それはあなたの登場だったのですな、OMさん!

さてサンダムニパゴダへ。きれいに並んで真っ白に輝くパゴダ群を横目にしながら、それでも「まずはお詣りしてからにすべきだよなぁ」と殊勝にも考えて奥の本殿方面へ進みます。実は写真的にはこれが大失敗で、この後いろいろと時間がかかり、それが落ちついて戻ってきた時には雲がわんさか出てきて全然きれいじゃなくなっちゃったわけですね。



ほらぁ日が陰って、全然きれいじゃないでしょ(悲)。

それはまぁともかく、本殿手前のちょっとしたピロティのようなところを通ろうとした時、そこにいた若い女性の方がTakemaに声をかけてきました。「失礼ですが、日本人の方ですか?」。流暢な日本語です。

もちろん私は一応「日本の方」なのではあハイハイと返事をすると、しばらく社交辞令的な質問(一人で回っているのか、ミャンマーの印象はどうかなど)をしてきた上で、どうやら本題。「私は今日本語の勉強をしているのですが‥」といいながら、おもむろに出してきたのは「日本語検定(2級だっけ?)」のテキスト&問題集。

正直いって結構難しい表現を学ぶページでした。だって、自分も何気なくすぐ上で使った「おもむろ」ってどういう意味か、どういう場合に使うのはいいが、どういう場合には使うべきではないのかって、とっさには説明できませんよね。でもそのテキストには「『おもむろ』を使えるようにしよう」とあって、1つか2つの例文が出ているだけなんですから、身近にネイティブの日本人がいない限り「習うより慣れろ」というわけにはいきません。彼女の学習はそういう部分で行き詰まってしまっていたわけです。

しかしどうせ急ぐ行程ではなし、のんびりと「え〜っとねぇ‥」と一つ一つご説明申し上げているうちに、ようやく彼女の「質問」材料も終わったようでした。となると最初のお話に逆戻りしたわけですが、ここで彼女から思いもかけぬ提案が。

ほほぉ、そうきましたか。しかしそうなるといろいろ行動に制約も出るだろうし、もちろんガイド費用もかかるだろうしなぁということで、最初は当然難色を示したTakemaでした。ついでにいえば、明日からはマンダレーからティーボー方面で何日か過ごすつもりですんで、一人でのんびりしたい気持ちもあったんです。

でも、これまでに聞いていた話からすると(お寺での仕事をしている人なら悪い人じゃなさそうだとか、彼女の日本語学習は真面目で真剣だ、とか)、ただ単に旅行者からお金を巻き上げようというレベルの人ではないことは確かなようです(30分以上話して&彼女のノートを見ていれば、彼女の真面目さは十分に伝わってきました)。何よりも同じミャンマー人のイェマイ&レイミーさん達が「この女の子はいつもここ(彼女専用デスク)にいるよ」と言ってくれたのが大きかったのか、ついつい「それじゃここから、自分と一緒にマハムニパゴダ&ザガイン方面にいってみましょう。それでウマが合えばガイド料付きでバガン方面に同行するということでどうですか?」とまずは様子見。彼女もそれでOKということでとりあえず落着です。

そしてこれが、オンマーさん(韓国語で「おかあさん」になってしまうので、妙な誤解を避けるために「OMさん」と表記することにします。)との最初の出会いでした。そしてこれが、この日の午後はもちろん、この数日後からずぅっと一緒に旅することになる「旅の連れ」との、おそるべき最初の出会いだったわけです。仏縁かな(笑)。

OMさんがお寺の人に許可をもらってくるまでの間、イェマイくんの案内によりお寺の小パゴダを見て回ります。各小パゴダの中にはそれぞれ有難きお経が石版に刻まれており、旧いビルマ語で書かれている部分は、「ビルマ古文」を勉強しなければ読めない部分が多いということでした。うーんそういう部分は日本と同じ?(笑)。
このあと、レーベーの荷台にもう一人紅一点のOMさんが乗り込み、合わせて4人で目指すは午前中最後の目的地、マハムニパゴダです。ここはマンダレーで一番重要なパゴダだということですが、実はこの時点でOMさんとTakemaそれぞれの思いには大きなミスマッチがあったのです。つまり、
Takema 「もう沢山お寺を回ってきたので、お釈迦様関連やお寺についての説明は適当でいいやぁ。」
OMさん 「バガンのガイドとして認められるかどうかなので、精一杯このお寺の由来とか絵とかの説明をしなきゃ。」
そう、前ページに書いた通りTakemaは「古寺巡礼系」が結構苦手だというのに、今日これまでにもすでに4寺も回ってきていました。さらに5寺目の訪問をするというのですから、正直いって「もう結構飽きてるぞぉ!モチベーション下がってるぞぉ!」というのが本心。「ささっと見て、んでもってそろそろメシにしましょ!ついでに冷たーいビールも一緒にぐびびっとね♪」系の思いがTakemaの心中67%を支配していたというところだったでしょうか。

