日本との時差13時間(遅れ)&前夜寝たのが2AM頃だったのに、やっぱりお出かけ中はアドレナリンがしっかり出ているんですねぇ、6時過ぎにしっかりと起床したTakemaです。「うわ、もう朝だ、テラスから朝のハバナの町を眺めてみたいぞ」と考えていざテラスに出てみると‥
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あれぇ、まだ日の出前でした。どうやらこの時期(8月上旬)のキューバは案外朝が遅いんですね、日の出は7時近くなってからでした。海上には昨日ドンピカと暴れていたらしい雷雲のなれの果てがよぼよぼのお姿になっておりましたっけ。
部屋&テラスは7F(屋上部)にあります。周辺で一番高い建物の1つなので、新市街を見渡せるいい感じの宿なのです(もっとも予約時にそこまでは知りませんでしたが)。というわけでもうひと寝入りして出直しました。
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というわけで自分の宿選択の運の強さにウフフと思いつつそのままこのテラスで朝ごはん。
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フルーツ4種にハムにサラダに卵にサラダ、マンゴー生ジュースにもちろんパン、そしてキューバデフォルトのエスプレッソととっても充実!うん、ここの朝ごはんはとってもヨロシイです!あ、宿のお名前は「Graciela Hernandez」ですよ。
ちなみにわれわれがお宿に支払ったのは28CUC/night(2泊)でしたが、2015/9初旬にあらためて予約サイトを見てみると35CUCに値上がりしていました。なぜだ?なお宿泊料金は1部屋あたりなので2人だと安上がりですが夕朝食は付いていません。今回の旅行の各カサパルティクラルではすべて朝食もお願いしましたが、偶然かも知れませんがすべての宿で5CUC/P.P.でした(旅行当時のレートは1CUC=約130円)。でもこの宿の朝食グレードは高かったなぁと。
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優雅に朝食を済ませたあとは市内観光です。と、その前に軍資金の確認ね(笑)。右上画像は現地の5CUC紙幣、上記換算で1枚約650円、ただし帯封に100と書かれていることからわかるように100枚=約65,000円です。のべ12日間の滞在費がこれだけで済むとは思いませんが、これでできるだけ繋いでいきたいなぁと。ちなみに10万円分両替したので、これ以外にまだ250CUCくらいありましたが、バラのお札だと絵的に映えないので(右上画像マウスオン)まぁそういうことだとご理解下さい(笑)。
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なお集合住宅の中のカサパルティクラルということで、宿の入口は一般住宅と同じ造りです。唯一、入り口に貼られた「青いイカリ」のマークだけが「ここが公認の民宿である」ことを示しています。こりゃ初めての場合わからんわー(ちなみに建物入口の各部屋住民の欄には「○号室、Casa Particural : Graciela Hernandez」と記載されておりましたが)。
さて市内観光‥ということは当然この7F(宿の入口は6F)から下に降りるわけなのですが、何とこの建物にはエレベーターが設置されておりました(ありがたい)。でも、そのエレベーターががまた一風変わっておりましたよ(笑)。
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ええっとまずは左画像。こちらがエレベーターの出入口です。が、なぜか不思議なことにドアノブと、そしてのぞき窓。
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そうなんです。乗る前にエレベーター脇の上下ボタンを押すことこそ普段と同じですが、この場合先にドアノブを開けて乗車カゴがあるかどうかを確認してはいけません。というか、さすがに戸が開いた状態ではカゴが上下しないような安全装置が装備されているようです。そりゃそうだ、転落しちゃうって(笑)。ただし、カゴがいない階の戸がロックされて開かないかどうかは未確認です(もしそうだとすれば中途半端な安全対策ですが‥)。
で、戸を開けていいかどうかを判断する基準となるのがカゴの現在階位置表示(そんなものは存在しません)戸に取り付けられたのぞき窓です。左上画像にマウスオンするとわかるように、カゴがいる階の場合、カゴ内の照明が常時点灯していることから「あ、今この階にいるな」ということがわかる仕掛けになっているわけです。なお「カゴ内の照明が切れた時にはどうするんだ?」という質問には答えられません(笑)。
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そんなわけで外に出てきました。ちなみに共用玄関部は機械式オートロックになっているというところが何だかスゴイです(チェックイン時には部屋のキーとともにこの玄関キーも一緒に渡されました)。この集合住宅はかなり充実した設備のようです(新市街ならでは?)。
