1990年 1月の日記


1月1日 晴れ時々曇り Sabine - lake Angelus

元旦という気配も全くないまま、朝は朝で例のごとくミューズリーにスキムミルクをかけてぼそぼそと食べ、サンドフライ軍団と戦いつつ(ここの奴等はこれまでに出会ってきた奴等に比べてもはるかに好戦的である。とにかく肌の出ているところにはまんべんなくリペレント(虫よけクリーム)を塗っているのに、それをものともせず、まずは肌に飛びつき、そこでもがいている。普通は着地する前に躊躇するのだが)テントを撤収し、恐れていた急登にも果敢に挑戦し(思ったほど長くもなかった)、晴れてはいるが冷たい風に吹かれつつここLake Angelusまでやってきた。ここは氷河湖なのだろう、とても良いところなのだが、どうもUpper Traversに比べて落ち着かないのは、やはり天気があの時より穏やかでないからだ。今は山の上のほうはガスっていて、風も少し強い。日本の夏山の午後みたいだ。

またメシの話だが、昼は何と奮発して「明星 中華三昧」。日本から送ってもらった荷物の中に入っていたものだ。やはりマギーのラーメンなんかよりはるかにコクがあって旨かった。夕メシは例のごとくOxtailとなったが、まだ全部食ってないので、残りはそのまま明日の朝食となるだろう。明日は下山ということで、Nelson Lakes N.P.最後の夜なのである。せめて何らかのアルコール分を摂取したいものだがないものはない。明日も休日らしいから、下界に降りても何も手に入らないだろうよ。うーむ。

今回の反省点

・ Oxtailばかりで飽きた(もっとバラエティに富んだ食い物が欲しい)。
・ 乾燥野菜ばかり食い過ぎたのか、朝のお通じに異常にせかされた。静かな朝を満喫するよりトイレのことで頭がいっぱい。
・ シーチキンよりもコンビーフ(これは絶対)。
・ VODKAにレモンをたらして持ってきたのは良かったのだが、あまりに飲みやすくてすぐに飲み干してしまうのは困ったことだ。あと、あの味は少々飽きる。
・ 3本くらいでいいからビールは持ってくるべき。今回は灰皿の代わりにするべき缶がなくて困った。
・ このテントは本体上部がメッシュのため風通しがいいので要注意(今は寒い)。
・ ビニール袋ももう少し欲しい(今回は今のところ雨に降られずに済んできたので何とかなったが、降られたらヤバかった)。
・ タバコは5箱買ったがまだ3箱も残っている。NZに来てからはけちな吸い方をするようになっているのだから、これからはこのペースを考えて持ってくるようにしよう。
・ 同じくガソリンも、タンク満タン+1本(1リットル)で何とかなるのではないか(今回程度の日数なら)。Abel Tasmanの時は二人だったし、貝関係に随分消費したのだから、そういうことがなければ十分足りそうだ。
・ 米は1Kgでよい(5泊)。
・ バターは次からどうするか?少なくともパック入りは良くない。今回は500gの箱入りを持ってきたが、箱はボロボロになるし、かといってつぶすと大変なことになるしで気を遣った。
・ できればトレーナーみたいなのが欲しい。サングラスはいらん。

外は風が強くなってきた。明日は最初から最後まで稜線歩きなんだから、天気が持ってもらわんことには行動厳しいなあ。しかし、これが正月元旦の夜か。わびしいなあ。せめて酒でもあれば…。酒もWestportまでガマンかクソ!

1月2日 Lake Angelus(晴れ)−St.Arnaud − Murchson − Punakaiki(曇りのち雨)

とどのつまり、せっかく下界に降りてきたのに今日のお宿はやっぱりテント。しかも山の上では降られなかった雨にしっかりやられている。

今朝は7:00頃起床。外をのぞいてみるといい天気なのはいいのだが、まわりにいくつか点在して張られていたテントはすでにどこにもない。みんなまたそんなに急いでどこに行っちゃったのだろうかとも思うが、ついつい自分も急いで準備を始めてしまう。でも飯食べたりしているうち、出発したのは8:20。

しかし今日のルートは大変に楽というか、ずっと先まで見えるからかもしれないがテンポよく進み、「まあさして疲れてもいないんだけどのんびり行こうかな」と思って休憩し、地図を広げてみるとなんともうJulius Summitのすぐ近くまで来ていることがわかったりして、そんな調子で一気に駐車場まで戻ってしまったといった感じであった。

車でさっさとSt.Arnaldに戻り、PHQでTent Fee ($4 per Person×5 Nights = $20)を払おうとしたら、なぜかLake Angelus 1泊の分だけ($4)でいいらしい。Hut FeeはAngelusが$8、あとは$4。TentはHut Fee−$4だから、Angelus以外は差し引き無料ということになるわけだ。まあ、$16浮いたのはでかい。Annal Passも、これなら買わない方がいいかな。

さて、今日はマーチソンまでと思ったが、着いてみると何の変哲もないところだったので、一気に海岸まで出ることにした。途中でNZerの女性(ヒッチ)を乗せ(考えてみれば女性のヒッチハイカーを乗せたのは初めてだ)、途中でおろし、Westportに行こうと思ったが、行かなきゃならない理由もなかったので(金はまだあるし)、結局Punakaikiまで来てしまったわけである。今夜はせめてドミでもいいからベッドの上で寝たかったのだが、どこも満員。結局今日も旅の途中の草枕だ。

しかし一週間ぶりに食った肉(とはいってもソーセージだけど)は旨かった。酒は予想通り今日もおあずけ。

1月3日 Punakaiki - Greymouth 曇り時々晴れ

神様は優しかった。Nelson Lakesでの6日間も雨を降らさず、いよいよ天気が崩れたかとおもわれた昨夜の雨ももうやませて下さった!うむ!テントもほぼ乾いたし、何もいうことはない。朝飯はベーコン(とはいっても直径8cmくらいのかたまり)をスライスしてチャーシュー代わりにラーメンにぶち込んだもの。シンプルだけどカロリーだけはありそうだな。

パンケーキロックは大したことない。Blow Holeはたまたま干潮だったこともあって大きなことはいえないが、やはり大したものではないように思えた。どうもこの2つは、大したことのないものを大したもののように宣伝する日本の観光地的な雰囲気である。ほら、何でもかんでも名所にしてしまうあれだ。そんなことよりも何よりも、問題は次のGSまであと31km。もつか?

