危うく崖下へ転落しかけた話  

(NZワーホリその6)



こっちでの生活にもすっかり慣れた11月はじめ頃。季節は着実に春から夏へと向かっていた。この半島に来てからも、何度か休みをもらって旅を続け、一応南島のメインコースはまわっていたのだが、本格的な夏に向けて、もう一稼ぎしておかないとお金が続きそうにないことはわかっていたので(とにかく Tramping をしたかった)、最後の一働きのつもりでこの牧場に来たのだ。

ここはこれまでの中で一番大きな牧場で、数千の羊と数百の鹿が飼われていた。仕事は主に牧場のメンテナンスで敷地内に生えている雑木、特に棘のあるやつを排除してしまおうとするものだった。最初は割合平坦なエリアでの仕事で、トラクターの後ろに積んだ除草剤タンクの中から除草液をていやーっとばかりにかけていれば良かったのだが徐々に傾斜が急な場所での作業になってきた。トラクターでは重心が高すぎて近寄れないエリアでの作業。さてどうする?

主人のRexさんが「Takema、おまえブルドーザー運転できるか?」出来るわけがない、と答えると、彼は「そうか、じゃ、教えてやる。いいか、このレバーをこうすると、ほら、アームが上がるだろ、そしてこうすれば下がる。要はこれだけだぞ。あとはトラクターと似たようなもんだから。運転してるうちに扱えるようになるから大丈夫。」おいおい、そんな簡単に言わないでくれ。
軽四駆で牧場内を移動

かくして、それからの作業は急傾斜地にトラクターが入れるようにするためのルート作りとなったのであった。しかし事はそう易しいもんじゃない。作るべき取り付け道路はすごい急傾斜地。ちなみに自分が作業している10m先はスパッと切れ落ち、100mほどの崖なのだ。そしてその遙か下では、遠く波がおいでおいでをしているのだ。そんな場所で作業しているのはブル運転歴2日目のこいつなのだ。まだ微妙な取り回しの出来ないこいつなのにこんな事させるな!

そして数日後のことだ。いつものようにそんなデンジャラスエリアで作業をしていたわけであるが、木の根を引っこ抜こうとブルのアームを下にしてばこばこと振動を与えていた所、さっき造った道、つまり今自分のブルがいるところの路肩がズズズッと音もなく崩れた。重心は明らかに傾いた。一番傾斜のきつい角度になってしまった。なんと、山側のキャタピラがカチャカチャいっているのが聞こえる!    

「やばばば・・」と思った。「山側のキャタピラ」から音がするというのは、すでに山側には何の荷重もかかっていないことを意味する。身体を少しでも山側に移し、転落を防ごうとするが、自分の体重なんて、ブルの重さに比べたら羽毛の先くらいのものだろう。ずっと下の方からはかすかに"ざっぱーん"と、波の音がいらっしゃいと呼んでいるのが聞こえる。崖の切れ目まで約2m。絶体絶命。でも、海になんか落ちてたまるか。俺、泳ぎ得意じゃないんだ!(そんなことは問題じゃないのだが)。50m位上で、トラクターで作業をしている Rex を大声で呼ぶが、お互いのエンジンの音ゆえ聞こえないようだ。しかし、こいつが今このブルから降りたら(降りられれば、の話だが)、この微妙なバランスが崩れ、ブルは崖下に落ちてしまうだろう。かといって、このままいつまで乗っていても同じ事になるのは目に見えている。土があと少し崩れてしまえば、自分もあの世行きだ。冷や汗がどんどん出てくる。一体どうする?

意を決した。このバランスでブルをちょっとでも動かすのはものすごく危険だが、そうするより他に手はない。なんだかシュワルツネッガーみたいな世界だが、やるしかないのだ。

それからあと、どうやってブルを動かしたかの細かい作業についてはなぜだかあまり覚えていない。極度の緊張だったためだろうか、それともただ単に忘れただけかも知れない。とにかく何とか窮地は脱したのだ。ブルから降り、たばこを一服。二服。

「あー・・・、助かった!」

ホントにほっとした。そのあと、Rex に今自分にふりかかった出来事について報告に行く。するとRex は、

「あんな下までやらなくても良かったんだよ。」

の一言。おいおい、作業の前に「出来る限り崖に近いところまでやってくれると助かるな」と言ってたじゃないのよあんたは!・・もっとも、「近いところ」の見極めは自分が勝手にしたのだから、彼に文句を言う筋合いのものではない。とにかく精神的にぐっと疲れた。本日の作業はもう中止。家に戻り、昼間っから「勝手にビール大会」とする。

そんなこんなで、彼の家にも一月近く居候しただろうか。ある程度のお金も貯まった。季節は12月初旬。南半球の夏が始まろうとしている。さあ、出発だ!のんびり旅行が自分を待っている!


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