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- その23 胎内めぐりのあと寝仏へ、そしてまさかの「夜の部」! -



巨大涅槃仏(寝仏)の肘のあたりに等身大の涅槃仏が置かれているのはナイス!発案した人スバラシイ!



さて立ち仏の胎内めぐり入口は案外というか相当地味でありまして、人1人幅の通路を入っていくことになります。英語表示もないしこれじゃ迷う?いやいや他に出入り口はないですし、そもそも人がひっきりなしに出入りしているので、人の流れについていけば自然にここに逢着します(笑)。

内部はそこそこ広く、まずは電飾付きの仏像さまがお出迎えしてくださいます。思うにミャンマーの方々が日本の寺院を訪問したら「地味」「神々しさ(光々しさ?)がない」などとおっしゃるのではないですかね。ちなみに電飾後光は2004当時でもあちこちで目にしましたが、これが普及する前は仏像デコレーションをどのようにおこなっていたんでしょう?なかったのかな?

ちなみにこの立ち仏レイチュンセッチャー仏内部への入場は無料だったと思います。少なくともTakemaはお金を支払った記憶がありませんし、念のため先人の記録を見ても「入場料」に関する記載はありません。しかし‥



ちなみにタウンボッデーでは料金が徴収されましたから、運営資本が違うのかな?謎です。それにしても外国人の側から「お金を取れ」って書くのはある意味変な気分だこと(笑)。

事前に&ネットで調べていた情報によると「工事中だがエレベーターが設置される予定」とか「エレベーターで上方階に上がれる」とかで、まぁネット情報よりもわれわれの訪問の方が間違いなく最新なので、この時は「よぉっしエレベーターで一気に上層階に上がる気満々!だったわけです。でもね。





どう見ても工事用エレベーターにしか見えないんですが‥と思ったあなたは大正解!2016/12現在もこれは間違いなく工事用エレベーターであり、一般人の利用は固く禁じられているというかそもそも稼働していませんでした(笑)。

結果として「エレベーター利用可」と書いていたサイト情報は「嘘」だったわけですが、たぶんそのサイト管理者さんは「そろそろ出来るはずだろうし」と予測して記載しちゃったわけでしょうし、また自分も「『設置予定』とあるから、われわれが行く頃にはもう稼働しているんじゃないかな」とかなーり期待をしちゃったわけなのですが、



自分たち(日本人)の基準というか予測で物事を判断することの危うさをあらためて知らされたわけでありました(苦笑)。と同時に、



ということで愕然と奈落に落とされた気分でもありました。ま、まだ立像の足元位置にいるだけなので落とされても2階分だけですが(笑)。なお、ホテル発行のモニワ観光パンフには「内部は31ストーリーになっており」とありますが、台座下の基礎部分(2F)を省いているようなので念のため。ちなみにそのカラー英文パンフには「It was completed in 2008」と書かれています。ということはもう工事は終わって10年近くが経ち、でもエレベーターはこの状態‥



あ、または「予定はあったんだけれど予算オーバーで断念しました」ってパターンかも(こっちの方が可能性高そう)。でもそれだと「じゃあ何で隣の座仏は絶賛工事中なんだ?」という問いかけには答えられない‥あ、答えがあった‥「予算は優先順位がありかつ単年度ごとの付与方式なので云々」。



あー、閑話休題ということにいたしましょう。とにかく上がっていくしかないのです階段で!



各階に仏教にまつわる様々な絵が飾られているのですが、下層階は基本的に「地獄」をテーマにしており、地獄をイメージした悲惨な絵がそれこそ「これでもかこれでもか!」といわんばかりに展示されています。ちなみに各階を繋ぐ階段は「必ず」各階の展示を見てから出ないと上がれないよう互い違いに設置されており、「何とまぁよけいな設計を‥」という感じです(笑)。あ、右上画像は鬼子母神でしょうかね。



しかし階を上がるにつれて、徐々に人々の幸せをテーマにした絵が増えてくると同時に仏像も置かれているようになってきました。なるほど、上層=徳を積んだ人々の行き先=西方浄土に近づくということですね。というわけでわくわくしながら「くっそー階段が急なんだよね」と思いつつ上っていくと‥





嗚呼、この時のわれわれの気持ちとしては芥川龍之介作「蜘蛛の糸」の主人公たる犍陀多の絶望に近いものがありました(左上画像、メッシュの扉が閉じられているのが見えています)。嗚呼われわれは天国たる西方浄土への門を閉ざされてしまっている救いなき衆生なのか、でもさっき「邪心なし」をあの石を以て証明したんだけれどなぁ?(笑)。

さらには、ネット先人の情報を再確認してみると「最上階まで行ったけれど展望台があるわけではなく云々(Aさん)」とか「この時は22階まで行かれました(Bさん)」とかのリアル過去情報もありました。ん?どうやら最上階まで完成しているようなのにその日によってAさんやBさんのように上層階まで、そしてわれわれのように17階の「地獄エリアをようやく抜けて少し」のところでストップをかけられたりするのはどうして?メンテナンスということはあるにしろおっかしいなぁ?