しかし西海岸に来るとガソリンも高いね。Greymouth市内で94.7/Superだと。うーむ。Greymouthは思っていたよりはるかに小さくて、何だか期待はずれ。スーパーさがすのにも何だか苦労してしまった。やっと見つけたSuper Valueでみりんを見つけて驚き。高いは高い($5.65/300ml)が、うるさいうるさい早速購入。もっとも、同じ棚に並んでいた「Japanese Ramen」とやらにまで手を出すほど日本食に飢えているわけではないのだ。

酒も買ったし、さて、いつものように釣りでもするかと埠頭のほうに行ったら、そこで釣りをしている人はみんな本格派。竿は太くて長いし、たまに釣り上がる魚といえば何だかでかいマグロみたいなやつだ(マグロのはずはないけれど)。少なくとも自分の竿ではどうしようもないこと請け合いだ。ほとんど見ているだけでした。

夕方になって、もう少し港の奥に入った方で20cmくらいのアジみたいなやつを釣り上げ(こいつはおおバカで、針をおろして10秒もたたぬうちにかかってきおった)、またも刺身に。これでKaikoura〜Nelson〜Greymouthというように港釣りツアーも順調にすすみつつあるわけである。次はどこだろう。

明日Arthur's Passを越えてChchまで。戸田さんという人がArthur's Passまでシェアしてくれることになっている。ライター、またも落としてしまったので買わなきゃな。

・ 金おろす ライター にんにく・しょうが
・ ガスいれる

1月4日 Greymouth〜Arthur's Pass

さんざんな日であった。出発時の天気はごくフツーの雨。Westcoast との分岐点から6kmくらい入ったPetrol Stationあたりから何となく嵐的な天気になり、「まったくもお」と思っていたうちはまだ良かった。車という「箱」の中にいられたのだから。

Passの頂上も近くなってきたあたり、少々スピードを出しすぎて(それでも20kmくらい)曲がったときに、どうもタイヤがよじれたらしく車がぶれた。その時は「あれ、なんか変だな」くらいにしか思わなかったのだが、そのあと少ししたあたりでポコポコという異音発生。戸田さんと自分が気づいたのはほぼ同時であった。外はどしゃ降り冷たい雨×風、ちくしょーなんでこんなところで!と思ったが、Townshipまでまだどのくらいあるのかわからない。仕方なく雨の中表に出てコノヤロクヌヤロといった感じでジャッキアップ、スペアタイヤに付け替えたまでは良かった。

びしょぬれになったまま、やっと付け替えたタイヤで走るためにジャッキダウン。そしたら…スペアタイヤにエアなし。何とまあそういうことで、メイン・スペア共に使用不能。二人はざまみろ思い知ったか的嵐の中、ボーゼンとしながら善後策を協議するのであった。

それでもNZerはやさしい。これからChchに行くという家族連れトレーラー付きワンボックスが止まってくれ、Townshipまで連れていってくれた。スペアタイヤを持っていき、Petrol Stationで空気いれてもらって(1999注 スペアタイヤは何度も替えていたので、いや、何度もパンクしていたのでどっちがスペアだかわからないくらいよく使っていたのだ)またヒッチで戻ってこようと思っていたのだが、なんとPassにはスタンドはあってもガレージはなし。幸い、立ち往生した場所から峠まではそれほど遠くはなかったので、戻ってもらい(なんとお父さんは自分のためにトレーラーをいったん外してくれたのだ)、とにかく自力走行してきた。戸田さん、置き去りにされてた時は不安だったろうな。エンジン&暖房&カーステはかかるから、寒くもなかったろうが。でもテープが中島みゆきだったからな。

別れ際、お父さん曰く、「ここから一番近いガレージはSpringfield(峠から一時間Chch方面に下ったところ)にある、君はそこまでスペアタイヤと共にこの車に乗っていきなさい、とにかくそこで直してもらうことだ。帰りは悪いがバスかヒッチで…」と言ってくれる(1999注 うわーっ親切なおじさんじゃ!)。なるほどそれしかないと思うのだが、いかんせん身体中びしょぬれだし、帰ってこれないのではないか(夕方以降にこのPassを越えようとする車が多いとは思えん)という気持ちとで、結局有り難く「Bye!」をいって別れる。

YHに泊まることにする。天気のせいか、何となく寒々としたYHだ。ワーデンの女の子に話してみると、どうもYH隣のCraft Shopにエアコンプレッサーがあるらしいので、駄目もとでスペアタイヤを持っていく。タイヤを見てもらうと、こりゃパンクじゃなくてエアが抜けてるだけだよ、とのたもう。すかさず空気入れ作業開始!。それから数時間たった先ほど車をチェックしてみたが、どうやらエアが再度抜けている気配もないようだ。考えてみればあのスペアタイヤも前使ったときにパンクしてたわけでもないのだから…。いや、それにしても嬉しかったぞ!往復+工賃$50くらいは覚悟してたもんなあ。ラッキー!

それにしても、大変に疲れ、よく濡れた日であった。明日は再びChchに戻る予定。願わくはタイヤがChchまで元気ならんことを。

1月5・6日 5日Arthur's Pass - Chch , 6日逆コース

パスポート受け取りと、こんなはずではなかったタイヤのリペアをしにChchに。2hほどで着いてしまい、どうせアオテアにKさんもいないので、Yさんに会いに行く。しっかり今夜飲む約束をしてしまった。ま、たまにはいいじゃない。しかし彼女が自分より2つ年上とは知らなんだ。

待ち合わせ時間まで暇なので、YHの駐車場に車を止めて、長年の懸案であった後部ドア(ハッチバック)のガムテープはがし並びにパテ埋め、さらにスプレーまでかけてしまったら、やはり時間がかかるのなんの、始めたのは16:00前、いやもっと早かったかもしれないが、ふと気づくともう19:30をまわっている。待ち合わせはSquareに20:30だからうーむと思い、夕メシ(面倒なのでマギーのラーメン)をかっ食らってSquareへと急ぐ。彼女が店を出てくるまでの約15分間は、こんな気持ちは久しぶりだな、というような心のときめきに満ちたあったかい至福の時間であった。それにしては少し寒かったが。

Pubに行ったのが21:00頃。22:00にそこを出て、自分は帰る(YHに)つもりだったが、「来てもいいよ」というので彼女のフラットに行く。この時点で自分にかなり(?)やましい気持ちがあったことは正直言って当然のことです(彼女は一人住まい)。少し酔ってきていたし、彼女は可愛いし。しかし残念ながらというのか当たり前というのか、フラットでは純粋に酒を飲み純粋にお話をし、そして純粋にというか、結局は別々の部屋で静かに寝ることとなったのでありました(しかしそれでもYHに帰ろうとしないこいつもすごい)。

1999注 自分はいちいち読み返し「検閲」しているわけではありません。したがってこの日の文章は、こうしてキーボードをたたきながらも「おおっこのあとどうなんの!」と期待なり不安なりをいだきながら作業しているわけで、この日のことも、もちろんこのあと何かあったなら今でも覚えているはずなんだけれど、あまりにあっけない(笑)終わり方に何だか唖然としちゃいました。自分って、これじゃ浮気できんなあ。しがらみない時だってこうだもの(爆)。そうそう、Passportを預けたままAbel Tasman & Nelson Lakes行ってたんだな。約2週間、PPなしでうろついてたわけだ。何かあったらどうしたんだろう!皆さんはそんなことしないでね。

明けて6日。軽い二日酔いされど支障なしといったところ。とにかく会員証をピックアップしにいったんYHに戻り、しぶとくもそのあとおみやげのFish'n Chips買って再びYさんのフラットへ(さすがにこの時はやましい気持ちはなかった)。しかし、お別れするのはつらいな、と思いつつも去る。Yさん、一夜の宿と、こいつを「信じて」くれたこと、大変にありがとうございました。

1999注 ホントにしつこいようだけど何もありませんでした!なに、意気地なしって?言うなら勝手に言ってくれ!

