− その5 三宅島到着後、とりあえず島めぐりの様子見 −



おしんこどん、風の力で三宅島の空に飛んでいこうとしております(笑)。




さて三宅島の東側、三池港に着岸です。前のページでも書きましたが、われわれの乗船券はひとつ手前の御蔵島までのものですが、御蔵島に着岸できなかった今回のような場合は追加料金なしで三宅島での下船が可能です。もっといえば、もし万が一三宅島でも寄港できなかった場合は東京(竹芝)まででも同一料金となるそうです(八丈島の乗船券販売窓口で聞いた話ですから間違いないはず)。

まぁ三宅島は港が何か所かありますから風に合わせて風下の港を選べるので着岸率はぐっと高いはずです。海の状況によっては、竹芝から来た船が御蔵島はおろか八丈島にさえ向かわず三宅島で折り返してしまうこともあるようですから‥。



というわけで堂々とこのチケットで下船です。三宅島で降りたのは10人ほどだったでしょうか。釣り客というよりも仕事関係の方がほとんどだったような気がします。

駐車場には予約をしておいた宿の車が待っていてくれました。しかしここで疑問に思いませんか?だってもともとこの日の予定は御蔵島泊だったはずなのに、何で三宅島のお宿車が港で待ってくれていたのでしょう?いやその点Takemaに抜かりはありません。以下しばらく前の予約時のTakema発言内容です。



見よ、この「可能性のほぼ全てまで網羅した宿泊パターン」に基づいた予約願い!(笑)。もっとも、三宅島に限らず伊豆諸島のお宿にとっては「船が着かないことによる予約キャンセル」など慣れっこのことでしょう。オフシーズンということもあり、上記のリクエストに対するお答えは「どのパターンでも大丈夫です。船の発着岸についてはこちらも確認していますが、三宅島にお越しになる際に念のためご連絡下さい」ということでした。

そんなわけで「本船は御蔵島着岸を断念」アナウンスの直後、上記のお宿「民宿 夕景」に「本日(23日)の船で行きまーす!」と電話連絡をしておいたというわけです。3月末の伊豆諸島はまだ冬の延長で海が荒れますから、この時期に島を目指す方はあまりタイトな日程で訪問しようとするととんでもないことになりかねませんのでご注意を(老婆心)。



三池港から、ご主人の運転する車でお宿のある阿古地区へと向かいます。車内では、「本土への航空便運航会社がANKから新中央航空に変わったら就航率がとてつもなく上がった」ということ、また内容的にはここには書きにくいんですが「観光をめぐる島の現状 compared with 八丈島」ほかを熱く(でも時には自嘲的に)語って下さいました。ご主人はまだお若い方でしたので、「島のことを真剣に考え、少しでも前に進んでいきたいと考えておられるんだろうなぁ」と推察申し上げた次第です。

そんなお話をヘーヘーホーホーと伺っているうちにお宿到着。



数ある三宅島の宿の中で、どうしてこちらの「夕景」さんを選んだのかといえば、決め手はこの広いくつろぎ用テラスと広がりのある前庭でした。「これなら宿にいるときものんびりできそう&喫煙もこのテラスで天気に限らず余裕だ!」というわけです(笑)。

さてお宿到着直前にご主人が宿のすぐ上の食堂を指さして「ここのお勧めは『はんばチャーハン』ですね」とおっしゃっていたわけですが、部屋に入ってふと気づけばまだお昼ごはんを食べてない!時はすでに14:00ちょっと前、営業時間は何時まで?