しかし、次のアナウンスに「もしかしたら?」という思いに行きあたり、さっそく急な階段を下り始めたわれわれでありました。




ミャンマー語が全く聞き取れないわれわれですが、このアナウンスの内容は想像がつきます。それは「まもなく閉館時間です。館内にいる方々は外に出てください。」というような内容ではなかったかと(繰り返し流れましたし)。

施設管理者の側からすれば、広い(高い)館内各階におけるお客の有無確認は大変です。そこで、閉館時間より前から「お客がいないことが確認できた上層階から施錠封印していく」という管理方法を採用しているのかも。この方式なら閉館時間に合わせて全てのお客を外に出せるはずです。そうだったのかな?(全然違うかも)。



こういう時にエレベーターがあればと思うわけですが、かの工事用エレベーターの乗り場は左上画像の通りおっとろしい場所にありましたっけ。しかしようやく「足元」まで下りてきて「仏像胎内に一晩封印される」ことはなくすみました(笑)。

仮に最上階まで上がったとしても展望台があるわけではないとのことですが、ここを訪れるのであれば一度は「上がれるところまで上がってみる」ことをお勧めします。階段の仮設風情と各フロア展示のギャップも、実際体験してみなければわかりません。でも自分たちはまた訪問するとしてまた上るかなぁ?うーん、たぶん「以前に比して変わっているかもしれないから」ということで上ると思います(一度も上らぬ馬鹿、二度上る馬鹿)。ま、最上階までも行ってみたいですからね(ナントカと煙)



ちなみに上画像の入場路を入った脇に掲示されているのがこの見取り図ですが、そもそも全てミャンマー語で書かれているので一切読み取り不可能、しかもこの階層図だととても31階までないのですが?(たぶん一般人が立ち入れない工事用の肩より上の階も含めているのでは?)。これはある意味イメージ図と捉えたほうがよさそうです。でもね、





外に出たあたりで記念撮影。撮影カメラが違うせいでオートでもこんなに違う絵になります(笑)。でもね、





さてこのあとは涅槃仏(寝仏)たるシュエターリャウンへ。またバイクタクシーを利用するのですが、すぐ近くなのと下りなので全然大丈夫。小排気量バイクは基本的にブレーキが効かないですからねぇ(上から目線の発言でゴメンナサイ)。



同じカメラでも時間によって全然お顔の色肌の色が違います。この日午前中のポーウィン山はグリスさんの下調べにより午前中がいい!と知ったわけですが、逆にここ市内南部の立ち仏と寝仏(レイチュンセッチャー&シュエターリャウン)の訪問は午後から夕方がお勧めです。どちらの像も(現在建築中のガンダム像も)‥



さて、でもまだ寝仏(涅槃仏)の話をしていませんでしたね。こちらの像の内部は仏教のいろいろな歴史を説明する展示館になっているそうなのですが、他サイトの説明によると、


とあるので、やっぱり寄ってみたかったなー(笑)。信仰心を昂ずるための脚色はどの宗教でも、仏教のどの宗派でもやっているはずなのでその脚色が見てみたかった!もっともこの方が無神論者であれば話は別であると同時に、「立ち仏と同じコンセプトでの説明」であるとすればもういいかな感があったりします(苦笑)。

それはともかく、こちらの寝仏は立ち仏のすぐ下に位置しています。「立ちと寝」「上と下」という姿勢&位置関係からして‥



あれ、涅槃仏の肘のあたりに何か‥あ!




(上画像マウスオンで無意味な拡大画像に変わります)

いやぁ夕陽を浴びつつ佇む立ち仏と寝仏とのコラボがすっごくイイ!(ちなみに同一人物というか存在なんですけれどね)。






このあとはブレーキ性能ゆえにゆっくり目で下るバイタクで戻ってきました。おしんこどんも余裕の動画撮影モードで到着です(でも古いカメラゆえピントがぶれまくりです。コンパクトデジカメの未来はあまり明るくなさそうなので、時期をずらしつつ古い方はそろそろ買い換えかなと)。



上の2枚は同じカメラ同じモードで画像加工せずです。日没に近い右上画像は最後の輝きを見せています。はよ帰らないと!