再びArthur's Passへの道をたどる。Chch側から行くと道もあまり険しくないし、景色も雄大で気持ちがいい。どこか8号線と80号線をMixしたようにも思える。何よりも天気がいいのが大きい。91ZM(FM)はPassのTownshipすぐ近くまでSTEREOで入った。電波の入りもいい。でもしばらくお別れか。今度Chchに戻ってくるのは車を売るときだものな。

YHにはまだ戸田君がいて、ほかに二人の日本人の女の子もいた。彼らを駅で見送り(Tranz Alpineはキャンセル待ち、しかも空いているかどうかは列車が来てみなければわからないということだったが結局OK)、今日もなぜかYH泊まり。明日からいよいよWaimakariri Colの峠越えだ。ちょうど高気圧が来ているが、3日間も保つかな。今日入山できていれば良かったのだが…。ま、明日は渡渉の連続だろうが、もう水量も普段通りだしなんとかなるだろう。腰より上まで水に浸かっての渡渉というのは勘弁して欲しいものだ。

1月7日 晴れ Arthur's Pass - Carrington Hut

今日の渡渉は、腰までが2回。股までも何度かあって疲れた。初めの一回が肝心で、一度やってしまうともう気にならなくなる(ただし靴が乾き始めると深みは避けたくなるのも事実だ)。水はそれほど冷たくない(ように感じた)。氷河や雪渓の水が流れ込んでいるとは思えないくらいだ。しかしやはりずーっと河原歩きというのは長い。精神的にくたびれてしまって、11:30頃出発したのに、着いたのは16:00を回っていた。コースタイムもオーバーだ。おまけに風も強く(何しろ広い河原だから吹きさらしだ)、とにかく疲れ果てたが、実際は気疲れだけだろう。明日はルートも短いし(登りはあるが)大丈夫だろ。

今日出発してすぐに行動食を持ってこなかったことに気づいた。今回は行程も日程も短いため(2泊3日)、食糧計画を立てなかったのが裏目に出た。おかげで前回自分の中で好評だったホワイトチョコが食えんではないか。そのかわりビールはあるが。

36人収容のCarrington Hutに着いてみると、Tramperは自分を含めてたった3人。遅くなってもう二人到着したが、それでも5人。何と個室貸し切り状態だ。というわけでさすがに今日はテントは張らないことにする。明日はどうだろ。Hutが小さいし、天候にもよるがたぶんテントだろうなあ。午後になって雲が多くなってきたが、今(20:35)は全くの青空。あと2日、何とかこのままもって欲しいものである。しかし、この時間になっても太陽が出ているのか…やっぱり日が長い!

このエリアのサンドフライは平均してNelson Lakesのエリアのそれよりも一回り大きいような気がする。さらに、かまれるときのピリッという痛みも強いような気がする。おかげで今回もリペレント塗りまくりである。

1月8日 曇り時々小雨 Carrington Hut 〜 Waimak Falls Hut

朝起きたときから晴れでないことはわかっていた。朝はのんびりと起きた。隣の部屋の男二人組は6時前に起床し、どこぞへと出発していった。反対の部屋の女性二人組(そのうちひとりは昨日パンツ一枚で小屋のなかをうろうろしていた)のほうも静かだし、もう出発しちゃったのかな、と思いつつ起きてみると、どうも向こうも全く同時に起床したようだ。ミューズリー+パンの簡素な(いつもの)朝食を済ませる。ミューズリーは夜更けにおやつとしてずいぶん食ってしまったのでこれがラストだ。

出発は9:20ころ。天気は主として曇りだが、どこからか小雨が降ってくる。今日は靴を濡らさずに行けるかなとも思ったりしたが、小屋すぐ前のWhite Creekでもう早速膝下までの渡渉となった。小屋から20分ほどCreekを上がったところにCable Way(日本でいう籠渡しか)があるらしいが、増水時でもない限りやはり面倒だ。右足側の靴に出来始めたホツレが心配である。

今日のコースはGRADE2と書いてあったのでNelson lakesのJohn TaitからUpper Tの抗すと同じくらいだろうと思っていたのだが、実際はさにあらず。入山者が圧倒的に少ないからか、ヤブだらけで参った。それでもあまり休まなかったのは、やはり天気が良くなかったからだろう。傘は2ヶ所壊れ始めたが、まだ十分風よけになってくれてありがたい。下山したら針と糸で直そう。

ラストの2ピッチ(といっても1ピッチ20-30分)だけ急登。着いた小屋はオレンジ色の、とても小さな小屋であった。周りは晴れていたらUpper T周辺よりも気分の良さそうなところだが、かといって外でのんびりするほどいい天気じゃないもので、さっさと小屋の中へ。6bankの小さな小屋の宿泊者は予想通り自分一人のようで、思い切り荷物を散らかしてしまう。カセットも堂々とかけて…。いつもOxtailでは…と思って持ってきたFrench Onion Soupは思いの外ウマイ。さっぱりしていて…。よしよし、これでまたバージョンが増えたぞ。

小屋に着いたのは13:00頃、天気も良くないので小屋の中で濡れものを乾かしたり(これが結構暇つぶしになる)、持ってきた文庫本(加藤保男「雪煙をめざして」)を読んだりして時間をつぶす。明日天候が悪いことを予想し、停滞用に野菜を少しずつ残しておく。19:00を過ぎて青空がちらりと見え隠れして少々期待するが、どうなるかね明日は。なるようにしかならんな。Wamakariri Colは見たところなかなかきびしそうである。ガスってたら停滞だな。VB(ビジターズブック)を見ると、ガスの時にColを越そうとしたがルート不明で戻ってきたというパーティもあったようだ。今日から崩れ始めたのなら2-3日は悪いだろうな。まあ燃料も米もとりあえずはあるが。日本から送ってくれた塩ふき昆布は酒(Vodka)のつまみによい。少々のどが渇くが…。明朝は早起きしよう。コースタイム7h、朝から飯も炊かなきゃならないし。晴れてたらラーメンでもいい?いや、ラーメンは昼飯に回さなきゃ。

------というようなこと書いていたら、突如屋根にあたる大粒の雨。明日は駄目か?

