Cape Cross 〜(C35)〜 Uis 〜(C35 D2612) 〜 Twyfelfontein
Swakopmund 〜Twyfelfontein 移動距離450km


アザラシの殿堂Cape Crossからは、来た道をHenties Bayまで戻り、そこからUis目指してC35号線を北東に進むことになる。もともとCape Crossへと向かう観光道路ともいえるC34号線も交通量はそれほどでもなかったが、このC35号線はさらに交通量が少なくなる。Uisまでの距離は地図読みで116km。しかし、34号と35号の分岐地点で対向車両を一台見かけたきり、次の対向車との出会いには約30分かかってしまったのだった。そのあいだ、自分のほうの平均時速は約110〜120km。砂だまりが多いのでこれでも自制したつもりだが、仮に相手も100km程度で走ってきたのだとしたら、自分が35号の分岐を曲がったとき、そこからUisまでの区間には一台の通行車両もいなかったということになる。うーむすごいことだ。

次の町であるUisまでには一切の人間の痕跡がない。いや、道路は別だけれど。家はおろか、人が歩く道が交差することもない。さらには動物の一匹すらいない。だって、ご覧の通り草の一本すらもない「純粋な」荒野なのだ。

それでも、Uisまであと10kmという所まで来ると、だいぶ草が増えてきた。そして、日本人の感覚でいうとまだまだ「荒れ地」としかいえないようなところにも「農場」が出てきた。ほんの僅かでも水のあるところには人が住めるのだなあということを改めて実感したのであった。

 

いよいよUisまでやってきた。ここからエリア的にはDaramalandということになる。この町は三叉路になっている交通の要衝。でも自動車は高嶺の花。というわけで、地元の人の運搬手段に一役買っているのがどうやらこのロバということらしい。ここでガソリンを入れて再び出発。何たってこの日はSwakopmundから一気にTwyfelfonteinまでの長距離移動(450km)の日なのだ。途中のCape Crossで長く時間を取ったこともあり、時間的にもそんなに余裕はない。ここからもあと160km(地図読み。メーター読みではもっと遠い)走らなければならないのだ。

Uisからは再びC35を走る。これまでの道よりも路面は多少ラフになり、さらにスピードは出せない。とはいっても80-90kmは出ていただろう。周りの風景は完全な草原=水気が増えてきた、という感じに変わってきた。途中、いくつか簡単な土産物屋があり、「寄ってけ」とばかりに店主が手を振ってくる。なかには変わったジェスチャーを見せるところもあって心ひかれるが、どうせ売っているのはDaramaの女性をかたどった手作りリカちゃん人形系か、またはアメジストのような鉱石ばかりだろうということでパスして走り抜ける。でも、今考えればそんな手作り人形を手に入れるべきだったかなあと後悔していたりするんですが。


さて、一生懸命車を走らせるのだけれど、日はどんどん傾いてくる。こりゃ下手すると日没までに宿に着かないかもしれないぞとやや不安に思い、ショートカットルートとしてD2612号線に入る。D路線は地方道ということで道路状況が心配だったのだが、ここは何とか深い砂だまりくらいしかなかったので普通に走れたのでよかった。しばらく走っていくと、「Rock Painting」と岩にペンキで書かれている場所があったので車を停めてみる。果たして、岩の割れ目の奥の方に古代人が書き遺した絵が記されていた。


そう、このエリアは古代サン人らが書き遺した絵の宝庫であったのだ。こんなのはまだ序の口、このあとTwyfelfonteinの絵を見てさらにたまげることになるTakema一行だったりする(そのネタについては後のページでね)。

そんなわけで、宿の灯りが見えたのは日没とほぼ同時。周りに何もないまさに一軒家の宿。でも、この宿がまたすごかったんですな。次のページでは「究極のリゾートUin Twyfelfontein Country Lodge」をお届けいたします。