その5 下諏訪温泉鉄鉱泉本館で湯ったり



引き戸が曲線のアーチ型!割烹旅館時代の「粋」が随所に見られます。

(2022年3月21日-23日 その5)

下社秋宮から車を走らせることほんの1-2分、この日のお宿である「鉄鉱泉本館」へと到着です。



こちらのお宿、このお出かけ当初に宿泊候補として考えてはいたのですが途中別の宿泊地を考慮したため一旦候補から外したものの、再び「やっぱり下諏訪泊まりかな」と思い直したところでSNSに「下諏訪泊まりかな」とツイートしたところ、フォロワーの方から「それなら鉄鉱泉本館などはどうですか?」と返信をいただき、「やっぱりそうだよな」というわけで予約を入れていたのでありました。



エントランスからして重厚な感じです。脇のベンチで煙草が吸えます(重宝しました)。そしてこの玄関上部、2Fの外壁にはお洒落な飾り字による銘板が掲げられておりました(1つ上の画像で位置を確認できます)。こりゃ、普通のお宿とはちょっと違うぞ。

そのことは、玄関から中に入ったところでも実感できます。これですからね。





旧中山道沿いの温泉付き宿場ということもありかつては大層賑わったようで、割烹旅館として大正時代に建てられた当時の趣を今に残しています。こんな宿に泊めさせてもらうのは畏れ多いような‥(ただし宿泊料金は案外高くありません。われわれは某宿泊予約サイトのポイントを併用したのでだいたい「諭吉+2枚」でした)。



お部屋は「駒の間」で、手前の小部屋と合わせて二間という造りです(トイレ付き)。布団はすでに敷かれておりよしよし。で、よくよく見ると、障子窓の意匠などにもすでにこだわりがあるのがおわかりでしょうか(右上画像マウスオーバーで拡大画像に変わります)。

ちょっとした細工に見えますが、もちろん特注でしょうしこの(機械化が進んだ)令和の世にオーダーしたら(規格外品だけに)かなり高額になると思われます。というか、館内の建具には「もし壊れてしまったら作り直せなさそう」な部材もありました(このページトップのアーチ型引き戸などはまさにその典型かと思います)。



さてお宿のお隣には地元民御用達の「旦過(たんが)の湯」共同浴場があります。普段なら間違いなく一目散に浸かりに行くところですが、実は今回は入りませんでした(未湯なのに)。

雪は夕方には止みましたが寒かったこともあってか駐車場は常に満杯で路上で待機する車両もそこそこでしたし、徒歩での湯浴み客も多かったことから、「いかにかけ流し湯ではあっても湯汚れは避けられそうにないなぁ、それなら同じ旦過源泉を利用しているわが宿の湯(日帰り入浴は休止中、たぶんこの日の宿泊客は3組5人のみ)をタンノーした方がいいだろう」と考えたわけです。

ま、宿の湯は適温に調整しているのに対して共同湯のほうはそこそこ凶暴な湯温浴槽(46-47度)もあるそうなのですが、その湯温なら自分も何とか浸かれるはずですし、まぁ今後おいおいでいいかなと考えた次第です。今となっては「やっぱり入っておけばよかったか?」とも思ったりしてますが(苦笑)。



この営業時間、青森の津軽地方に通じるものを感じます。

このあとは旧中山道を少しお散歩してみることに。それにしても旧中山道って、甲府から木曽にかけてはかなり昔の宿場風情が残っている気がします(とはいえ先ほどまでの木曽エリアは全部ぶっちぎってきたわけですが)。早い時期に国道をバイパスで整備したことで、結果的に旧道及び家並みが残されたということなんでしょうね。

それらの地域はバイパス開通後しばらくは「発展から取り残された旧街道」という位置づけをなされたかもしれません。しかしそのことが今や妻籠や馬籠、奈良井などの観光化に繋がっているのも事実です。

また下諏訪界隈からは甲州街道が関東方面へと続いており、諏訪&茅野という市街地はともかく、富士見の峠越え後韮崎に下りていく旧道沿いにはやはり古い街道の町並みが残されています(保存地区というわけでもない場合かなり新築家屋に入れ替わってもいますが)。もう少し観光アピールすればなとも思うのですが。

話がそれました。お宿界隈のお散歩に戻りましょう。下社秋宮までは歩いても10分くらいですがその手前まで(今考えれば反対側の春宮にも行っておくんだった!)。



随所にお湯が。そして閉じていたとはいえここはかつての「本陣」!