1月9日 曇りのち雨 Waimak Falls Hut 〜 Waimakariri Col 〜 Otira 〜(ヒッチ)〜Waimakariri River(駐車場)

とにかく疲れたぁ。朝起きてみるとところどころ青空も見え(コルの方面も青かった)、よーし行くぞ!と構えた6:30 ---であったが、飯を炊き、滝壺めがけて排泄し(ここの小屋にはトイレなし)、奥歯の歯茎のウミを抜き(すごかった)などなどしているうちに、あたりはすっかりガスってしまった。しかしすぐに雨の降り出す様子もないので行くことにする。不安ではあったのだが。

持参のガイドブック「NZ Tramper's Guide」によるとルートはずっと沢通しに突き上げるのではない、と書かれているし、ガスのない時に遠望した感じでは、地図上に示されたルートはかなり危険そうに見えたので、途中の大岩壁の手前から左に大巻きする。ほんの時折ケルンらしきものがあったり、数人の(決して3人以上ではない)足跡を一度見た以外は全くの当てずっぽうのルートファインディングである。どこがコルなのか、目指す地点が分からないままの行動なので何度も行ったり来たりした。しかし、左に巻きながら何とかよじ登って行くと、やっとコルらしきところに着いた。こう書くとそれほどしんどくもなかったように見えるが、実際はかなり不安だったのである。コル直前でブラシを拾ったときは「ああっ!ルート合ってる!」と思い、何と嬉しかったことか(そのブラシはコルに置いてきてしまった。あとに来る人のために)。コルからの眺めはまあまあ。これから下るOtira側はガスが上部にしかないのである程度見渡せる。なにしろ一番不安だったところを終え、あとは下るだけなのだから…と、優雅にフルポン(フルーツポンチ)缶詰などを食ってはいたが、本当の地獄はこのあとからだったのだ。

さて下るかいなと思って驚いた。ここは当然森林限界の上であり(このあたりの境目は1200mくらいか?Falls Hutも限界の上であった)、Otira側は崖。しかしそこを下る以外の方法はない。まあ何とかするしかないと思いつつ、合っているのかどうかもわからないまま崖をへづり下る。コルからOtira側ではたった一人の足跡しかなかった。もちろん崖の足跡が残っていたわけでもなく、下り口が正しいのかどうかは不明。間違っていたらもう一度崖を登り返す以外に方法はない。岩を下るのは本当に久しぶりなので結構怖い。Looseな岩に足をおろさねばならなかったときは本当に怖かった。それでも何とか少し緩やかなところまで来て一安心。しかし地獄はまだまだ続く。

地図によるとルートは左岸上方を巻くようになっているのだが、実際にはトレースはない。やっと見つけたトレースらしきルートはゴルジュ帯目指して一直線。まあ、前に歩いた人がいるみたいだからと思いそっちのほうにルートを変更したが、沢まで降りたところで、この下に大滝があることを思い出し、沢沿いに行くことの不可を悟る。やむを得ず横のガレ場を登る。しかしどこまで登れど、地図にあるトレースは全くない(あるはずなのに…)。結果的に考えれば、元々トレースなどなかったのである。とにかく急な草付きとガレ場のミックスをひたすらに巻き続け(一度などは足をのせた一抱えもある岩が崩れ落ち、ダメかと思った。たまたまその時つかんでいたホールドがしっかりしていたので助かったが…)。

格闘の末かなり心身共に消耗したところで、ずっと下の右岸のガレに一筋のトレースを遠望したときは「やったあ!」と心から思った。あの時は本当にそう思った。あそこまで行ってラーメン食おう。

1999注  この場所までの「ルート」とか「トレース」とかは、「踏み跡」ではなく「歩けそうなところ」という意味だったのだ。そしてここで見つけたトレースとは、まさに「足跡」だったのだ。

もう15:00近かった。出発は8:15、コルまで2時間ちょいだったから、そのあと5h近くも歩いていたことになる。樹林帯に入れば少しは楽になるだろうと思ったがそれとて甘かった。もともと入山者が極端に少ないだけに、マーキングはあってもほとんどヤブこぎに近い。しかも何の因果か下山の道なのによく上ってくれるし、おまけに雨まで降ってきて「コノヤロいいかげんにしろーっ!」と一人でぶりぶり怒りつつ下る。やっと沢にでて、もう15:30頃だったが、岩小屋を見つけたのでそこでビールとともに遅い昼食。そのあと、この日は渡渉なしで来ていたのだが結局ぬらしてしまい、もうへとへとになった頃に線路に出た。

線路を歩いてSH73に出たのだが、途中でちょうど文鎮になりそうなレールの切れ端を拾う。しかしこれまた落としてしまった。明日拾いに行こう。時間は17:00を回っている。とにかく車まで戻りたい。Chch方面に向けて歩き出し、ヒッチサインを出しっぱなしだが、いかんせん車が通らない!おいおい、峠まで歩けということ?と思ってたら、Chchまで行くという乗用車が止まってくれた。ラッキー!結局Klondyke Cornerまで乗せてもらった。結局今日の泊まりはテント。シャワーは明日だな。もう22:00近いのでテント内は相当暗いが、この字もたぶん読めるだろ。

1月10日 曇り時々晴れ Arthur's Pass〜Greymouth〜Franz Josef

昨日の苦しみに比べれば今日の車での移動などは屁のようなものである。しかし筋肉痛がおまけとして残った。朝テントから顔を出すと、それほど悪い天気ではない。相変わらずサンドフライの襲撃はすさまじく、この時とばかりに殺虫スプレーを振りかけてやった。テントにも軽くスプレーしてみたが、どうやらこっちにはあまり効き目がないようである。しばらく風呂入ってないので身体がベタベタして少々気持ち悪い。川で身体を洗おうと試みたがまさか全身を浸すわけにも行かず、水を塗りたくるような状況になってしまい、何だか余計臭さが際だってきたような気もしたので潔く中止。無防備の肌にサンドフライが一個中隊くらい押し寄せてきたのも中止の大きな原因であった(結局シャワーはGreymouthのYHで浴びさせてもらった)。Greymouthは単に買い物と銀行寄るためだけに降りたようなものだが、丁度ここで預金を移し替えることができた。

GreymouthからFranz Josefまでは直線もまああるし、あたりの景色が1号線のそれとは違って原生林なのでなかなかによい気分である。原生林といえば、このあたりは大シダが多いので、何となくMalaysiaのヤシ畑の中を走っているような気分にもなる。あれから8ヶ月か。早いなホントに。

