2023/6 平日連休で山梨、長野、群馬。

その4 社会科見学*2のあと湯に浸かって帰宅



こんな鉄道遺跡があるとは全然知りませんでした。

(2023年6月15.16日 その4)

さてお昼ごはんを食べ‥たいところですが、国道ならばともかく、この「つまごいパノラマライン」沿いにはほとんどお店がないのは前ページに書いた通り。このままではにっちもさっちもいかないので、いったん車を止めてスマホで検索してみることに。

と‥ええ?「150m先にレストランがある」って本当?というわけで進んでいくと‥





もっとも心配は杞憂でした。平日ゆえたまたま先客さんがいなかっただけのようです。



おしゃれな造りのこちらは嬬恋高原ブルワリー併設のレストランということですが、何だかその昔にこの界隈の小洒落たレストランでピザを食べた記憶があるんですよね。こちらのレストランはピザとパスタがメインですし、そもそもこの界隈に似たようなお店は皆無だし‥あの時のお店もここだったのかな。

ブルワリーとはいえ当然ビールは飲めないので、その腹いせ?でジョッキ牛乳を注文(おしんこどんはコーヒー)。ここ10年ほどで牛乳に弱い身体(お腹が下る)になってしまったTakemaですが、この日はまぁ何とかなりました。



ピザは生地が薄手のパリパリで、自分としてはもう少し厚めが好みかな(具の液体分に負けて中央部がフニャるので)。で、なぜかお新香の提供も(ピクルスということか?)。パスタは比較的量が多めでした。トマトソース系で味がかぶりましたがまぁ何とか。ただ場所柄かお値段がお高めなのは仕方がないか。

ランチのあとはちょっと社会科見学というわけで、ページトップ画像の「旧太子駅」へと向かいます。



旧太子駅(「だいご」じゃなくて「おおし」です)。太平洋戦争末期の1945年1月に鉄鉱石輸送の貨物専用線として長野原駅と接続する形で開業し、戦後1952年に国鉄路線に移管。1961年からは旅客営業も行っていましたが(貨物営業は1966年に廃止)、1970年に休廃止された「吾妻線太子支線」の終着駅でありました。

その後は長らく放置状態にあったのでしょうが、中之条町により2018年に駅および付随施設(鉱石積み出しのホッパー棟など)を復元管理して一般公開を開始していたようです。全然知らなかった。自分の中では旧草軽交通線とごちゃごちゃにしていましたが、全く素性も別の路線だったのですね。

外部からもそこそこは見えますが、ここは入場料200円也をケチることなく正規に見学しましょう。こういう施設の維持管理は大変なのです。



というわけで、ページトップと同じホッパー部(鉄鉱石の積み込み施設)の末端(線路終端部)から長野原駅方向を見た画像です。上部の穴からズザザーっと鉄鉱石が貨車に積み込まれていたのでしょう。



しかし竣工から80年近くを経ている施設ですから、重量物を扱うために頑強に造られたはずの施設もだいぶ老朽化が進んでいます。戦争末期ゆえにコンクリートの質が低かったのかも知れませんし、また廃線後の放置期間に手入れが為されなかったことも大きいのかも知れません。路盤への立ち入りができないのも当然の措置でしょう。



反対側(長野原側)までやってきました。東側には旧旅客駅ホームが復元されており、盛時には1日5往復のディーゼルカーが運行されていたようです。しかし1970年休止(翌年正式に廃止)って、国鉄の赤字問題が叫ばれるよりはるかに以前のことですよね。鉱山廃止により人口が減り、よほど収益が低下したということなのでしょうか?



え?なぜに大井川鐵道の貨車が?ネタですか?と思いましたが、wikiってみると、これは井川線で使用されていた本物くんであるようです。ええっと、この駅施設の復元に携わった中之条町の職員氏、ちょこっと鉄ってませんか?(笑)。



駅名標(復元)の前にはホッパー車が留められていました。かつては重い石をたっぷり載せて頑張ったんだよね。ゆっくり休んで下さいな。

というわけで太子駅をあとにしてそろそろ帰る‥わけでもありません。この界隈、コロナ前までは頻繁に来てはいましたがそのほとんどがTakemaオフキャンプ絡みであり、ほとんど寄り道をしてこなかったので全然知らない‥というわけで、もう一箇所寄り道見学です。