問屋場の跡地には綿の湯源泉がチョロチョロと流されていましたが、この造りからすると、本当はもっと勢いよく出ているんじゃないかな?それと、この勢いでも隣接する建屋の板壁が濡れている状態ですから、このままだと木部がものすごく早く傷んでしまいそう(左上画像を見るに他の板壁と比べて色褪せ方が全然違います)。養生したほうがいいように思うのですが(余計なお世話)。

なお、石に刻まれた「綿の湯」の文字は永六輔さんの揮毫によるものだとか。ここ下諏訪温泉みなとやさんの常連さんだったようですね。

大規模に開発が進んだ上諏訪温泉に比べて、下諏訪温泉は昔から続く伝統的な宿が多いです。なぜでしょうね。新たに開発できるスペースがなかったからかも?



さてお散歩中、どこからか「ピーヒョロロー♪」と聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきました。トビです。どこにいるんだろうと思って探してみたら、高い木のてっぺん近くで鳴いておりました。寒い日だったとはいえ何だか春の長閑さを感じたとかそうでもなかったとか。

さてそれではお宿に戻りお風呂です!この日女性客はおしんこどんのみということで「女湯は常時貸し切り」ということでしたが、実は男湯も、滞在中他のお客さんとバッティングすることは一度もありませんでした。



われわれの部屋は男湯から一番近い部屋でしたので自分としては実に便利でした。右上画像には「旦過源泉と綿の湯源泉の混合泉」とありますが、別の温泉分析書によると「旦過一号泉と旦過二号泉の混合泉」とありました。歴史のある?綿の湯源泉が一号泉なのかなと思っていましたが、聞くと綿の湯は二号泉なのだそうです。

いずれにせよ「熱め」ということで、あつ湯好きのおしんこどんも満足かな?と思いましたが、あとで宿の人に「女湯、もう少し熱めでも大丈夫ですので」と頼んでおりました(笑)。リクエストは叶えられたそうでよかったヨカッタ。





5-6人くらいなら余裕で入れそうな中規模の浴槽に湯が注がれておりました。湯温はといえば‥



まずは湯口でチェック。うん、そこそこ高いのですが‥



お湯の落ち口付近の浴槽内で44.5度、湯尻では43.7度と、まぁ常識的な温度でありました。なお入浴前の表面温度計測でしたので、入浴により湯がかき混ぜられるとさらに無難な温度になりました。物足りない?(笑)。ま、わたしは「あつ湯至上主義者」ではありませんのでこれで構いません。

お湯はナトリウム・カルシウム一硫酸塩・塩化物泉で、確かにぴりっとしたすっきり泉質。こんなお湯に毎日入れる地元の人がうらやましい!あとで聞いた話によると、現在でも自宅にお風呂がない家も多いのだとか。旦過湯の入浴料は240円と安く抑えられていますからね。



事前に「旦過湯と鉄鉱泉本館の湯は同じ源泉を使用している」ということを聞いてはいたのですが、旦過湯の公式サイトにも「第一源湯60L、第二源湯380L」と書かれており、これは鉄鉱泉本館と同じ記載です。違うのは「加水の度合い」ということでしょうか(やや凶暴な旦過湯と、旅行者向けによりマイルドな鉄鉱泉本館)。もしかして、源泉湯口から一旦ミニ湯溜めに注がれたところで加水が行われていたのかも知れません。



左上画像は女湯です。こちらはタイル貼りなんですね。

さて、脱衣場には宿名の由来となった「鉄鉱泉」ボトルが置かれており、お客は自由に飲むことができます。しかしこの源泉はこちらの宿の湯ではありません。実は3kmほど離れた場所にある、「毒沢温泉」の源泉(を汲み出す)権利を以前の当主が買い取り、こちらの宿で「薬泉」として提供してきたことから宿名が付けられたのだとか。

毒沢温泉の泉質は「含鉄、アルミニウム、硫酸塩冷鉱泉」で、実は我々も入浴したことがあります(今は廃業してしまった「沢乃湯」さん、その時のページはこちら)。

こちらの源泉は薬効が高いとその昔から評判が高かったことから、「鉄鉱泉(飲泉ほか)と旦過湯とで内と外から元気に!」という狙いだったんでしょうかね。他地域の源泉を持ち込むというのはあまり聞いたことがありませんから。

さて、まだ夕食までには時間があるので煙草を吸いに玄関に出てみたら、お隣の旦過湯源泉を汲みに来た方が。ポリタンで汲んでいましたから常連さんでしょう。飲めるのか?