そんなわけで出発は右上画像の通り17時をとうに回っており、モニワ市街に近づくころにはご覧のとおり暗くなり始めており、宿に到着した時にはもう真っ暗でした。

で、いつもの流れなら「このあと夕ごはん画像を載せた上でオシマイ」という感じで1日が終わるわけですが、この日は違います!このあともう1つのビッグイベントが!



実はここモニワには私設の日本語学校があるということを旅程計画時に知り、ぜひ訪問してみたいと思っていたのです。日本人の学校訪問はWelcomeだということのようですし、連絡先のTEL番号も公開されていましたから。

しかしこの日も遊んでばかりで日中が終わり(まぁ遊びに来たんですから当然ですが)、この時点ですでに18:00を回ってしまっていたわけです。しかも翌朝の出発は早朝だし‥。

実は、「学校の資料になるかな」ということで家にあったそれ系の本を2冊ほど持参していました。これだけでもお渡ししたい‥というわけで考えた算段、それは‥



というものでした。というわけで、ホテルのレセプションで電話をお借りしてコンタクトを取ることに。ちなみに、事前にメール等でやり取りをしていたということは全然なく、まさに「いきなりの電話」でありました(突然すみません)。

「日本語学校の先生だから日本語で話せるはず」の期待通り、こちらの意図をすぐに理解してくれました。そしてここから、状況は一気に新たな方面へと進みます!経営者兼日本語教師のキンマウンさんが電話の向こうで次のようにおっしゃるではありませんか!




というわけで、急遽「夜の部」が始まることになりました(笑)。約束の時間を少し回ったところでで、キンマウンさん(以下、「先生」と記載します)がバイクで登場!こちらはネット上で先生のお顔を拝見していますのですぐにわかりましたが、先生はもちろん‥というわけで、さっそくこちらからご挨拶申し上げました。

で、いろいろとあって(プライベートにかかわることなので詳細は省略)、先生のバイクと、ホテルの従業員さんが運転するバイクのうしろにわれわれ夫婦がそれぞれ分乗して学校へと向かうことに。うーん、この日二度目のバイクだぞ!(笑)。



まずは「学校」におじゃましました(正式名称は「Heisei Japanese Language School 平成日本語学校」)。こぢんまりとしていて教室も小さいのですが、日本の「国際交流基金」にも登録認証されている正式な日本語学校です。ここに通った生徒がこれまで何人も日本に留学しているそうです。

いっぽうで、先生自身はこれまで日本に行ったことがありません。日本大使館にビザの申請はしたものの、申請が却下されてしまったそうなのです。ただし何年も前のことだそうなので、もう一度申請を出してみたらと申し上げました。国際交流基金にアポイントを取るのも重要なのかともお話ししましたっけ。



いろいろなお話を伺っているうちに、キンマウン先生が残念ながら日本未訪問であることのデメリットもみえてきたような気がしました。日本各地の地理的な位置関係をご存じないということは、日本国内各地の文化的な特徴などもみえにくいということにつながります。言語は文化の一分野であり、言語理解には文化理解が欠かせません。そして文化を理解する上で「肌で感じる」直接経験にまさるものはないと思います。たとえば「謙譲の美徳」とはどういうものかを言葉で説明することは難しいですし、それを理解するのはさらに難しいわけです。

「日本が大好きです」とおっしゃる先生にぜひ日本にお越しいただきたいものです。関係各所各位のご配慮を願う次第。あ、そういえば先生、「居酒屋とかスナックとかにも行ってみたい」とおっしゃっていたっけ(笑)。「そういう方面」についてはわたしも多少詳しいかも(スナックはほとんど知らないけれど)。

ちなみに先生はずいぶん以前から「日本人の先生スタッフがほしい」と考えておられるようです。私もしっかり勧誘されました(笑)。ミャンマーでの就労ビザの関係もあり話はそう簡単ではないでしょうが、いわゆるリタイア世代の方で「行ってもいいな」と思う人はいないでしょうかね。給料は決して高くないはずですが、そういう方なら金額云々ではないでしょうし、それに「現地にどっぷり浸かるチャンス」ですよ!(勧誘)。

あ、もう1つ思いつきました!たとえば沈没気味の長期旅行者に「宿メシ無料で何日間か臨時講師しませんか?」というのはどうでしょう?タイとは比べものにならないでしょうが、ミャンマーにも「特に計画を立てずのんびり旅行している」バックパッカーはおそらくいるはず。その人たちにここモニワに滞在してもらい、「日本語ネイティブスピーカー」として実践的に話してもらう(生徒と会話してもらう)だけでも、生徒側のスキルおよび満足度は高まると思うのです。

