− その26 ツァータンのオルツを訪ねて(1) −

明け方近くにMy ゲルに案内され、宿のお兄ちゃん(英語はまったく通じないのですごく木訥な印象だったけれど実は細かく気を遣ってくれていたようで感謝)が薪ストーブに火を入れてくれました。おかげで寝入り頃のゲルの中は暑いくらいだったのですが、さすがにモンゴル北部の高地、火の弱まったゲル内はどんどん外気温目指して冷え込んでいく‥と思いきや?そうはいかない不思議な宿なんですな(笑)。

実はわれわれが宿泊したゲルは建て付けの関係で(歪んでる?)出入り口のドアを完全に閉めることが出来ず、ゆえに内側から鍵を閉めることが出来なかったのですが、それを利用して?(笑)、かのお兄ちゃんは





これです、これが「熱帯」を生み出した薪ストーブ(笑)。

という作業をなさっていたのですね。うつらうつらのうちにそれと気づき、最初はびっくりしながらも感謝感激。この作業はおそらく「通常の業務」なのでしょう。この業務がこの日もなされていたということは、これによる盗難等のトラブルがなくここまできていることを意味するわけで、殺伐とした国や地域もある中で何だかほのぼのしちゃいました、はい。

おかげさまでかなり冷え込むフブスグル湖周辺でも、ゲルの中は常にあったか‥というか、どちらかといえばやや熱帯の夜に近かったような‥(笑)。

さて、目が覚めたのは8:53(日記に書いてあるくらいだから間違いないでしょう)、朝食時間の7分前でありました。



ま、とりあえず4時間は寝ましたからね。食堂前にて。

天気は曇り時々晴れ、でも時折霧雨といった感じでまぁこんなもんでしょといった感じです。さてここフブスグル湖で今日何をするか?

実は「船を借りて(チャーター)釣りをするのもいいかなぁ」と思っていたのですが、ちょっと寒そうなのと思っていたより料金が高いのと、湖上で雨に降られたら途端にびしょぬれ難民化してしまいそうなことと、そして何よりもゾルさんの「大物が釣れたって話は、ちょっと聞いたことがないです」というあまりにもわかりやすいアドバイスによりパスしました。となればすなわち第一の目的に向けて突進するしかありません!それは‥

これしかありません!「地球の歩き方モンゴル編」および+α情報によれば、「本来のツァータン族はこのあたりからさらにずっと北部(ロシア国境付近のツァガーンノールやオラーンオール地域)で暮らしており、湖付近にオルツ(移動式テント、ゲルとは形状が全く異なる。ウルツとも)を立てている家族は観光客相手の商売目的がメインだと書かれていましたが、本家本元エリアまでは道なき道を往復何日もかけて歩かねばたどり着けないらしいし、そもそもここのツァータンの人たちがどこまで観光客ずれしているのやら?

ここまでの道程のハードさを考えれば「まさか阿寒湖畔のアイヌ民芸店とは比べものになるまい!」と考えます。勿論「ここまで来たのに訪問せずに帰るのはあまりにももったいない」というさもしさがなかったといえば嘘になるかもしれませんが(笑)。というわけで、ツァータンのお宅に向けてしゅっぱーつ!
上で引き合いに出しましたが、アイヌの方々を卑下するような意味では全くありませんので(一部の方々の商売のやり方はともかくとしてね)念のため。

【2008年9月注】

このあとに紹介している「ツァータン族のお宅」について、先日、毎年現地調査を行っている専門の研究家の方からご連絡をいただきました。その方によると、「本来のツァータン族でない可能性が非常に高い」ということでした。その一例としてオルツ内に置かれたストーブの種類をあげておられます。少なくともTakemaのシンプルな頭で考える限り情報の信憑性は非常に高いと思われます。