道路にはパン?売りの方が営業準備中(というか雑談中なだけで実際は絶賛営業中なのかも)。キューバは社会主義国ではありますが今は個人営業主となることも許可されていますし、おそらくはこの方もそうなのでしょう。しかしまず間違いなく顧客対象は地元住民=支払いはペソクバーノ(CUP=国内専用通貨)でしょうから、そう大きな実入りは期待できないように思います。同じ品物をもし観光客の多い場所で売れば、CUC(兌換通貨)とCUP、同じ額面でも実入りは25倍!(1CUC=25CUP)。
「ペソクバーノは早晩駆逐されCUCに統一されていくだろう」という見方もありますが、もし単純にそうなったら、これまでペソクバーノの流通を大前提にして機能してきたキューバ経済はとてつもなく動揺&混乱するでしょう。激安価格での配給品がなくなり、でもいきなり労働者の給料を25倍に上げることは不可能ですから、いきなり単純に通貨を一本化することなど不可能なはずです。
キューバ政府はアメリカとの国交再開に対して「体制の維持保証」を大前提にあげていますが、それは同時に国内経済の大混乱を回避することと密接につながっているはずであり(日本の近隣国と構図は同じです)、むやみに改革開放路線に突き進むことはないと思います。ある意味【みんな貧しく、(精神的な意味で)みんな豊かに】を旗印にやってきて、まがりなりにも50年以上もの間その体制を維持してきた国がいきなりその旗印を封印したら‥
そこに待っているのは、下手をすれば「民衆の不満爆発 - 国内混乱 - 現体制の崩壊」という流れにつながりかねないわけですから。え、ちょっと待てまさかアメリカが今回国交を回復した、その水面下にある深謀遠慮ってまさか?まさか今回の融和政策が「禁輸から自由貿易への転換=アメリカの圧倒的な経済力注入による政権転覆の企ての第一歩」になったりしませんよね?
いや、そんなことは考えたくないしそんな仮定は考えないことにしておきましょう。でも一方でそんな「まさか」系が多くの歴史を作ってきたことも事実です。米キューバ関係については今後も注意してみていきたいと思います。
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歩き始めると、車道(ここは一方通行)を通る車が懐かしい雰囲気バリバリです。今は21世紀‥ですよね?という疑問を抱くほどお懐かしい車両というか、昔の映画の中(または博物館の中)でしか見たことのないような車が今も現役で走っています。
これはキューバ国民の「モノを大切に長く使う国民性」からくるものではなく、近年まで続いたキューバ政府の施策によるところが大きいのです。その施策とは革命直後に発布された‥
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というものでした。もちろん発布直後はアメリカ資本との断絶を象徴する法令だったのでしょうが、まさかこの法令が2013年まで機能し続けるとは‥(唖然)。
ただしキューバはラウル・カストロ氏が国家評議会議長に立って以降「徐々に」市場経済化を推し進めてきており、自動車の輸入&登録もすでに可能となりました。そこですぐに動いたのがヨーロッパおよび中韓の両国でありまして、特に長距離用の大型バスは見る限り中国車ばかりでしたし、レンタカーも廉価なグレードはまさに中韓の独壇場という感じになっています。
ちなみに上記ロゴ内容のポイントは「売買(転売)できる車は」というところでして、バスやレンタカーはかの法律施行下においても「転売しない限り輸入OK」ということだったようです。われわれがこのあと借りたレンタカーもフランスのルノー車でした(走行距離は12万kmを超えていましたが)。
しかしかの法令は「段階的に」解除されつつあり、徐々に個人所有の「近代車」も走り始めているようです。で、AFP社は「今後キューバでは『クラシックカー』が減っていくだろうとコメントしています。日本のマスコミ各社と違ってAFP社は古い記事も削除することなく当該記事ページを維持していくことが多いのですが(実際のところはアーカイブ化しながら自動的にページ移動?でもいずれにせよありがたい)、万が一のことを考えて以下に引用します(AFPの元ページはこちらです)。
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【(2013年)12月20日 AFP】
キューバ政府は19日、約50年前に導入された自動車の輸入制限を撤廃すると発表した。同国の象徴的存在となっていたビンテージ車の時代に幕が閉じることになりそうだ。
同国の共産党機関紙グランマ(Granma)によると、18日の閣僚評議会は市場価格での販売用自動車の輸入を許可することを決めた。普通車、バン、トラック、2輪車など全ての自動車の販売が段階的に自由化され、一部の国民にのみ自動車輸入を認める特別許可証の発行も廃止されるという。
自動車市場の自由化により、半世紀に及ぶ禁輸措置を生き抜き、愛情を込めて整備されてきた1950年代製のシボレー(Chevrolet)やフォード(Ford)、ポンティアック(Pontiac)たちは、その数を減らしていくとみられる。