何しろWestcoastは初めてなもんでF.J.に何があるのかちっともわからん。氷河に触れることができるというので、Car Parkから1hほど歩いて行って来た。結局触れなかったが。途中の橋はぶっこわれていて「Extreme Danger」だと。しかし寒かった。日中はそう悪い天気でもなかったが、夕方になって雲が広がり始め、今(20:30)はすっかり曇っている。これからは、雨の日はYHかBP、それ以外はテントで生活することにしよう。雨の多い地方だけれど、少しでも節制しなければ。

昨日拾ってすぐ落としたレール文鎮は結局見つからない。それよりも、高度計をなくしたらしい。これは重大事だがどうしようもない。まあ、死ぬほど高価だったわけでもないし…。

明日天気が良かったら

(1)この近くの山に登り、景色を眺める。そのあとFoxへ。
(2)さっさとFoxに行ってLake Mathesonに行く。

このところ日記も一日につき2-3P使っているのでノートの減りが早い。帰るまでにはもう一冊必要だな。

1月11日 Franz Josef〜Fox Glacier

Fox Glacier Townshipからしばし離れた河原にてテントを張り、これを書いている。今日は本当に短い行程。移動距離たかだか25kmほどである。すぐに着いてしまったのでVisitor Centreなどを回ってみるが、やはり時間を持て余している。天気はそれほど良くなく、山にはしっかりとガスがかかっている。ただ、ここから海まで行ってみたら海は晴れていた。山岳気象による曇りなのだろう。

Glacierにも行ったが、やはり昨日も似たような風景を見ているのと天気が悪いのとで(霧雨)、感動はない。うろうろしているうちによさそうなCamping Areaを見つけたのでここを今夜の宿とすることに。風もなく、焚き火をしながらこれを書いている。焚き火といえば大学時代の忘年会はいつも奥多摩の氷川キャンプ場だったなあ。毎年バイトを終えてから終電で奥多摩まで行って、焚き火の中にホイルに巻いたジャガイモ放り投げて焼き芋にして食ってたっけ。またいつか同じメンバーでできることがあるのだろうか。

1月12日 曇り Fox Glacier 〜 Wanaka

このところの車の燃費を計算したら12.5km/リッター、という結果が出た。12年ものの1300ccにしてはなかなか良いではないか、と言うのが感想である。

河原のキャンプ場では曇り、町では雨。そのあとSH6が海に出たあたり(Bruce Bay?)からは雨なしで到着。Wanakaはここ数日ずっと良い天気だったとのこと。やはり「Wetcoast」というだけのことはあったのか。YHのスタンプがたまり、今晩はただで泊まれることになっているのだが、何だか使うのが惜しい。湖岸でテント適地を探すのだがどこもNo Camping。仕方なくYH裏のMotor Campに拠点を定め、2泊する事にする。天気はこれから悪くなりそうだから、ここで天気待ちか。ここにいた日本人と何と朝の4:30まで酒を飲み続けた。話の内容は「NZでマオリの発言権は今後高まるか否か」ということであったように思う。ちなみに自分は否派であった。

1月13日 Wanaka Stay 快晴

YHを出たのが朝の4:30過ぎだからそれほど寝ていないはずなのだが、とにかく暑くてたまらず、テントの中で蒸し焼きになるのに耐えきれずに起きた、というところだ。二日酔いで頭が痛い。天気は悪くなると思っていたのに。

今日のうちにAspiring Hutまで入ってしまおうかとも考えて悩んだが、体調不良なのと(これは自業自得)、すでにMotor Campに2日分の金を払ってしまっていたので、予想外の「晴れの停滞」となった。たまにはいいかもしれん。明日も晴れるようだし。しかしそうなると今日はすることがない。当然湖岸でぼーっとすることになる。午後になると泳ぐ元気が出てきた。水は思ったよりも冷たくなく、まあ心地よい。それにしても格好を気にしなくなったなあ。濡れたままの短パン一枚で町中を歩いても平気(しかも裸足で)。慣れというのは恐ろしいものだ。

明日は必ず動くぞ。低い山でいいからちょっと登ってみたい気もするし。しかしこのキャンプ場のテントサイト、真横にシーソーがあり、もう21:00だというのにガキどものやかましいことおびただしい。まあ運が悪かったと諦めるしかあるまい。この日記を書き終えてしまうと暇になるので、トレッキングシューズの修理でもするか。どこまで直せるかは疑問だけれど。

1999注 この日のことはすっかり忘れてる。WanakaでMotor Campなんて泊まったことあったんだ。泳いだ記憶はある。でもこんな時だったとは思いもよらなんだ。朝方まで語り合った記憶も、その相手も覚えてないなあ。

1月14日 Wanaka(晴れ)〜Mt.Aspiring Hut(曇り時々晴れ、時々霧雨)

今朝も太陽がテントをじりじり焼き始めたので目覚める。とはいえ、今日の目覚めは比較的さわやか。酒の飲み過ぎはやはりまずいと思う。それでもNZに来た当初のようなひどい飲み方はしなくなったけれども。

Wanakaから登山口まではダート道で50km弱あると聞いていたが、やはり長かった。それにしても、4-5日おきに山に入ってると、やはり山慣れするというか、肩ができていて、重いザックを背負ってもそれほど重く感じないのがいい。Abel Tasmanの時はシンドかったなあ。今回は重量的にさほど変わらないはずなのだが、全然感覚が違うね。

タイム的には休憩を含めて2.5hくらいでHutに着いた。途中は風が強くて参ったし、雨も降り出し(山にかかるガス雲から流れてくるやつ)、雨具を着て歩いた。テントは木の下に張った。今回は、何日にどのようなコースを、というような計画もなしにここまで来てしまったため、昼寝の後一応スケジュールを立てる。一応明日はFrench Ridge & Livapoolの往復、明後日はCascade Saddleの往復をしよう。Mt.Bluffに登った日本人がいるようなことをYHのVBで見たが、ま、今回はいいや。ただし以上の予定はあくまで天気次第。暇つぶし用に源氏物語上中下巻持ってきたし(一冊だけじゃないところがすごい)。酒は問題だが。

歯を磨いてVodkaを飲み始めた頃、一人のスイス人がテントまで遊びに来た。彼の話では、French Ridgeまで3h、Cascadeかその手前までか、2.5hで行けるとのこと。問題は天気だな。風が強く、上部はガスの中。もっといい天気にならんかな。まあ、明日決めよう。ちなみに今夜はHutに3人しか泊まっていないという。もっともFeeは$8だというので(テントは$0)せっかく持ってきたテントに泊まらない法はないのだが。

たまたまスイス人とインスタントラーメンの値段について話していて思ったのだが、こっちのシンガポール製ラーメンは70¢、日本円で約60円といったところか。日本ではラーメン一袋60円で買えたかな。80円位じゃなかったかな。

1999注 当時は1NZ$=90円位でした。今は50円台だもんな。(悲)

1月15日 Aspiring Hut (Stay)