しかしOMさんは一生懸命に、掲げられた絵の一枚一枚について完全説明モードに入ります。「えーっと、これはですね、お釈迦様が瞑想に入られた時の‥」‥あのぉ、本当に、詳しく全部説明してもらう必要はないんだけれど‥。しかし彼女のその熱心さ(説明するぞっ!)Takemaの小心さ(説明しなくていいよと言い出せないぞっ!)が不思議にマッチしてしまい(笑)、結局本堂手前のホールに掲げられた絵については、十数分かけて全て説明をしていただきました(汗)。

マハムニ仏に金箔を貼れるのは男性だけ。女性は後方で祈ってます。最初後方で祈っていたら、見知らぬオジサンに前方へ連れ出された(笑)。よってそこであらためて祈りを捧げたTakemaでした。あれってオジサンの親切心?



参道沿いのお店でまたもやタナカ原木発見。

さて、このあとはOMさんの自宅経由(荷物を置きに行くため)で昼食に向かうことに。OMさんは両親や兄弟とともに王宮の北側エリアにお住まいということで、ちょっと地元の人たちの生活ものぞかせていただけるかなというところです。

OMさんのお住まいは路地を入った途中にありましたが、その雰囲気は何だか「昔の東京の下町」そっくりという感じでした。何ていえばいいでしょうか、「向こう三軒両隣、みぃんななかよく共同体」という感じで、お隣同士、そして道行く人同士がそれぞれ一声二声を交わしながら通過していく様子は、何だかここがミャンマーであることを忘れてしまいそうな感じです。いや、むしろ現在の日本ではそんな光景をほとんど見なくなりつつあるような?

道路は雨が降ると水浸し。「市に舗装してくれるようずっと以前から頼んでいるけれど、全く聞き入れてくれない」らしいです。OMさんの家には井戸がありましたが、家の前がこうなると井戸も濁り水になってしまって困る」のだそうです。そりゃそうだよなぁ。手押しの井戸を漕いでいるのは妹さんです。
何が食べたいか?といわれたので、「何でもいいですよ」と返事したら、レイミーさんが「じゃ、中華にしましょう」ということでさっさと決定。彼はもともと中国系なんだそうですね。というわけで、少し離れた場所にあるレストランへ。ちなみに地元の人たちは外食の習慣がほとんどないそうで、なるほどそういえば軽食を売る屋台がちらほらあるのを除けば食べ物屋台やレストランは少なかったっけ。

さて、ここで思いもかけない「事件」発生。もちろんお昼ご飯はまだのはずのOMさんですが、店の前まで来たところで「あの、私はいいです。ここで待っています」と言い出したのです。お腹も減っているはずなのになぜ?と問いかけると「お客さんに男の人が多いし‥」と、ちょっと謎の返答。ただこのあたり他にお店もなかったし、「Takemaさんどうぞ、私のことは気にしないで食べてきてください、お願いします」という彼女の言葉に甘え、「どうしたんだろう、別にやましいお店でもないのに‥」と思いつつイェマイくん&レイミーさんと3人で食べることにしました。

この時、「なぜ彼女が食事をしなかったのか」という理由は全くわかりませんでした。そしてその理由は、この数日後から徐々に何となくわかってくることになるのです。‥そういうことだったのかぁ。

自分はどうせビールを飲むつもりだったので、せっかくだからとお2人にも勧めて3人で乾杯!(あ、右写真の方がドライバーのレイミーさんです=初出)。結局Takemaはここで3杯飲み干しました。ぷはぁ、ふう(大満足)。あ、ドライバーさんなのに飲んでるとか何とか、細かいことは言いっこなしね(笑)。
さて、おすすめの肉野菜炒めなどを食べてお腹もしっかりさせました。というわけで午後は郊外のアマラプラとザガインヒルに出かける予定だったんですが‥近年まれに見る大洪水は、思いもかけない試練を我々に用意してくれていたのでした!

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