それに、この方式はいわゆるWork Exchangeであり先生が給料を支払うわけでもないので観光ビザでもまったく問題ないはずです。うん、このアイデアを先生に進言しよう!(このページの該当部分は印刷して郵送します)。ただ、問題は先生の側にネット環境がなさそうなので、ネット経由でのアピールができないということ‥。

というわけで今後ミャンマーを旅行する予定の皆さん、是非モニワ(モンユワ)に行ったら先生にコンタクトを!(わたしだって事前の連絡なしにいきなりお会いしたわけですし)。住所と電話番号については右上画像にも出ていますが、コピペできるようにテキストを含めて以下にも記載しておきます。もちろんこの電話番号等の情報は公開の許可を得ています。




(以下は学校の住所です。でも電話番号は同じですので不要かも)

Mr. Khin Maung San
(School Master of Heisei Japanese Language School)

At the corner of Bogyoke street and Htinn Shew street,
Myothit, Monywa, MYANMAR

Phone 09-400468979

暗かったので学校の画像を撮りませんでしたが、道路に面した教室は10人で満員というほどの大きさ。先生と生徒の距離はとてつもなく近いです。

それにしても、「日本に行ったことがあるわけでもない先生が、独学で日本語を勉強して学校を始めた」というのはすごい話です。本当に本当に、先生には日本を訪問していただきたいものです‥。

で、このあとは夕ごはん。再びバイクで移動しますが、「もう21:00を回っているしこの時間に食べられるお店があるのかな?」と思いきや‥



とても立派なレストランがありました!「Chindwin River Restaurant」、お店の看板にはキリンビールのマークと「KIRIN ICHIBAN」の文字や一番搾りの写真などが掲示されていておりました。確かにミャンマービール(ミャンマーブルワリー)は2015年にキリンホールディングスの傘下に入った企業ですからね(ちなみに2017/2、キリンはマンダレービールの会社買収計画を発表しています。これが実現するとミャンマーにおけるキリンビール系のシェアは驚くことに9割に達するのだとか)。でも「一番搾り」そのものを売り込んでいるわけでもないと思うんだけれどなぁ?何だか不思議です。

先生はこのお店の常連らしくお店の人とワイワイ‥聞けば、このレストラン経営者は先生の友達なんだということで納得です。そんなわけで‥かんぱーい!



ほんの数時間前には、まさかこのような展開が待っているとは思いもしませんでした(笑)。

ちなみにこちらでいただいた料理が美味しかった!右上画像はアヒル料理で、びっくりしたことに頭の部分までしっかり皿に載っていました(右上画像マウスオン)。脳にあたる部位までしっかり味わっていただきましたよ。その他にも山羊肉焼きが出てきたり、ミャンマービールはどんどんいただいちゃったし‥幸せでした。

ここでおしんこどんが先生に質問。「どうして日本語を勉強しようと思ったんですか?」(いい質問です)。そのお答えは‥



うわぁ、そんな「直感」がきっかけとなっていたとは!何が人生の羅針盤になるかは本当にわからないものです!

ちなみに先生のお兄さんはアメリカに渡りコンピューター関係の仕事をなさっているということでなかなかインターナショナル、今は亡くなられたご両親も、かつてお兄さんが呼び寄せてアメリカに住んでいた時期があるのだとか

あまり勝手に書くとプライバシーの侵害になってしまうのでご兄弟のことはこれ以上書きませんが、先生も自動車部品関係の収入があり、お金の面で困るようなことはないそうです。兄弟みんなうまくいっているんですね。

ところで先生の全く別の一面を伺いました。「毎日、野良犬たちに餌をやっています。ご飯に鳥の内臓を混ぜたものです。天気に関係なく毎日です」。費用は完全に自己負担のボランティアで、以前ミャンマーのTV番組に取り上げられたこともあるのだとか。日々の功徳を積むことが重視されるミャンマーですが、TVに出たということはそれだけその篤志が(ミャンマーにおいてさえも)奇特だということでしょう。持ち出しの費用を聞いてびっくりしたくらいですから。



ごちそうさまというタイミングで記念写真。ちなみに食事代は払わせてもらえませんでした‥。しかもこのあと、宿まで再び送ってもらうことになります(Takemaはホテルのドアボーイくんバイクに同乗=往路と一緒)。



そんなこんなで、ホテルに戻ってきたのはもう23:00をとうに過ぎておりました。



というわけで、まさかまさかの「夜の部」でありました。本当に、いつの日か「念願の日本訪問」が実現することをお祈りしております!

さてこの翌日は朝一番で出発し、ミャンマー出国です!旅も大詰め‥。


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