昨晩、例の8年祖国に帰っていないというスイス人(彼はドイツ語圏のスイス人だというが、以前Invercargill〜Dunedinで乗せたドイツ人に比べてはるかに英語が上手い。人にもよるのだろう。しかしとにかく、Native Speakerじゃない人の英語は分かりやすい)が「明日(つまり今日)もおそらくこんな天気だよ」と言っていたが、その通り、一日中風雨。とは言っても時折雨もやむし、薄日も射したりするので、重苦しいというほどではなかった。とにかく、初めての悪天停滞となる。山の上はまたも雪が着いた模様で、する事もないので用意してきた文庫本を読む。暇に任せて読み進みつつ、ゼリーなどを作っているうちに一日も終わりつつある。このストロベリーゼリー、どこかで食べた味だと思ったら、かき氷のシロップそのものだ。テントは浸水もなく一安心。コンロのガスは今日一日でずいぶん無駄遣いをしたので、これまた思いの外減った。明日以降のこともあるのでケチって使わねば。したがって、気温も下がり始めた今はつけていないのである。

源氏は松風巻まで読み返した。もし明日も雨でも中巻があるので安心だが、そんなことには決してなって欲しくない。

小屋の管理人によると、明日は少なくとも今日よりはいいらしい。どのくらいましなのかが大きな問題だ。West側が軒並み×だというから、大きめの気圧の谷がやってきているのだろう。是非ともしっかりしてもらいたいものだ。この山域の稜線までは行きたいのだから。

Vodkaは昨日少し飲み過ぎた。これから飲むので今晩でなくなるかもしれんがやむをえん。ビール二本は明日以降に持ち越しだ。

1999注 やっぱりビールも背負ってきてたんだということが分かる。飲んべは全くもう…(笑)。

1月16日 Aspiring Hut 〜Wanaka〜 Queenstown

上図は、Nelsonで会い、Wanakaでも会い、はたまたQTでも会ってしまったMalaysianに書いてもらったもの(省略)。彼はシンガポールからコタキナバルへの安いルートについて、「まずインドネシアに船で渡り、そこからカリマンタン(ボルネオ)に再び船で渡るのが一番安い」というのだが、いかんせん「Not Sure」というのだから、正直言ってあまりあてにはならないようだ。

1999注 現実問題として上記の方法はまず難しいでしょう。ボルネオを南北に貫く交通手段がない以上、ルートとしてはあり得ません。タワウの側から回り込むのは可能なのかもしれないけれど現実的じゃないしね。

ところで、今なぜQTにいるのか。はっきりいって、管理人情報による「まあ、後二日は悪天だね」という言葉に流されたのである。後二日、このままテントでごろごろして、そのあと歩き回るというのも何とものんびりしていて良かったのだけれど、食い物、燃料ともそこまではもたない!という切実な問題があったのだ。朝、スイス人のジョンに起こされ、彼からその情報を聞いてすぐに「仕方ない、じゃ、下っちゃおう」と思ったのだ。もっともこれでMt.Aspiringは断念というわけではなく、「また来るぞ」という強い意志とセットなのだが。

1999注 結局あれから行ってません(^_^;)。

さて、自分は下ることに決めたがどうもジョンも下るらしかったので、「良かったら一緒に下ればCar Parkから乗せてってあげるよ」と声をかけると、「よろしく!」ということだ。最初彼はWanakaまで2日かけて歩き通す!ということを言っていたが、すごい計画だな。その根性には頭が下がる。

YHでシャワーを使わせてもらっていたが、まだ時間も早いので、一気にQTへ。ジョンをCromwellでおろし、途中の直売所でフルーツを買ったりしてQTへと向かう。QTで特にやることもないので、このまま一泊した上でRouteburn Trackに入ることにする。

1999注 この頃、Routeburn Track は予約制ではありませんでした。今は駄目みたいですね。

1月17日 QT〜Glenochy 雨

あのままAspiring Hutにいてもやはり雨だったかと思うと心も少し安らぐ。昨日着いたときは晴れていたQTも夜半から雨が降り始めた。Wanakaもおそらく同じことだろう。ここまで徹底して崩れてくれれば諦めもつくってもんだ。

とにかく今日はGlenochyまで。QT-FMを流しながら車で向かったのだが、いきなりサザンオールスターズの曲がかかったのには驚いた。持っているテープの中に入っている曲でもあったから、ん?これってテープだっけ?と一瞬悩んでしまった。

今日は天気に関わらずテントと決めていたが、ここはそれほど降っていないので何よりだ。ワーデンのおばちゃんいわく、「天気は快方に向かうよ」というので信じよう。今回は山中にテントを持っていかないことにしたので、荷物は軽くて済みそうだ。しかし酒の量が少々足らないのではと心配(今回は5日分で缶ビール一本とVodka720ml。十分なようにも見えるが、昨晩だけでビール一本とVodka350mlが消えたことを考えれば心細いのだ)。まあ、なんとかするさ。

1999注 飲み過ぎだって!

1月18日 Glenochy 〜 Routeburn Falls Hut 晴れ

モノの本にも載っているルートバーンだからと少々なめて歩いていったら、なんとRiverbedから道を間違えてしまった。Flat Hutが行き止まりの場所にあることを知らず、そのまま歩いてしまったのだ。ばかだねーっ。でも、それを除けば、道もこれまでに比べてはるかに手入れがされていて歩きやすく、何と言っても渡渉をしなくて良いのが何よりも歩きやすい。道はFlat Hutまで緩やかな登りと河原歩き、そこからは登りとなるがたかだか40分位。休憩なしならトータル2.5hくらいで着いてしまうのだろう。

ずいぶん人が先を歩いていると思われたし、Falls Hutは20bunkで混むと聞いていたからさっさか行ってみたら、何のことはない、先客はほんの4-5人。どうしたことだ。みんな先の小屋まで行っちゃったのか?と思って聞いてみたら、どうもここの管理人が「明日は雨だ」と吹聴したらしく、そこで早めに着いた客は今日中に峠を越えようと先を急いだらしい。まあ何とかなるさ、と、自分はここで泊まることにする。Glenochyまで一緒だったイスラエル人は先急ぎ組。ほぼ自分と似たようなペースで来たアメリカ人のJaneとJohnはここ泊まり組。Falls Hutにいたイギリス人(日本で英語の教員をしていたらしく、日本の文学作品にも詳しかった。三島文学について語られたときにはどうしようかと思った)も先急ぎ組。どうも高気圧の張り出しが南部に偏っているのが原因らしいが、19:35現在天候はそれほど悪くない。あと36時間もってくれ。あとは諦めるから。

今日のForestは比較的しっとりした雰囲気で良かった。ここはちょうど森林限界に位置しているので少々風がある。例の三島文学のイギリス人に、「光源氏はカサノバではない」と教え込んだ。