もちろんわれわれの訪問当時も「近くにもツァータンのオルツはあるけれどあそこは観光ツァータンだ」という話を聞いたりしましたし、「旅行者が簡単に行かれるところにツァータンは住んでいない(ツァガンノール村以北のみ)」という記述もどこかで読んだことがありましたから、彼らは本来のツァータンではないのだろうと思ってはいました(別部族出身のご夫婦だということでしたし)。

でも嬉しい!わたしはただ旅行記を綴っているだけの素人なのに、わざわざこのような専門的な情報をいただけることは存外の喜びです。Hさん、ありがとうございました。というわけで、以下の旅行記については上記の内容を踏まえてお読みいただければ幸いです>ALL。

そして、このことははっきり申し上げておきたいのですが、以下に出てくるご家族の方々を「偽ツァータンだというレッテル」のもとにだけ見ていただきたくはないと思います。モンゴル民主化以降、現地の人々をめぐる環境は(観光化のもとで)大きく変化しています。そんな中、このご家族が「生きる糧」としてあの生活スタイルを選んだとするならば、そのことは誰からもとがめられる筋合いのものではないはずです。私たち自身、現地では楽しい時間を過ごすことが出来ました。旅行者というスタンスからすればそれで十分です。これからモンゴル旅行を考えている皆様、是非現地を旅行者という立場から「自然に」楽しんで下さい。



昨夜、深夜の爆走ラリーをこなしてきた「精鋭車両」群がこちら。ただしわれわれのロシアンジープは写ってませんが。



湖畔の道はこんな感じです。ちなみにフブスグル湖から流れ出る川はバイカル湖に注いでいるのだそうで。



そしてこのフブスグル湖、モンゴル第二の大きさを誇る湖で、面積は何と琵琶湖の約4.1倍!冬に張る氷の厚さは5mとか!


車が道をそれ、小広い場所にぽつんと一つだけ立つオルツの前に停まると、中から人が出てきました。この家のお母さんのようです。ゾルさんとしばしの会話のあと、「いやいゃ、じゃぁまずはどうぞどうぞ」という感じで中におじゃますることに。実はお父さんを始めほかの家族の皆さんは仕事に出ていたらしいわけで、いやぁ全然観光客相手の営業態勢じゃないなぁ(嬉笑)。

まずはトナカイミルクのお茶をいただきました。さっぱりしていて、「当然たっぷりの酸味っしょ!」と思いこんでいたTakemaにはほのぼのする平和な味でした。ミルクも思っていたほど濃くはなかったです。



案外さっぱりしたお味なのは、発酵前のミルクを使っているからなのでしょう。

ここで、当時のTakema&おしんこどん日記に書いていたことをざっくばらんにまとめてみました。
ここの人たちは4-8月までこの地域に来ているという。冬の生活エリアに羊や山羊を飼っているため、息子二人をその面倒を見るために残し、自分たち夫婦と娘二人をつれてこちらに移動しているそうだ。

湖の近くでは1ヶ月くらいごとに移動する。トナカイは草も食べるが、本来の生活地あたりに近くなると草はなく苔ばかりとなる。餌となる苔がなくなり次第移動して少しでも太らせる。だから移動の回数は夏よりも冬のほうが多い。

トナカイのミルク。ミルクを温めるとヨーグルトのようになり、それを濾すとチーズに。残ったホエーから油を取る。ホエーはバターのようなもので(ゾルさんは)パンに塗って食べたりするそうだ。

オルツは、まず大型の3本の木(オルツ)を結び、そこにほかの木を立てかけていく。地面にはトナカイの毛皮を敷く。冬は板の床を敷いてその上に毛皮を敷く。木(オルツ)は現地で調達するが、移動の時はそのまま次の人のために置いていく。古くなったオルツは薪にも使えるはずだ。

