ここに限らず、アジアの国々では子供達も立派な働き手であるのは言うまでもない。
日本でも、少なくとも小学生にはお金抜きに働かせた方がいいのではないかと思う。
子供は仕事を楽しめる。まっすぐ家に帰ってゲームやってるガキなんてクソくらえだ。

東京〜クアラルンプール(空港で仮泊)〜コタキナバル(よせばいいのに途中クチンにも着陸する)〜ラハダトゥ(Lahad Datu)と、まあ離着陸4回を繰り返してようやっと到着するこの町。成田からのコタキナ直行便を利用できればいいんだけれど、いかんせん週一便ゆえ、どうにも使い勝手が悪いんですなあ。何年か前までは週2便だったんだけれど、南洋材の伐採終了とともに便数も減っちゃって、喜ぶべきか悲しむべきか。まあ何とか着いた。今回行くエリアの一部は明らかに個人では行けない&日本での手配が明らかに高くつく場所だったりしたんで、現地サンダカンの旅行会社にメールで手配を頼んでいたわけで、何と空港にもお迎えが来ていた。おおっ、最初からのゴージャス気分じゃ。

さて、宿に落ちついた後、しばしここLahad Datuの散策ということにする。この町は決して観光地でも何でもなく、おそらくはインドネシアとフィリピンとの交易で成り立っている所なんだろうと思われたりするんだけれど、そんな町柄か、なんだか街並みも殺伐として落ち着かない印象がある。海を埋め立てて大きくなりつつあるからか、町全体が何だか砂埃っぽい。スーパーでちょっとした買い物をして、その隣にある中央市場エリアへと足を踏み入れる。

市場わきの路上にて、おそらくは自宅のニワトリの産んだ卵だろう、それを綺麗に並べているところにカメラを向けたら、なんとわざわざその卵ケースを持ち上げてポーズをとってくれたおじさん(おにいさんかな)。1990にコタキナバルの魚市場で写真を撮っていたら、しっかりお金を請求されたことがあったが、このおじさんは一切そんな難癖をつけることもなかった。そしてこのあと、魚市場ではさらなる元気な方々!に遭遇することになったのだ。

 

まずは魚市場その1。市場内で「自然な感じ」の写真を撮ろうと思いつつ入っていった。し、しかぁし!Nikon-F70+Sigma 28-300mmレンズを携えた我々は否が応にも目につきすぎたのか、カメラを向けると、みなさんわざわざしっかり今日のおすすめ魚を手に持ってポーズをとってくださるのである。さらに、その周りにいる子供達がそれこそ「わぁっ」とばかりに近寄ってくる。ただし!決してインド等に見られるような「はいっアンタは今日の僕らのターゲットだもんね、しっかりおこぼれ頂くまでは離さんもんね、ほらほら早く出すもん出して楽になんなよ、ね、イチゲンの旅行者さんっ!シャチョーッ!」的なしっつこい雰囲気は全くないのである。要は、働く子供達が、「ね、ね、買ってよ、うちの店の魚は新鮮なんだよ、ほら、お持ち帰り用の袋も持ってるからさあ。でも、そのカメラで撮ってくれるともっと嬉しいなあ」というのが正しい描写といえましょうか。

しかし… この場で白状しますと、その時のTakemaは、「この子達はじぇったいに最後は『あ、俺の写真撮ったな!はい、2RM!』と言うに違いない!」と思って警戒していたのでした。あ〜あ、自分もよろしくない色眼鏡でしか見られなかったのね(ジンさん、この哀れな発想、ご理解いただけますか?)。あーっ、ポラロイド持ってくれば良かったなあ。

 

ちょっと見にくいですが、一番笑えたのが左の写真。何気ない風景のように見えますが、写真中央、何だか手ぇ上げてるおにいちゃんがわかりますでしょうか?実は彼、しっかり両手でピースサイン中!おいおい、正直いってファインダーのぞいただけだったのについ撮っちゃったよ。

んでもって、さすがに熱帯の魚市場だけあってというべきか、あやしいエイ様もしっかりとのへらぁっと売り場に並んでいたのでありました。しかしこれ、どうやって喰うんだろうかなあ。


 

ラストに、魚市場の表と裏。上の左写真はメインストリートから見た中央&魚市場。何とも清潔ですねえ。んでもって右は、魚市場の海側。おいおい、思いっきり汚いし臭いぞぉっ!おしんこどんいわく、「捨てればくさってなくなるからいいというこの土地の文化もやばいねぇ(そうは言いませんでしたが勝手にアレンジね)」。でも、あの独特の臭い、アレをかぐと「あ〜アジアに来たなぁ」と思えて仕方がないのですがね。

そんなわけで、次はここLahad Datuの水上集落へ。