1月19日 Routeburn Falls Hut 〜Mckenzie Hut 曇りのちDrizzle

自分が早起きだったのか、他のみんながのんびり屋だったのか、小屋で一番に起き、飯を食い、排泄し、そして出発した。出発は8:00だったからそれほど早いわけではなかったのだが。天気のほうは、出発時において上部のみ時々ガス、ルート上は時々太陽が射す感じで、まあ雨でないのを良しとしなければ。

Saddleまで1時間少々で到着。待ちかまえていたかのように6-7匹のKeaが寄ってきた。靴の破れた部分をかじって穴を大きくしようとするので閉口するが、その写真を撮っているうちにずいぶんフィルムの無駄遣いをした。Saddleからすぐ上のあたりにまでガスが近寄ってきていたので、どうせ上に行っても何も見えるはずはないと思い、コニカルヒルはあっさりパス。コーヒーをわかしたりフルーツ缶を開けたりしてのんびり過ごす。

Saddleからは、ちょっと下ったかと思うと、あとはもうひたすらに山腹を巻く道がずっと続く。ほぼ水平道なので疲れるわけでもなかったがダレた。結局Mckenzie Hutに正午到着。到着とほぼ同時に一気に雨が降り出した。よしよし、今日のトランパーでカッパ着ないで済んだのは自分だけだ。

飯の前後は、昨日知り合った各国混成メンバーとトランプ(ツーテンジャックを簡単にしたようなルール)をして過ごす。明日も雨だろう。Howdenまでにするか、さらにCaple TrackのHutまで進むかはその時の気分で決まるだろう。長かったSabine River歩きが思い出されないわけでもないけれど。

1月20日 Mckenzie Hut 〜Howden Hut 雨

まあやむを得ないことであろう。夜中じゅうずっと雨の音がしていたから覚悟はできていた。小屋内はがたごとと朝早くから小うるさい。Falls HutはBedroomとCommonroomとがドアで遮られていたが、ここはそうでないので炊事関係の音もまる聞こえになる。さらに宿泊客も倍以上だから…結局、騒々しさに耐えきれずに起床し、準備ができたのは昨日より早かった。

Mckenzieからの道は、最初少し登ってあとはずっとトラバース。道はMuddyというのではないが川になっているので靴への浸水を諦めてしまえばさっさと歩ける。滝を通過するときは傘の威力をしみじみと思い知った。が、このザックの防水性はたかがしれていると言うことも後で分かった。

Hutに着き、別に疲れてはいなかったのだけれど、ここで一泊しようと決める。18:00頃になって何と言うことか青空が見えだし、今(19:50)は山の上の方だけガスっている。明らかに天候は回復しつつあり、おそらく明日は晴れるだろうと信じよう。次のHutまでは5hと書いてあるので、朝一番でキーサミットを往復し、それからPassを越えていくことにしよう。さて、歯ぁ磨いて寝るか。

1月21日 Howden Hut 〜Upper Caple Hut 雨

昨夜の期待は朝方の雨音とともに流されてしまった。何ということだ。夜中珍しくトイレに起きたときには星も多く出ていたのに。腹立たしいがどうしようもない。ここにもう一泊する気もないので諦めて出発。

Caple Trackの、Passまでのたかが300mの登りはまことに登りにくく、腹を立てて「なんだよこれ!」と怒鳴りながら雨の中を登る。傘はまた壊れた。雨はそれほど強いのではなく、PassのQT側ではほとんど止んだに等しかったが、Basinらしい地形のBushlineの上は一面の泥の殿堂で、道も幾つにも踏まれ(残念なことだが)ひどい惨状だ。

そこからは樹林の中を下り、例のごとく川沿いの道となる。よく考えるとNZの登山道は尾根沿いのルートはほとんどないのだね。Capleのそれは、これまで似たような川沿いの道ばかり歩いてきていたのと体中びしょぬれだったことから全く感動せず。

Upper Caple Hutの今夜の泊まり客は自分を入れて4人。まわりでNativeばりばりで喋られると自分の聞き取り能力のなさに悲観してしまうのであるが、今夜は自分以外全員Germanなので、聞き取れなくとも落ち込むことはない。ここのVBに「Welcome to Sandfly City !」とあったほどに、ここもサンドフライがとても多い。しかしこっちのトイレは、どうして全然臭くないのだろう。同じ自然浸透式なのに。

明日が22日。Milford Track の予約は2/2で取ってあるから、その前にKepler Trackには行けるだろう。まあ、明日はQTでテントでも張ろう。この小屋は20BUNKSだが、一人分のマットレスの幅が他よりも狭い。5人分のマットを使って寝る。

1999注 「5人分のマット」、どうやって使ったのか、これも今となっては不明だ(笑)。

1月22日 Upper Caple Hut 〜QT
1月23日 QT〜Te Anau

無精なわけではなく、22日は酔っていたので書けなかったのだ。

Upper CapleからCar Parkまでは、最初Forestの中を、やがて牧場の中を、そしてまた谷のトラバース道を、といった感じである。昨日までに比べれば大変楽なのだが、やはりちょっと単調だ。それでも休憩を入れて4h位で着いたのは、やはり14:00に予約を入れておいたバスに遅れたらひたすらの歩きになることを恐れたのと、途中ですれ違った人が「何でも今日のMagic Busは13:00に出るらしいよ」ということを聞いてしまったから急いだのだ。自分のバスはHoliday Parkのやつだからと思ってはいても、やはり不安なのだ。

なんとバスは使わなかった。Jettyに迎えに来てくれた貸し切りモーターボートはワカティプ湖を横断し、一気に車のあるGlenochyまで。Holiday Parkでシャワーを浴び、その足で(車で)QTまで。Glenochyの町外れにヒッチサイン出してる二人組がいたので「シェアでいかんか?」といったらしっかり乗ってきた。ありがたい。おまけにモーターパークでお金をもらうときに($1each)、いやいらんというのに$2×2=$4もくれた。

ここで自分のテントのすぐ下にICIのテントが張ってあったので「こりゃ日本人だな」と思っていたらやっぱりそうで、彼と、YHにいた日本人、ついでに例のイスラエル人も合わせて6人で飲みに行き、テントに戻ってきてからまた少し飲む。

23日は、Te Anauまで行くだけなので気楽だが、YHに貼っておいたPetrol Shareの張り紙には何の反応もない。結局一人で行くことになった。Te Anauでもモーターパークにテントを張って一人酒を飲む。

1月24日 晴れ Te Anau Stay

起きたら一面のドピカンである。何も準備をしていなかったので、今日は上天気でなくとも良かったのだが仕方ない。それにしても肝心なときには晴れないな。明日は雨じゃないだろうな(もうパッキングはしてある)。今日は一日中昼寝をすることに決めて、日中は確かに昼寝。夕方近くになって釣りに行くが未だ釣果なし。

