【2016/3 南相馬〜釜石+栗駒・東鳴子】

− その11 大船渡から恋し浜経由で釜石ランチ&ご当地カップ麺 −



GoGoさんてつ南リアス線!いわゆる「秘境駅」の恋し浜駅を上から眺めます。

さて大船渡からはさらに北上するわけですが、そのままR45を北上するのも芸がないので、海沿いの県道9号を進むことにしました。この道は初めて通る道ですが、結構「酷道」なんだろうなぁと思われます。



というわけで大船渡湾沿いに進みます。このあたりは震災以前の市内中心地域だったろうと思いますが、今ようやく施設の再建が本格化したばかりのように見えます。どうやら盛り土によるかさ上げはせずこのまま漁業ほかの施設を建てるようです。高台が近いですからいざという時はすぐに逃げられると考えてのことでしょう。

コンビニがあったので、被災地支援も兼ねてタバコを1カートン購入。あれ、そういえば以前大船渡に来た時も同じパターンだったような?(その時の様子はこちら)。



橋を渡るとセメント工場。県道の上をいくつものラインが横切っており、何だか社会科見学に来た気分にさせられます(笑)。もっともそこを過ぎれば住宅街、最初は津波被害を受けた地域ゆえ家もまばらですが、高台に進んでいくと震災の影響は全く見られなくなります(もちろん影響は少なからずあったはずですが)。おっと、対岸に大船渡温泉の建物が見えた!(右上画像マウスオン)。このあとしばらくは里山風情の道を進みます。



やがてあたりが開け住宅が立ち並ぶようになったあたりで綾里(りょうり)駅に到着。簡易委託駅のため窓口には係員さんが。駅舎内はミニ商店となっていました。こちらでトイレをお借りした上で出発‥ん?駅舎の隣に何かある?(右上画像マウスオン)。

「大権現神輿」とありますが、これが神輿?でもどうやって担ぐんだろう、相当重いだろうにということでちょっと動画を検索してみたら、予想外の舞いパワー&動きにびっくりしました!



(30秒あたりからいきなり元気に動き出します)

まさか「人力によらずパワーショベルで舞を披露」するとはとてつもなく斬新です!これ、イイネ!まぁもっともこの日は静かにお休みのようでしたので、さらに先に進みましょう。綾里からは山道もかなり険しく道も細くなります。まぁ交通量も極少なのですが‥。



名無し?の峠からは小石浜の港がよく見えました。そこから下ることしばし、ん?駅が見えるし列車もいる!というわけで車を止めてささっと撮影。うーんマンダム、じゃなかったタイミングぴったしカンカン!(どっちも古すぎネタ)。

このあと駅に立ち寄ってみましたというか、実はこの日とりあえずの行き先をこの駅にしていたのでまずは目的地到着というところです。



階段を上がっていくと「恋し浜」駅のホームです。もともとの地名は小石浜ですが、せっかくなのでメルヘンチックなネームに変えてみましたというところでしょう。で、無人駅なのですが待合室を見てびっくり。





地元産のホタテ貝を使った恋愛成就ほかの絵馬奉納所となってました!うわー何だかとんでもないことに!いや、これもまた地域振興のために打ち出されたアイデアなのですから「やるなー」というところ。少なくともこれだけの人々(恐らくほとんどの人が地元外の人)がこの地を訪れたというのは間違いないわけですから。ホーム階段下には喫茶店がありましたが(右上画像マウスオン)、たぶんこの地域やお店&さんてつのタイアップ企画なのでしょう。

しかしこの企画、この待合室だけにとどまることなくさらに拡大しつつあるようなのです!それは‥



何と!高台にあるホームゆえ約50段くらいの階段を上らねばならなかったのを一気にバリアフリー化!長大なスロープが新設されているわけですが、その通路沿いにずらりと吊され始めたホタテ絵馬!まだ数は少ないですが、やがてはとんでもない光景になっちゃうんじゃないかと思われます!(笑)。ちなみにこのスロープ通路建設にもかのクウェート国の援助があったようです(右上画像マウスオン)。三鉄沿線にお住まいの方々にとって、クウェートという国はものすごく身近な存在になっているのではないでしょうか。



それにしてもこだわってますね。鐘まであります。



さてこのあと、R45と合流する三陸駅近くのGSで給油を終え、続いては吉浜地区へ。急な斜面に家々がひしめくように立ち並ぶ中を港へと下りていきますが、これがまさに「奇跡の吉浜地区」なのです。



