるのです。したがって、ぎりぎりになってから「ブータンに行かれる休みが取れた!」という場合でもすぐに行くことはできません。少なくとも出発のひと月前にはすべての手続きを終わらせておく必要があります。
ブータン入国 誰しもが考える空路入国の場合、ブータン唯一の空港であるParoに乗り入れているのは「Druk Air @ Royal Bhutan Airline」1社のみです。しかも日本から行く場合、この航空会社には「割引チケット」というものが一切存在しません。すべて正規料金で予約しなければならないと同時に、かなり早めの発券以後はキャンセルがきかない=すべて無駄金に、というおそろしいリスクが伴います。ちなみにビジネスとの料金格差はさほどでもありません。こうなったらやけっぱちでビジネス(王様も乗る)を予約してしまうのは?

ちなみに、このDruk Airはほとんどの場合途中で寄港します。寄港地〜第三国間のチケットはものすごく格安で売っているらしいです(例えばカルカッタ〜バンコクなど)。要はブータン入国の場合だけが正規料金ということなのですね。

陸路の場合、プンツォリン、または東部のサムドゥプ・ジョンカ(アッサム州)からの入国が可能なようです。ただ、アッサム自体がかねてからの内戦でややこしくなってますから、状況によってはどうなるかわからないという不安要因を常に抱えています。ただ、どこかで聞いた記憶によると「出入国のどちらかは空路(Paro経由)でなければならない」ということでした。
旅行の季節 やはり一番いいのは春&秋なんでしょうね。この国を旅行する場合、一番の花形が「チュチェ=お祭り」、ブータンの寺院訪問、そして峠道のシャクナゲ満開を拝む移動にあるのは誰も異論を挟まないことでしょう(自分はその時期に行ってないんですが)。6-8月は雨期ゆえやめたほうが良さそうです。特に峠越えの場合、土砂崩れによる不通(せいぜい数日のようですが)によって、日程が大きく狂うこともあるかもしれません。

ちなみに、自分たちの訪れた年末年始は、お祭りも花もないものの、旅行者も少なくそれほど寒くもなく、何だかかなりいい季節のように感じました。なお、かつてNHKなどで放映された「ヒマラヤを越える鶴」の冬期越冬地を見られるのは冬期だけです(ポブジカはその主な越冬地です)。
何が
あるのさ?
そういわれたら、「何もないです」としかいえない国です。でもその一方で「何から何まである国です」と、自信を持っていえる国でもあるんです。「どういうところが?」と突っ込まれたら「まずは行ってみて下さい」としか言えません。まさに「百聞は一見に如かず」の国ですので。
気をつけ
ましょう
ゾン(日本でいう県庁)の内部では、特に仏像や仏画は一切撮影禁止だということ(もともと入れてもらえないのが普通なのですが)。「地球の歩き方ブータン編」にも載っていますが、仏様の像や絵(タンカ)などには霊力があり、それを撮影することによってその力が失われると考えられているそうです。

お寺についても全く同じです。外観を撮るのは全くOKですが、中庭からはあくまでガイドさんからの許可を得てからにするべきです。そしてもちろん、仏様に対する敬愛の念を態度で示すことが何よりも大切でしょう。私らは特別に?いくつかの寺院内部でのお参りをすることができましたが、仏教敬愛を身体で示しての結果でもありました。ただ「写真を撮りたいんで中に入れてください」では、現地の方の心証を悪くするだけです。とにかく本堂内部の写真撮影はやめておきましょう。
ガイドブック ことブータンに関する限り、「地球の歩き方」は旅行ガイドのみならずかなりのレベルを有していると思います。北部のトレッキングおよび最東部の情報量を除けば、ある種ロンプラ(Lonely Planet)以上に使えるガイドブックといえるでしょう。
入国ビザは? 上でも書きましたが、すべてをあらかじめ決めてからでないと入国できません。ついでにいえば、Druk Airのチケットすら、日本国内では入手できません。バンコクやらカルカッタやらで、とにかくDruk Airの出発地で、ブータン国内の旅行社からもらった書類を見せて、初めて「はぁあんたらは確かに予約(=入国許可)が入ってますね、それでは‥。」ということになるわけです。うちらは早朝のバンコクでさんざもめたわけですが、その顛末はあとのページでね。
持っていく
通貨は?
まず、CITIBANKのバンクカードキャッシングはダメ、んでもって各クレジットカードキャッシングもダメ。だって、ATMがない国なんだもん。アメックスがあるとかないとか聞いたけれど、とにかくティンプー以外ではどうせ一切駄目です。ティンプーではUS$払いができますが、地方ではニュルタム(Nu)払いのみ。とにかくUSキャッシュが一番無難です。T/Cはティンプーでもやたらに時間がかかるみたい。