「旦過湯」と書かれた掲示には飲泉許可について書かれてはいませんでしたが、そこそこの頻度でいろんな人が汲みに来ているようです。ペットボトルで汲みに来る人も。ということは‥




(あくまで自己責任でね)

というわけで、車から空のペットボトル(2L×6本=1箱)を取り出して汲んだ次第です。ハイ、すでに全部飲みきりましたがお腹を壊すこともなくいい感じでしたよ。

以前は「湧き水」とかにそこそこ執心していた我々でしたが、何でもかんでも汲むようになり、結構不純物が混じった水も汲んでしまっていたのでしばらくはやめていたのです。でも最近また‥というわけで今回は2箱(12本)積んでいたことが功を奏しました。



ところで、この旦過湯お湯汲み場と鉄鉱泉本館との間にはなぜか足湯があります。こちらは元「鉄鉱泉旅館」だそうで、営業開始は本館よりもずっと新しく戦後らしい?「本館」と「旅館」の違いがあるとはいえ、ほとんど棟続きに見えるのに別の旅館ということで宿泊客がよく間違えたようです。現在は休業中のようですが‥(人は住んでいるそうです)。

そうこうしているうちに夕ごはんタイムとなりました。というわけで夕食会場のお部屋へ。





大正時代の匠の手によるものらしく、高温の温泉で木材を曲げて‥ということですが、開き戸ですからね、均等に曲げてその形状をずっと維持させるというのはかなりの技術が必要とされたはず。下世話な思いですが「お金かけたんだろうなぁ」と。



飾り窓の形状はもちろんのこと、単なる窓でさえ、木枠の内側は丸められています(右上画像マウスオーバーで拡大画像に変わります)。細かなところまで様々な意匠が凝らされていますね。古い造りですから防音とか断熱性とかの快適性は劣りますが、このお宿ではこういう「先人のお仕事ぶり」を見るだけで泊まる価値があるのかなと。

そのままこのお部屋で夕ごはんです。そういえば女将さん、到着後すぐのタイミングで「そういえば馬刺し、お召し上がりになりますか」と聞いて下さったんだっけ。「はい、お願いします」と申し上げるとどこかにお買い物に出かけたようでした。人によって好みはそれぞれでしょうから、わざわざ確認して下さってありがとうございます。





下諏訪の「御湖鶴(みこつる)」(数量限定酒)は特に美味しかったなぁ。蔵元は歩いて行かれる距離だということで「買う気満々」になったのですが、残念、この翌日は蔵の休業日だったのでありました。



お料理は「作りたてを順次提供」でありまして、さすが割烹料理屋から始められたというお宿の矜持を感じます。馬肉はもちろん美味しく、鯉の洗いや旨煮その他のお料理も丁寧に手が入れられたものばかりでびっくり。また仲居さんも大変丁寧な方で、こちらの質問にも事細かにお答えいただきました。いや、こちらが恐縮してしまうほどに(笑)。いいお宿です!



というわけで、夜のお風呂もタンノーしたことはいうまでもありません。



そして翌朝。朝ごはんも美味しくいただきました。この日はもう帰るだけなので、チェックアウトぎりぎりまで滞在させていただく旨を伝えておきましてのんびりです。で、何度もいう通りほぼお隣は旦過湯なのですが‥





こちらは近いとはいえ別源泉のはずです。先客さんがおられたのでもちろん湯画像はありませんが、こちらは鉄鉱泉本館よりはそこそこ熱めの湯が注がれておりました。世間は平日のお仕事開始時間になっているはずですが、地元の湯客各氏が入れ替わり立ち替わりやってきていました。シャッキリ。

さてお宿に戻ってくると、仲居さんが次のようにおっしゃいました。







そんなわけでこの続きは次のページにて。


[目次ページに戻る] [次へ]