過去何度も津波の襲来を受けた三陸沿岸にあって、ここ吉浜では第二次世界大戦前に全戸が高台に移転し、かつて集落だった場所を水田にしたそうです。そして「日々の便利」よりも「いざという時の安全」を優先した結果、今回の大津波による被害は行方不明者が1名のみ。そのことによりここ吉浜は「奇跡の集落」として報道されることとなりました。

上画像の港周辺はもともと平地がほとんどない場所ですが、町の中心部海側の平地は今も田んぼのまま。高台移転自体は戦前の話ですが、その後80年もの間に「その決めごとがなし崩しにされず守られ続けた」というのがすごいことだと思います。

今回の被災を受けて多くの地域で高台移転が進み始めています。今後50年、100年が過ぎようともこの流れを元に戻してはいけません。津波到達地点沿いに桜を植えるというプロジェクトも始められていますし、とにかく何らかの形で後世に伝えていこうとする営みには大いに賛成です。



さてこのあとは一気に釜石‥なのですが、せっかくだからお勉強もしていこうということで市内手前の高台にある「鉄の歴史館」というところに立ち寄ってみました。平日の昼間ですから駐車場もガラガラでほかのお客さんはほとんどいないようです。そしてそのすぐ上には仮設住宅が。

釜石市の復興公営住宅の完成率は35.2%にとどまっているようで(2016/2現在)、釜石市のウェブサイトをみると、2017年度末段階においても仮設住宅が完全にゼロになるかどうかは何だか微妙であるようにも思えます。何とか一刻も早くとは思うのですが‥。



展示物についてはまぁいろいろとありますが、ネタばらしをしちゃうのも何なのでここでは触れません。でも階上にある展望台の景色が滅法よかったことだけは確かです。



何たって、釜石大観音の後ろ姿越しに釜石湾を一望できますから!

さてこのあとは市内に入ってお昼ごはんといきますか!



釜石高校、この日が試合でして無事勝利をおさめました!

さて市内へと入っていきますが、場所によっては標高があまり高くもない場所に建物が再建され始めています。吉浜のことを思うと何だか複雑な気もします。

というわけで、やってきました青葉公園復興商店街!



地域の中核市ですから食べる場所には事欠きませんが、市内に入る前に「釜石 ランチ 洋食」だったか何かで検索したらこちらの「洋食 あべ」さんがヒットしたというわけです。うん、それではお店に入ってみましょう!



おしんこどんはフライもの、Takemaはしょうが焼きのそれぞれ定食を注文。いつもの通りオーダー時に「ごはん少なめで」とお願いしているので、明らかにごはんの量が違いますね(笑)。

「寿」とケチャップでマーキングされたオムライス、実はこれ、別のお客さんがオーダーなさった品を撮らせてもらったものです。しばし歓談させていただき、この写真を撮ったあと「これだとちょっと食べ過ぎちゃうから」というわけでお裾分けまでいただいちゃいました。ごはんを減らしておいて正解でしたね(普通に食べられないことはないんですが極端に眠くなっちゃうんです)。



というわけでごちそうさま&ありがとうございました。ところで市内のあちこちに釜石高校の看板や幟が掲げられていましたが、右上画像は仕事が早いですね、すでに「祝勝利 一回戦突破」の掲示に差し替えられておりました!

さてここからは一路内陸へと方向転換です。釜石市内のR283は信号も交通量も多く、仙人峠道路のバイパス分岐までは思いの外時間がかかりました。で、分岐点にあった道の駅でちょっとトイレ休憩。ついでに売店をのぞいてみると‥



明星食品製の「新華園本店 釜石ラーメン」というカップ麺が売られておりました。何だかちょっと心惹かれ、とりあえずは2個だけ購入したわけです。

で、その後日談。家に帰り、数日後におしんこどんが1個たべたところでいわく、



ま、それならネットで注文しようというわけで検索を掛けてみましたが、○masonも楽○もその他有名通販サイトでは「全部品切れ」。どうやらすでに製造が終了しているようです。「あちゃまー、やっぱり無理か‥」と思いながらさらに食い下がってみると‥



というわけで即注文、もちろん「箱買い」です!(笑)。注文時によくよく調べてみると、Takemaが注文を入れた先は釜石駅前の某商業ビルの中にあるお店でした。やはり「地元のものは地元で買うのが一番確実」というわけでした。

さてこのあとはいよいよ一気に内陸へと進みます。

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