自動車輸入制限の撤廃は、キューバのソ連型経済を徐々に自由化するラウル・カストロ(Raul Castro)国家評議会議長の試みの中でも、長く待ち望まれていた政策だった。(c)AFP
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ということなのですが‥そう簡単にはいかない気もします。この法令が撤廃されたからといっても最新の輸入車が安く買える保証などどこにもありません。「市場価格」とありますが、それがペソ・クバーノを日常的に使用している大多数の国民を前提にしていないことは明らかです。そしてまた、現実的に富裕層になりつつある一部のキューバ同胞が「これまでの車をあっさり乗り捨ててピッカピカの新車に乗り換えたら」‥これはもう、あの超大国になってしまいます(苦笑)。
しかも、2015/7にアメリカとの国交を回復させたキューバとはいえ、国富をもたらす原動力となるべき国内産品は鉱物(ニッケルとか)と農産物(サトウキビとか)くらいしかありません。しかもそれらのほとんどは国際市場においてすでに優位性を欠いた(=国際市場価格を考えれば高値で売れない)ものばかりです。かつてはサトウキビを旧ソビエトが市場価格無視で買ってくれたかもしれませんがいまやそんなお人好し国家は存在しません(日本から近い超大国は「国策」を発動したレアメタルで大火傷しましたしね)。
話がそれましたが、「では現在&これからのキューバにおいて何を資源とするか」を考えたときに観光、しかも「他の国になくてキューバにだけある希少性」を考えたときに、この「1950年代のクラシックカーが(エンジン等の中身はともかく)現役で走っている」ということは非常に重要なポイントです。
もはや世界でここキューバでしか走っていない1950年代のアメ車、キューバの人々がこれまで50-60年ものあいだ大切に乗ってきた(もはやパーツが全てなくなり、エンジンを載せ換えたり鉄板をたたき出したりして「見た目だけ当時の車に見える」だけの車であったとしても)その車をさっさとたたき売ることにはならないのではないかと想像します。高額の新車購入という現実的困難のみならず、ネット経由の情報でその希少価値に気づいたオーナー各氏は「今ある車をいかに活かすか」という発想に向かうのではないかと想像するわけです。
キューバが今求めているのがUS$のみならずの「外貨」であり、でも一方で政府は体制の維持を大前提としているわけですから、現政府が一番の打出の小槌と捉えているのが「観光客の増加による外貨持ち込み&キューバ国内での消費」と考えることは当然です(日本だって中国人観光客の「爆買い」による経済的波及効果の大きさをヤッホー系で報道しているのですから同じことです。日本のマスコミによるその報道姿勢には納得いかないところもありますが)。
となれば、観光客の増加を見越したクラシックカーの現オーナーは「営業車としてのUSクラシックカー(さらに手入れする)」、そしてその車で得られた利益による「欧米中韓系新車」を個人として購入という流れになってくるのではないかと勝手に想像します。でも地方ではどうなるのか見当も付きませんが。
何だかやたらに文字ばかり多くなってしまったので先に進みましょう。テクテクと歩いているうちに(GPSナビを手にしているくせに)どうやら道を間違えてしまったようなので、歩く方向を修正します。すると?
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何だか立派な門を発見。しかも、この門の反対側にはなぜかやたらと花を売る出店が多い!で、ナビの地図を見てみると、ここはコロン墓地の入口のよう。墓地そのものには興味がないのでスルーしたわけですが、実は世界三大墓地の一つで日系人の慰霊碑などもあったようです。花売りの出店も、亡くなった家族に花を捧げる親族だけでなく、もっと広い意味で慰霊の思いを捧げる方々が多いからこそあれだけ多く集まっていたのでしょう(ちょっと残念)。
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このあとは革命広場方面へと歩いていきますが、何だか急に道幅が広くなり並木なども整備されていますが、平日の午前中にもかかわらずこのあたりには車がほとんど走っていません!新市街地界隈ではさすがにもっと交通量が多かったですが(ただし信号2回待ちというほどのレベルではない)、まぁ人が住んでいない官庁街なので‥いや、でも今日はどう考えても平日ど真ん中の水曜日だぞ!(笑)。
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キューバ国立劇場の前を通って革命広場方面へ進んでいくと、どうやら「ホセ・マルティ記念塔」は「右左折車線を含め8車線+中央分離帯スペース=約9-10車線分の幅」がある道路を横断した向こう側にあるようです(あれま)。でもご覧のような交通量ですから問題なく渡れるわけで(笑)。ちなみに数少ない地元の人も渡っていましたし「横断禁止」をとがめられるようなことはないようです(禁止表示もありませんでした&警察官もいた)。そんなわけでやってきたホセ・マルティ記念塔!