やってきたのは太子駅からそこそこ近くにある赤岩集落。養蚕を生業としてきた伝統的建造物群は国の保存集落に指定されています。

ただ実は、ここを訪問したのは「もしかして地域の共同湯が再開しているかも」というヨコシマかつ自分としてはまっとうな理由からだったのです。で、集落入口にある「赤岩ん家」(なお入口扉脇には「赤岩重伝建案内所」という何ともカタい札が掲げられていました。「統的造物群」の略ですかね)でうかがったところ「温泉はまだ休業中」だとのことでした。

詰めておられた男性によると、「源泉は枯れたわけではないけれど、ポンプを安定して稼働させられるほどの湯面ではなくてね。その下にもパイプは延びているのだけれどポンプを下げるには直径が足らないし、今のままポンプを稼働させれば(動作不安定につき)早晩故障するはず、ゆえに現在に至るまで完全に止めているわけさ。」ということでした。あくまで「地域の湯」としてやってきたわけですから外来客による収入も見込み難いわけで(一部の温泉ファンは除く)、町からの補助も得られないということなのでしょう。

ま、それは仕方がありません。というわけで「重伝建」の地区を散策させていただくことにしました。というか共浴はほぼダメ予測でしたのでこちらがメインというわけです。



というわけで山村の集落を歩いていきます。もちろん集落内の道は舗装されていますが行き違いには苦労する幅のところも多いようです。で、ガードレールは木造!しかも製材ではなく丸太がそのまま長ーい!木造のガードはNZなどでもよく見ましたが、これほど長い「一本物」はそうそうないのでは。

右上画像ですが「森林国営保険」とはなんぞやと思って調べてみたら、森林所有者が加入できる保険制度で、現在は「国営」の冠こそなくなり「森林保険」となっていますが、そもそも昭和12年に発足した保険制度なのだそうです。山持ちの方々が対象のようですから自分には全く縁がないですが。



あるお宅の石垣には、上段にカンゾウ(またはニッコウキスゲ)、下段の壁の部分にはびっしりとダイモンジソウが花を付けていました。左上画像、中段に見えている緑の部分はシバザクラでしょうから(わが家にもあるのですぐわかる)、ここは春から初夏にかけて鮮やかに彩られる石垣というわけですね。



「重伝建」保存地区ですから当然古い建物が多いわけですが、その多くは現在も居住者がおられるわけで内部を見ることはできません。それにしても保存地区に指定されると勝手に増改築もできないわけで、少なくとも外見には(簡単には)手を入れられないことを考えると、なかなか苦労も不便も多いだろうなぁと思います。

ただ集落の方々はわれわれのような部外者にも積極的に声を掛けてくださいます。もちろん「よその人慣れ」していることもあるのでしょうが、それ以上に「ここの住民であることへの誇り」があるのかなと拝察しました。



湯本家住宅の裏には土蔵もありました。



利便性を確保するためにいろいろな工夫がなされていますが、左上画像は何とも苦肉の策というところですね。自分としては結構びくびくしてしまいそうですが、使い慣れてしまえば違和感も感じないというところでしょう。

右上画像は保存家屋とおぼしき土蔵には手を付けずに屋根を増設したお宅ですが、カーポートとして使っている様子はないですし、作業場なのかな。農家さんならこういうユーティリティスペースは重要でしょうし。



奥の方に歩いていくと養蚕に関する資料館がありましたので見学してみることに(無料、無人施設)。自分は子どもの頃から夏に嬬恋村には行く機会が多かったのですが(祖父の別荘があった@新鹿沢温泉)、今でも覚えているのは群馬県の山間部には当時まだ「桑畑」が大量に(それこそあちこちに)見られたことですね。あの頃(1970年台後半)はまだまだあちこちで養蚕が現役だったのでしょう。

その後大学生の頃、とあるフィールドワークで愛知県東部の町に滞在していた際、「山繭(薄緑色の繭を作る種類)」の生産農家さんにて現役の蚕飼育の様子をしっかり拝見いたしました。畑から刈ってきた桑の枝葉を山繭(天蚕とも)に与えると‥