というわけでお宿の奥さまに聞きにいってみると‥



うわー助かったぁすべり込みセーフ!ここ阿古地区は島の大きな集落ではありますが(2000年6月の噴火&溶岩流に集落の多くが呑み込まれる以前はもっと大きな集落であったはずですが)、お昼時を逃すとランチ難民必須でしょうからこれはラッキー!すでにお腹と背中がくっつくぞ系の状態でしたからアブナイところでした(もっとも、こんな時間に食べてしまうと夕食絡みに支障をきたすということもあるのですが)。そんなわけで、「基本ラーメン屋さんなのに妙に南国的なお名前」のこちらのお店「ココナッツガーデン」へ。



こちらのお店ですが、なかなか面白い造りです。何が面白いって、厨房棟と客席棟(右上画像)とがそれぞれ独立しており、調理された料理は店員さんが一度屋外に出た上で客席に配膳するというわけです。

建物の距離こそ10mあるかないかではありますが、これって雨の日だったら店員さんは傘を差すわけでもなく「ダッシュで移動」ということになるのでしょうか(たぶんそうなのでしょう)。で、また客席棟内部がいい味を出してます(笑)。



プラ椅子&シンプルな造りの室内で「これはこれでアリ」系の雰囲気です(まぁ好みに個人差はありそうですが)。島らしいというか「味で勝負するからね」的経営者の思いの具現化というか。とにかく自分としては第一印象バッチグー的に気に入りました(右上画像マウスオンで「厨房棟との微妙な屋外距離」画像に変わります)。

「夕景」のご主人お勧めの通り、まずは「はんばチャーハンセット(with ラーメン)」、そしてもう1品は何にしようか迷いましたが「肉と卵ときくらげセット(定食)」を注文しました。



はんばチャーハンの「はんば」とは、海岸の岩場で育つ「ハバ海苔」のこと。冬から春先にかけてが収穫期で、まさにこの時期三宅島の旬の食材というわけです。そこそこの歯ごたえと磯の香りがあって美味しいです。

そして定食のほうなのですが、「とにかくきくらげの量がとてつもない!」(笑)。左上画像を見ていただくだけでもその量はおわかりかと。キクラゲの中華料理界における普通の存在感といえば「炒め物のところどころに見え隠れ」しているレベルでしょうが、こちらのお店は違った!(大笑)。



いやぁ何だか「キクラゲ食べた感120%レベル」のバリバリランチでありました(笑)。ラーメンは昔懐かし系の味わいでこれまた悪くありません。そんなわけでお昼ごはん終了ですが、すでに14:00を余裕で回っていますし、夕ごはんまでに少しでも減らしておかないと危険な気がします(笑)。そんなわけでこのあとは宿の車をお借りして(予約時に承認済みです)、三宅島の北部界隈をぐるりと回ってみることにしました。

まずは阿古地区の海岸沿いへ。し、し、しかぁーし!





いやホントに画像だけではその臨場感は伝えられません(というわけで後ほど動画にて)。ただ、海岸からかなり上部にいるにもかかわらず、ほぼ常時波の飛沫が飛んできます。特に左のメガネ岩画像などは、レンズにかなりの飛沫が付着していることがわかります。これでも常時レンズを拭きながらの撮影だったんです(もっともメガネ岩のあたりは飛沫の襲来にムラがあったんですが)。



車の中で待機していてもかなり揺れます。少し場所を移動して、飛沫が飛んでこないあたりで海の様子を見てみると‥







さてこのあと伊ヶ谷地区まで北上したところに郵便局を見つけましたので、ATMでお金を下ろした上で家計口座に入金というとっても現実的な行為を遂行し、続いてはまたも島の北西部に位置する伊豆岬へ。

オフシーズン、平日の午後、しかも強風吹き荒れる中わざわざ物見遊山にやってくる人はほぼ皆無。ここは飛沫こそ上がってきませんが当然のごとく吹きっさらしの強風地帯、となればわれわれがやることといえば‥




(自分でも何のこっちゃわかりませんがさりげなくスルーでお願いいたします)



ここにはベンチがあるので、左上画像おしんこどんのようにベンチに身体をあずけると、風圧ゆえにものすごくベンチと一体化できます(笑)。

で、この伊豆岬灯台なのですがその歴史は古く、現在の石造り灯台が築造されたのは何と1909(明治42)年なのだそうで、もちろんその後照明設備や内部は改修されているようですが基本的に躯体そのものは当時のものをそのまま使用しているようです。って、何だかすごくないですか?

