− アイスランド2010夏(38) シンクヴェトリルをチラリ、そのあと首都レイキャビクは‥あれ?(苦笑)。 -

そんなわけでやって来たシンクヴェトリルは「国立公園」であるのみならず、世界遺産にも登録されている(2004年−)という恐るべき場所なのであります。ここはミーヴァトン周辺にいくつもあった「地球の割れ目=ギャゥ(gja)」の中でも一番有名なアルマンナギャゥが長く延びている場所であると同時に(もちろんその延長上にあるのがミーヴァトン周辺のギャゥです)、歴史文化的にも非常に重要な場所だったというのです。それは‥


「アイスランド観光文化研究所」サイト内ページより引用させていただきました。該当ページはこちら。)

な、何だかアイスランドの歴史を語る上で欠かすことのできない大切な場所だったわけですね。ちなみに現地には独立宣言時の写真画像を含めた掲示がありますのでご一読あれ。ちなみに右上画像の川の脇には‥マウスオンでこんな警告が(笑)。このコイン投げ入れ、どこの国でも結構たいへんなことになっておりますね。トレビの責任は大きいぞ(笑)。

そんなわけで遊歩道を歩いて「アルシンギ」が行われていたという場所へと向かいます。ちなみに文章を変換していたら「アルシンギ」って「ある審議」なんですね。なるほど場所柄‥いや関係ないか。関係ないついでに言えば、サッカーのアルシンド氏は今はたぶん母国で何をやっているんだろう?実業家にでもなっているのかな?(そう思って調べてみたら‥「引退後はブラジルに帰国して就農している」そうで(Wikipedia)、もう少しググってみると、「東京ドーム90個分の広大な農園で、トウモロコシと大豆を栽培しているアルシンド氏。さらに販売・配送なども自ら経営する従業員200人もの大企業で手掛ける、農業王」ということでした。さもありなん)。ちなみに現在はスキンヘッドにしているそうな。いつか見習う日が来るTakema?(笑)。

いやそんなことを語るためにこのページを作っているわけではないわけで、あくまでシンクヴェトリルについて語らなければいけないわけですが‥もう、上記の引用文で十分ですよね(他力本願)。



ちなみにアルシンギが行われていた場所にはアイスランド国旗がはためいています。遊歩道はギャゥの中。



あれー、川向こうのあの建物も確かいろんな由緒があったような‥教会?完全失念でゴメンナサイ。

シンクヴェトリルをチラ見したあとは一気に首都レイキャビクへ。徐々に道が太くなり、気がつけば片側3車線に!あのぉ人口32万人のお国ですよね。わたしの住んでいる千葉県市川市の人口は47万5,751人らしいんですが(市の公式サイトでさっき確認=2010/10/24)、市内の道は酷いよぉ(笑)。

この日は土曜日だったこともあり通行量も少なかったと思いますが、それでも市内中心部に近づくにつれて久々の「2車線直行のラウンドアバウト」が連続するようにもなりました。これがレンタカーを借りた初日だったとしたらかなりビビッただろうなぁと一安心。右側通行はかくも結構気を遣うのであります。



さすがに10日間運転していれば、右側通行の首都だって‥市川に比べたら屁でもないと慢心(気をつけなさいよ)。

で、この日(アイスランド最後の宿泊)の宿である「GALTAFELL Guesthouse」にも難なく到着。というか「目的地です」とナビが発してふと見たら目の前に宿があった次第です。うーんすごいぞナビ。ちなみに到着は17:50でした。この日はお天気がイマイチでしたが、走行距離約340kmのうちダート路が約半分の160kmちょいということであれば、

ということなのであります。確かに「スタッドレスタイヤにもかかわらず」ちゃんとグリップしてくれてありがとうということで(笑)。

そんなわけで市内中心部にほど近い場所にあるこの宿、でもメインロードからは二段上がったところにあるだけあって夜は思いきり静かでした。と、この造りも何だかお城のような感じで、調べてみたら1916年の建築だそうな。ま、その辺については後述するとして、チェックイン時に宿の奥さんがこうおっしゃいました。

そ、そうなの?ネット上で先人の皆さんのページを拝見していたら、時たまこの「ゲイ‥」が見受けられていたんですが、まさかこの週とは!そんなわけで夕飯がてら見に行ってみたわけですが‥。



途中にあった教会では結婚式が終わったらしく‥アイスランドではこんなクラシカル車で出発するみたいですね(どこに?)。



ゲイの皆さんはまだいるのでしょうか?ちなみに大統領官邸の奥にはバブルがはじけて工事中断久しい遺物が‥。



どうやらお祭りはすっかり終わってしまったようで残念。この界隈まで上がってくるとお店も閉まっているので(この日は日曜日)、



メインストリート側に下っていきます。おお、一瞬ですが太陽が!(夕方に見えますがまだここからが長いんです)。



大統領官邸(左上)も議会(右上)も小さいですが、ここでの議決が世界経済を揺るがしたことは間違いありません。


そして‥「宴のあと」を如実に表すかのように、メインストリートの歩道はご覧のようなゴミだらけ。いくらお祭りとはいえ、アイスランド人の(特に若者の)意識はこんなものなの?とも思いましたが、お祭り直後の状況だけでレイキャビクの市民度を語るのはあまりに極端ですからやめておきましょう。

ちなみにメインロード沿いのさして高くもなさそうなレストランで「さして旨くもない夕ごはん」を食べましたが、途中で入ってきた若者は注文するでもなく寝てしまい、結局「入口に待機していた用心棒」とおぼしき数名につまみ出されていました(非暴力的にですが)。何だか「見たくなかったレイキャビクの一面」を見てしまったかも知れません。一見(イチゲン)の旅行者であるわれわれからすると、このことが「レイキャビクのイメージ」につながっちゃうので‥。しかし、これは「1年で一番だらしのない日」だったのだろうと思いましょう。たぶん本当にそうだと思います。

宿まで歩いて帰る途中、ワイワイ騒ぐ若者を避けるべくチョルトニン湖沿いを歩くことにしました(右上画像マウスオン)。のんびりと湖を眺めていたら、若いカップルが登場。「愛を語るのかな、それはそれで止めないからね大いにやりなさい」と思っていたら、彼氏がその辺に落ちていた石を鴨めがけて投げつけてました。何だかとっても後味悪くその場を去らざるを得ませんでした。ふぅ。

そんなわけでレイキャビクの夜には決していい印象を持たなかったわけですが‥さ、翌日はアイスランド最終日!「実は翻って好印象」のレイキャビクなのであります。
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