なお、この国の特徴的な状況として、空港でも、銀行でも、そしてホテルでも両替レートに差はないということがあげられます。外国では「どこで両替するのが特なのか損なのか」をいつも考えなければならないはずですが、ブータンではどこでもおんなじです。ただし、ホテルなどで一度に多額の両替をしようとすると、相手側にそれだけのNuの持ち合わせがないこともあります。
移動手段 前述のUS$200/DAYには交通費も含まれます。運転手つき、ガイドつきでの専用車による移動が基本です。また、どれだけ移動しようと、逆に全然移動しなくてもその代金は変わりません。そうなると「移動しなければ損じゃないか!」とさもしい根性がむくむくと頭をもたげるものですが、かといって毎日大移動というのもそれはそれで疲れるものです。ちなみに、ティンプー〜ブムタンを一日で移動するのも不可能ではありませんが、休憩込みで11時間くらいかかります。へとへとかも。

なお、専用車での移動では地元の人とのふれあいができないじゃないか!ということだったのか、過去には「お客=乗り合いバス、ガイドと運転手が専用車で伴走」という変わった行動をとったアメリカ人バックパッカーもいたそうです。パロ〜ティンプーまで、乗用車なら2hくらいで行かれる道のりをわざわざ5hくらいかけてバスで移動、いざ着いたときの彼の感想は「長かったぁ、寒かったぁ」とのことでしたが、嬉しそうな顔をしていたとか。篤志家の楽しみといったところですな。やりたい人はどうぞ。
お泊まりは これまた200ドルの公定料金の中に含まれていますから、ゼータクなところに泊まったほうが得になるのはいうまでもありません。ただし、高級だからといって設備の維持管理がしっかりしているということにはならないのがブータンらしいところでもあり、お湯が出なかったり、はたまたシャワーそのものが壊れていたりということも大いにあり得ます。

ついでに、停電は頻発すると思って間違いはないでしょう。雨期が中心だと聞いていましたが、乾期であっても、1晩に3度ほど停電したこともありました。各部屋には必ずロウソクが備えつけられていますが、どんな宿に泊まる場合でも懐中電灯は必携です。

なお、あらかじめ旅行社にリクエストをしておけば、現地の民家に宿泊するという変わった体験もすることが可能です。冬は寒いかもしれませんが。
酒の入手先 ビールなどはホテルはもちろんのこと、町中の商店でも問題なく買うことができます。レストランで飲むことも多いでしょうから、日常的に「酒に困る」ということはなさそうです。ブータン製のウィスキー(「Special Corouire」など)を買うのもいいかも。何でもスコットランドのモルトを輸入して作っているとかで、味はシーバスによく似ているということでした。

ただしここまでは市販のお酒の場合。これとは別に、この国では「アラ」と呼ばれる蒸留酒があるんですね。麦や米などを原料としていて、度数は20-25度程度でしょうか。しかしこの「アラ」、各家庭での自家醸造は認められているんですが、市販は御法度です。つまり、どのレストランやホテルに行っても飲むことはできません。旅行者が飲むことのできる機会といえば、前述の「民家訪問または宿泊」の時ぐらいしかありません。逆に言えば、民家訪問の時はバター茶とあわせてまず飲めると思って間違いはありません。ブータン旅行の日程を組むときは、必ず民家訪問の予定を組みましょうね。

ちなみにアラはストレートで飲むのが基本。黙っているとどんどんつぎ足されますから、お酒の弱い人は要注意かも(^.^)。
日本への
手紙は?
絵はがきの場合は20Nu。なお地方に行くと絵はがきが手に入らない場合も多いので、パロやティンプーであらかじめ手に入れておくほうがいいかも。なお、ブータンの切手はマニア垂涎系の変わったものが多いので、ティンプーの郵便局にはぜひ一度足をのばしてみてください。

さ、それではブータン旅行記、次のページから始まり始まりっと。

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