石造りの建物が長く保つのはヨーロッパの古い街並みを思えばすぐにわかることではあります。100-150年以上の民家はザラです。ただしこの灯台は日々海風、特に冬季にはおそらくほぼ常時「西のてっぱつ」+潮水にさらされてきたはず。それでも今なおごく当たり前に日々海路安全の役に立っているという‥。何だかすごすぎる。

この日この時のわれわれは普通に歩くのもちょっと大変なほどの強風でした。とはいえ滞在時間はせいぜい15分くらいで逃げ去ったわけです(笑)。でもこの灯台はこの地ですでに100年以上どっしりと踏ん張っているわけですから。

というわけで、阿古地区の海岸、伊豆岬、そして再び阿古の眼鏡岩界隈をつないだ動画をご覧下さいませ。風切り音が途切れません。


ちなみに潮まみれになるのは当然ながらカメラのレンズだけではなく、車だってそうです。宿の車をお借りしたときに、失礼ながら「窓ガラスが汚いなぁ」というのが第一印象だったわけですが、この界隈に行ってみたら潮の飛沫でさらにとてつもなく悲惨なことになりました。

この翌日、島の東側でお昼ごはんを食べたお店では「冬から春、西側の集落から来た車はすぐわかるんですよ、だって窓ガラスが乾いた塩だらけですから」と伺いましたがまさにそのとぉーり!海岸沿いの都道を走っているだけで塩まみれ、恐るべし「てっぱつ」!離島では車の寿命が短いという理由もわかりますよね。



さてこのあとは三宅島焼酎「雄山一」の蔵元直売所へ。かつて島の主な集落には合わせて5つの酒造会社があったそうですが、後継者不足や2000年の噴火に伴う全島避難(2005年避難解除)などの関係で、現在「島酒」を作っているのはこちらの蔵だけになってしまったそうです。

こちらの直売所(醸造場も併設なのかな?)ではお酒はもちろんですが、室内で寛げるような椅子やテーブルもあり、コーヒーの注文などもできるようです。この時はまだお腹が張っていたので頼みませんでしたが、当然焼酎は買いました(笑)。

このあとは島の東側にある三七山へ。その名の通り昭和37年の噴火活動によってできた山です。



最初は眼下に見えている火口丘が三七山だと思っていたのですが、左上画像標識の通り、今は駐車スペースとして整備されているこの展望台の場所こそが三七山でした(見えていたのは昭和15年噴火でできたひょうたん山)。

このあたりは三原山の八合目付近を頂点にした割れ目噴火?により地形が大きく変わったそうで、昔の都道はこのあたりをほぼ直進していたようですが、現在の都道はこの付近だけまるで山岳道路のようにワインディングして三七山を乗り越えていきます(右上画像マウスオンで出てくる画像に都道の一部が見えています)。なお三七山関係の火山活動については気象庁のこのページが詳しいです。

さて本日のお出かけはここまでとして、来た道を戻ることにいたしましょう。島には明日もう1泊しますし、明後日の午前中もうろうろするつもりなので今日はおまけみたいなもの。初日からあまりがっつくとろくなことはありませんからね。

で、戻る途中で牛乳せんべいのお店発見。実は往路でもチェックはしていたのですが、まだ営業しているようだったので立ち寄ることに。



そんなわけで立ち寄りました岡太楼本舗。製造直売のお店ですが、さすがに16:30近くゆえこの日の製造は終了していました。ただ、三宅島には「わかりやすいおみやげ屋がほとんどない」ので(阿古地区とか三池港周辺にその手の看板はありましたがいずれも閉まっていました=オフシーズンだからかも知れませんが)、「買えるところで買っとけ」という消費行動が正解です(笑)。

試食品を食べてからの購入としましたが、味に敏感なおしんこどんによると(Takemaは鈍感というよりあまり気にしないんです)「これまで食べた牛乳せんべいの中で、新島のも美味しかったけれどここのも美味しい!」ということでした。うん、寄ってヨカッタなと。



なお、お店の右側にはご覧のように「3頭の牛」がおります(笑)。立っている2頭はおそらく強化プラ製なので乗ってはいけません。座っている牛限定です=モルタル製?(右上画像マウスオン)。

なお2000年の噴火が起こるまで、三宅島の中腹には広大な牧場が広がっており多くの牛や豚が飼育されていたようですが、現在おそらく島内にはそのどちらの施設も閉鎖されています(もともと三宅島で飼われていた牛の多くは肉用牛だったようですが)。今後島の畜産業復活はあるのでしょうか?