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高さ109m、なかなか斬新な形(星形)の塔です。しかし竣工はかなり古く1958年だとか。外観的にはコンクリート造りに見えますが表面部分は大理石だそうです(内部には鉄骨やコンクリが使われているはずです)。
ちなみにこの塔の名前に冠されている「ホセ・マルティ」氏は実は現政府および1959年のキューバ革命と直接関係する人物ではありません。彼は19世紀(1800年代)末期、それまでキューバを支配していたスペインから独立を勝ち取った「革命の父」としてキューバ国民から尊敬を受けている人物で、ハバナの国際空港にもその名が冠されています。
この塔も現政府以前のバティスタ政権(革命により亡命)により建設されたもので、要は竣工後すぐに革命が起きたわけですね。革命後は共産党の施設として使われていたこともあったようですが、今は純粋に博物館&展望塔として使われています。
というわけで「ナントカと煙」のごとく塔の上に登ろうとしたわけですが、係員氏によると「クローズしているので登れない」ということでした。老朽化?いや、でもキューバの場合古いものでも何とか修繕して使う術にはたけているはずですし(笑)、たまたまクローズだったのかな?(ネットで検索したところ一部に「行ってみたが登れなかった」という情報がありましたが‥)。
しかしそもそもこの塔が周辺よりやや高い丘の上にあることもあり(おそらくは盛り土したんだと思う)、塔の基部からでもそこそこいい景色が拝めます。その「景色」とは‥
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ただし、キューバ革命で大きな役割を果たし、革命後には国立銀行総裁に就任したチェ・ゲバラ(「チェ」は本名の一部ではなくある意味の愛称、姓名は「Ernesto
Guevara」、本当に正しくは「Ernesto Rafael Guevara de la Serna」)のこの肖像ばかりが有名になっていますが、実際にはもう1人、同じように象徴的存在として描かれている人がいます。それが情報通信省の建物にある‥
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で、これまた現地訪問時には全然知らなかったのですが、このページをタイプする過程で調べていくと、それぞれの肖像の右下に書かれている語の意味がわかりました。
ゲバラ氏の方のロゴは「さもありなん」という感じの【勝利よ永遠に】という意味でした。しかしシエンフエゴス氏の方はなかなか奮っています。それはつまり‥
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「Vas bien, Fidel?」
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なのだそうです。なかなか洒落ているじゃないですか!ちなみにこの氏は飛行機事故で亡くなりましたが、その死には一部に疑惑があるようです(まぁ一介の旅行者なのでここでは触れませんが=歴史家に任せます)。
なお、キューバ各地にはこのような「現キューバを構築するに至った」人々の肖像画があちこちで見られますが(圧倒的に多いのはゲバラ)、少なくとも現政権(長年君臨してきたフィデル&その弟で政権の委譲を受けたラウル・カストロ)の画像掲示を見たのは1箇所、カマグエイのビル屋上だけでした。「神格化を避けるため、存命人物の肖像画掲示を禁止」してきたのだそうです。
ん?ではなぜカマグエイの広場隣接ビルの屋上にフィデル氏の画像があったのだろう?「政権中枢を引退してからはその限りではない」というような付帯事項が加えられたのでしょうか?
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地元の小学生?が「社会科見学」にやって来ていたりもしました。そうそう自分が小学生の時は、乳業会社の工場(地元にあった)とか日帰りバス遠足で銚子のヒゲタ醤油とかを見学しに行ったんだっけ(この時は瓶入り醤油をおみやげにもらってすっごく嬉しかった記憶あり)。
そんなわけで遠景にお2人の肖像を入れてパチリ。撮影はコンパクトカメラなんですが案外広角で、なかなか使いやすいぞソニーくん(実は今回お出かけ初デビュー=出発の10日くらい前に衝動買い)。
しかし当然ながら暑いのです。この記念塔周辺には商店もまったく見られず、だからせめて水くらいは持ち歩くべきだったんですが(これ大切)、しかしTakemaは記念塔到着時(うろうろする前)にしっかりチェックしておりました。
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というように(笑)。そんなわけで基部を回り込んでみると‥大正解!
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しっかり飲み物の売店が歓迎光臨的に営業中でした!(お客はわれわれが最初だったみたいですが、このあと2組来ました)。そんなわけでわれわれは「大人の社会科見学」なのですからもちろん午前中からビールです当然ですそれに決まってます間違いない!(あ、おしんこどんはボトルウォーターを購入ね)。よーく冷えていてオイシカッタ。このCristalビールはライトテイストなので水代わりにごくごく飲めちゃいます(ただし度数は4.9%ありますし、そもそもビールには利尿作用がありますので水分補給の足しにはならないどころかマイナスだったりするわけですが(苦笑))。
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そんなわけで、次の目的地@海岸の要塞群へと向かいましょう。このあたりにはいとも綺麗な旧車が何台も止まっていましたが、これらはまず間違いなく観光客目当てのタクシー(またはチャーター用)なのでパス。で、われわれが利用した車といえば?(以下次ページ)。
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