初めてでしたし、あれにはちょっとびっくりしました。しかし肝心の群馬県ではそんな光景をリアルに見ることもないまま過ぎ、そして気がつけば桑畑(桑園とも)そのものも群馬の里山エリアからはほとんど姿を消してしまったように思います。ちょこっと調べてみたところ、群馬県の繭生産量は1968年の27,000トンをピークに減り始め、2022年には僅か18.9トンにまで落ち込み、養蚕農家戸数も今や62戸(2022)を残すのみということです。

ここ赤岩集落でも、かつての周辺部には一面の桑畑が広がっていたのでしょう(まず間違いなく)。のどやかな山村を見学させていただき、ありがとうございました。

というわけであとは帰るだけなのですが、この日は平日ということで関越道の上り線渋滞もあまり考える必要なしというわけで、久々に「あの湯」に寄り道することに。



やってきたのは「林温泉 かたくりの湯」。とはいえ、この施設に来るのは初めてです。以前は同じだという場所に仮設浴場があり、そちらには入浴しています。ただ本当に同じ場所だったかなぁ?何だか地形がずいぶん違う気もするのですが。隣に家があって‥ゲートボール場?こちら側ってそんなに窪んでいましたっけ?



2006年にこちらの旧施設におじゃましています(その時のページはこちら)。

で、林温泉といえばあの「濃厚なアブラ臭」を記憶していたわけですが、新築されても源泉は同じでしょうから今も‥なのか、源泉の成分が変化して‥なのかを確認したかったというわけです。

到着時には建物の前に1台の駐車車両もなく、アラ還の胸もトキメキます(苦笑)。と、ここで気になる掲示が。



1枚目(左上画像)は「今月から料金値上げ」のお知らせです。これは順当ではないかと思います。そもそも林温泉自体が八ッ場ダム関連で「住民の福利厚生」目的で設置されたわけですし、500円という新料金も「高い」というほどではありません。ちゃんとシャワーカランも設置されていますし。

続いて2枚目。こちらは施設の外壁に張られていた掲示で、気がせいていたためか実は到着時には見逃しており湯上がりに撮影したものです。温泉利用も「観光」にあたるというか、そもそも地元住民でない以上正面には車を止めるなということのようです。しかしちょっとわかりにくい小さな掲示なので、周知徹底するのであればもっと大書すべきでしょう。現に、このあと来た複数の県外ナンバー車も普通に施設正面に止めていましたし。ま、自分は次回からは仰せの通りにいたします。そもそもほんの10mくらいの違いですし。

さて男性側の料金口に1000円(2人分)の入浴料を投入していざ脱衣場へ。上がり口に先客靴がなかったのでまずは貸し切り確定、喜び勇んでいざ浴室へと進みます。





浴室に入ると、アブラ臭が「ないわけではないが濃くないというか薄い!」ことに気づきました。あぁやっぱり源泉成分が薄くなったのか‥とも思いましたが、これには理由もありそうでした。

浴室に入って思ったのが「ムワっとした熱気の籠もり」が全く感じられなかったこと。つまりは「換気設備がしっかり機能していた」わけです。となれば臭いも常時排気されてしまうのですから。仮設浴場はムワ系だった記憶があります。

そしてもう1点は右上画像。かけ湯をして最初に浸かった時の撮影ですが、「うわ、底の方がぬるい!」と感じていた瞬間です。先客さんが熱いのを苦手にしていたのか水の蛇口を満開にしたまま出ていってしまったようです。しかも源泉の投入を最小限に控える設定にして‥ずいぶん時間が経っていたようです。浴槽周りは左上画像の通り完全に乾いていましたから。



とりあえず水栓は止めましたが、この源泉投入量じゃねぇ‥。

というわけで源泉口に置かれていた石板にて投入量をMAXへと増やしました(源泉自体は70度くらいあるので、これまたそのままにしておくと激熱で入れなくなりそう=自分が出る前に手加減モードに直しました)。要は換気の良さと源泉投入ほぼゼロ+大量加水とでアブラ臭がぐんと減衰していたと思われます。

このあと3人ほどお客さんが入ってきましたが、全員無言でどなたが地元の方なのかもわからず残念、いろいろ聞きたかったのに(あとで確認したらお1人だけ地元民だった=歩いて帰っていったので。あとの2人はそれぞれ県外ナンバー)。

そんなこんなでイマイチ満足できずもとりあえず山の汗も流せたしというわけで帰るわけですが‥





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