それと、伊豆諸島のいくつかの島で売られている牛乳せんべいですが、なぜこれがそれぞれの島に広まったのかについても知りたいですね。スタートは伊豆大島のようですが、例えば式根島のように「酪農が盛ん」だったとは思えない島にも牛乳せんべいが存在するのはなぜなのでしょう?



とまぁそんな疑問を抱きつつもお宿に戻ってきました。館内はご覧のとおり整然としておりきれいですが、これも全島避難解除後にリフォームして現在の姿にまで「復興」したのだそうで、実はこの時も本来の食堂部分は工事中、日中は職人さんが出入りしていました。

ちなみにこちらのお宿は自前の船を持っているようで(右上画像マウスオン)、釣り客の利用も多い(というかそちらがメイン)のでしょう。庭の奥には釣り関係の流しなども完備されています。ただしこの日の泊まりはわれわれだけ、さすがオフシーズン!(笑)。

あとで聞いた話ですが、2005年の避難指示解除後島に戻って来た人は家屋(木造)の荒れ方に愕然としたそうです。ネズミやイタチなど小動物による被害はもちろんのこと、雨漏りや家の床からタケノコが生え出ていたりなど家の中は荒れ放題。それを「もう一度やり直す」覚悟のもとここまで復興させた島の人々の努力には敬服するばかりです。

もっとも、ここ三宅島が「東京都」であったことも三宅島復興のためには幸いだったといえなくもありません。災害復興のためには莫大な費用が必要であり、その初期には国による資金拠出もありますが、その後は地域による費用拠出に移管されます。その意味で三宅島が地方公共団体最大の潤沢な資金力を持つ東京都に属していたことは大きな意味を持ちます。そしてそれは残念ながら真逆の意味で、「東日本大震災の被災地自治体」にもいえることです。

さて、紛れもない火山島である三宅島ですが、実は現在のところ温泉に恵まれているわけではありません。1982年の噴火で旧阿古地区が溶岩に呑み込まれてしまう前の画像には「観光と漁業で賑わった阿古温泉郷」というタイトルが付けられていましたから、かつては複数の温泉施設や旅館などがあったと思われますが‥現在島内の温泉施設は村営の「ふるさとの湯」ただ一箇所のみ。

ただし湯使いは悪くないということでもちろん入浴する気満々だったわけなのですが、この旅行の数日前、三宅島観光協会のサイトを何気なく見ていてびっくり!「ふるさとの湯」の説明の最後に小さな小さな字で‥



よりによってこの工事日程、わたくしTakemaがこの旅行のために最大限休める最終日たる3/27まで工事ですとっ!嗚呼、て、天はわれわれを見放したっ!(by 映画「八甲田山」の名セリフですな)。ちなみにこの日は3/23でしたからまだ工事バリバリのはず。それでもと思って宿に到着後奥さんに確認してみたんですが、やっぱりまだ再開したという話は聞いていないそうでした。はぁ、御蔵島だけじゃなくて三宅島にも「宿題」が残っちゃうのかぁ‥(謎笑)。



そんなわけでお宿のお風呂で汗を流し、湯上がりに夕ごはん。うん、こちらのお宿のごはんも手作り系で美味しい!(自分たちにはちょっと量が多すぎましたがそれはまぁしゃーない)。

このページ、三宅島に到着してわずか5時間くらいの出来事を綴っただけなんですが、気がつけば丸々1ページになっちゃいましたね。さて翌日は本格的な島めぐりです(笑)。

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