トナカイや牛の皮で作ったカバンに荷物を詰め、トナカイに乗って移動する。冬でも橇は使わない(地形が険しいので使い物にならない)。

ちなみにオルツの屋根&壁となる綿布は、冬でも一枚のまま(ゲルはフェルトを2枚重ねにしたりするけれど)。

トナカイの角は3月に生え替わる。夏の角は芯に血が通っていてまだ柔らかいが、3月に落ちる角は完全に固くなっている。

奥さんに聞くと、旦那さんはツァータン族だが奥さんはハルハ族出身だとのこと。

トナカイの毛皮をたくさん持って移動してきたが、売るつもりはなかったのに是非にと言われ、3枚を残して売ってしまった。これがなくなるとトナカイ遊牧民と見てもらえなくなる(=観光業者?)のもいやなので、残りはどうしても売らないョ。



左画像はチーズ製作工程の途中、右画像にある黄色いモノがトナカイミルクから作ったチーズです(左右画像ともマウスオンで拡大)。

モンゴル編 動画ライブラリー(36)

「ただいまチーズ作成中」

ヨーグルト状の「原液」を布袋に入れ、上から重しを載せると水分が抜け、それを乾燥させればチーズの出来上がりというわけですね。

Wmv形式、579KB、15秒



左写真の左下に置かれた茶碗にたまっているのがホエーでしょうな。何だかイメージ的には漬け物みたい。



上(の赤字部分)でも書いたように、オルツのメイン支柱は3本。さぁてどれだ?

さて、外からの画像から見るとかなり小さく見えるこのオルツ、中におじゃましてみると‥案外広い!

左上の画像はレンズの関係で「うわわ、こんなには広くないっしょ!」という感じで写っていますが、右上画像はだいたい真実を伝えています。そうそう、その右上写真のストーブ上に載せられているヤカン、みごとに「ちょっとひなびた日本海沿い国道ドライブイン食堂の中央に鎮座まします純日本系形状のヤカン」そのものですねぇ(長いな)。

このオルツ内部の内周部を見てみると、このご家族の荷物が並べられておりました。荷物の中身はともかくとして、こ、このカバンはもしかして?

そう、やはりトナカイの革製カバンでありました。しかもかなり年季の入ったカバンで、「これ、何だか欲しいぞ!ちょっといじればかなり渋いカバンになるのでは?」と一瞬思いましたが、どう考えても譲ってくれるはずはないのと(実際に使っているわけですし)、もし日本に持ち帰っても案外「浮いた存在」になりそうな気がしたので申告しませんでした。まぁそれが正解だったかも‥。

しばらく通訳係のゾルさんを介してお話をしているうちに、「ところで、おみやげ品があるんだけれど‥」と、手作りのおみやげ品披露&展示即売タイムになりました。しかし、全然商売っ気がないのには驚くばかり(笑)。

トナカイの角に家族で絵を描いたものや、角を輪切りにしたネックレス(もちろん紐もトナカイ革製)などを出してきて、でもまた話は全然違う方面に流れていったりして、「これはいいものだよぉ、安くしとくよぉ、ね、ね、どう?」というような勧誘言葉は全くなし。「観光化されたツァータン族」のイメージは全くないままに時は流れていったのでありました。
ただしこれには補足説明が必要かも。実は道中、このご家族以外にも同じツァータン族のオルツを見かけていたわけなんですが、ドライバーさんは一切無視して通過。あとで聞いたら「あそこは観光客相手のツァータンなので」ということでした。やはり同じツァータン族でも「人による」ということなのでしょうか?ともあれ、わざわざ手前のオルツを通過して奥まで入ってくれたドライバーさんに感謝です。
さて、家族の方々(このころにはお父さんも娘さんも戻ってきていた)にちょっと失礼して、Takemaがこのあと(生理現象かたがた)オルツを出て外に出てみると‥

うわぁいるいる、これぞトナカイっ!群れで行動する習性なのか、休んでいる時もこんなふうに一カ所に集まってます(あ、でもよく見ると一部のトナカイはヒモで結ばれてるんですが)。

そしてこのあと、こちらのご家族訪問にほぼ満足していたわれわれに、「新たなアクティビティ」が嬉しくも課せられたのでありました(笑)。でもこのあと何が起きるのか、何となくわかるっしょ?(大笑)。

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