1月25日 Te Anau 〜Mt.Luxmore Hut 快晴

昨日の好天は逃した形になったが、今日も良い天気である。9:00の渡し船に乗るべく港に行って待っていたが、どうやらここではないらしい。Fioldland Travelの桟橋あたりからか?と思って急いで戻っていったところ、哀れなことにまさに向こう岸向けて発進していく一隻の船。やられたあ。

どうしようもないので歩くことにする。水門まで車で行き、そこからひたすら湖岸沿いの道を行く。登り口のBrad Bayからは2.5hでHutまで上がってしまった。失敗したのは水。どうせどこかで小沢くらい渡るだろうと思って水を持っていかなかったのだが、一度も水をくめる場所がない(湖からくめばあることはあるのだが)。一度、崖からしたたり落ちる水をすくって飲んだりはしたが、絶対量的に不足。3ccくらいのモノだったろう。でも身体は快調。どんどん飛ばし、Hutには14:00前に着いた。天気も良いのでヘリポートの上でひなたぼっこをする。昨日コロミコでダビングしてもらったユーミンの曲が心地よい。Vodkaが入っていたせいもあるだろう。そのままうたた寝してしまった。そのあとCaveに行ってみたりして良い暇つぶしもでき、何とも快適な午後である。朝方のいらいらはTe Anau湖に葬ってきた。

天気であるが、東のほうから何かいやらしい感じの雲が襲来しつつある。どうもマズイ。明日こそ晴れてもらわにゃならんのに。やはり昨日のうちに登ってきておくんだったか?

1月26日 Mt.Luxmore Hut 〜Irish Burns Hut 晴れ

昨晩雲が出ていたので今日は駄目かと思いつつ寝ていたが、誰かがこともあろうに6:00に鳴らしたアラームで目が覚めた。外を見ると、良さそうな天気じゃないの。急いで日の出を見に外へ出る。一面の雲海でTe Anau方面は見えない。しめしめ今日も良い天気だと思いつつシャッターを切る。ガスは時折はぐれ雲的に上がってくるが概ね快晴といってよい。風もなく上天気。久々に好天をつかんだ気がする。小屋に戻りそうそうに準備をして出発。しかし、こっちの人たちは日の出を見る習慣というものがないのだろうか。この時間になっても起きだしてたのは自分だけであった。

Mt.Luxmoreの頂上でモモ缶を開けてくつろぐ。そこからしばらく行ったShelterではDBビールをオープン。うーむ、最高じゃあ!

そこからの下りは正に40ターン。橋まで38ターン。数えつつ降りた自分も結構暇だな。小屋には13:30頃着く。Vodkaをひとしきり飲んだあと、滝見物に行ったはいいが、写真を撮る段になって巨大滝壺の中でこけてしまう。タバコを10数本濡らしてしまったのはいいようもない損失である。

とにかくメインの今日も晴れた。とりあえず明日は雨でも良いです。

1月27日 Irish Burns Hut 〜Shallow Bay Hut 晴れ時々曇り

Irish Burnsのワーデンさんは若い女の人で、昨日昼に着いたときは胸元も露わな格好で除草作業にいそしんでいたのだが、夕方になってConservationの制服で現れたときには何だか見違えるようで色っぽく見えた。

それはともかく、天気もまあまあで、今日はMoturau Hutには泊まらず、もし空いていたらShallow Bayまで、駄目なら一気に帰ってしまおうと思いつつ出発。Hut Fee$12はやはり高いものね。あの騒々しさで。

昨日もトップで出発したが、今日も-3番手くらいだったようで、途中で先発のトランパーをみんな抜いてしまったから、ルート上にある蜘蛛の巣を払う仕事は自分の役目となった。樹林の緑は、木漏れ日とあわせてとても綺麗なのだけれど、川沿いの道は少々飽きた。ガンガン歩く。道がよいのでスタコラと今後のことを考えながらいくうちにいつのまにか1h歩いていたりした。結局Marahauまで3h55mで到着。ここではチョコを食っただけで、サンドフライに促されて出発。

Shallow Bayには誰もいない。メインルートからはずれたHutだから混むこともないだろう。午後はマナポウリ湖を、まさに一糸まとわぬ姿で泳いだりして過ごす。このあとドイツ人のカップルと、もう一人日本人ととの4人になった。ドイツ人の女の子、Tシャツにノーブラで水から上がり中身がしっかり見えてたままでした。いいもん見せてもらった。

1月28日 Shallow Bay 〜Te Anau 曇り

心持ち雲の量は増えたが雨の降る気配はなく、今回は雨具を使わずに済みそうだ。車の停めてある水門まではさすがに長かった。途中便意を催し、茂みに隠れている間にみんなに抜かれるが、そのあとすぐ追いつく。

モーターパークでシャワーと洗濯をするが、今日はここに泊まらず川沿いの空き地に一人でテントを張ることにする。夕方再び釣りに興じたところ、アタリが来てやった!と思ったのだが、合わせかたが悪かったのか糸を切られてしまった。悔しかった。

2/2のMilfordまでまだ間があるがどうしよう。ManapouriのShort Trackでも歩いてみようかと思うが、ここで天気がいいとMilfordは雨ということだから、複雑な心境だな。

1月29日 Te Anau停滞 曇り

トータルすれば曇りなのだが、実際は雨が降ったり強い日ざしが照りつけたりと変化の激しい天気であった。今日は釣りにいそしむがまたもや釣果なし。でもいい暇つぶしだ。今日はGrade Houseまでの船のチケットを買った。明日か明後日に車をMilfordまで置きに行こう。帰りは…ヒッチになるかもしれないな。

衝動買いをした桃の箱買いは、あとでよく見ると「For Cooking」と書いてあってがっくりきた。半分つぶれたのやかびの生えかけとか。$2.36/箱は安すぎると思ったよ。明日は釣りにしようと心を決め、夜11:00頃までかかって真剣にカレーを作ってしまった。これは明日の朝食用だ。

1月30日 Te Anau停滞 晴れ

今日の一大ニュースは、「苦節5ヶ月、ついにTroutかかる!」で決まりだ。朝、いつものように朝日がテントにあたり、まぶしくて目を覚ます。またもや今日も晴れである。Manapouriのショートトラックに行くなら今日しかない(Hut1泊)とも思ったが、やはりやめた。ルアー釣りのこつも覚えたし、今日も釣りに行く。昨日から目を付けていたポイントで5-6回巻き上げた頃だろうか、本当にアタリがきたのである。ビビーンと引っ張られた。緩めたら切られると直感的に思ったので、常に糸を張った状態にして少しずつ巻き続けた。…結果、釣れてしまった!このド素人に!

少々小さめなのかもしれないが、それでも十分に大きいことは言うまでもない(自分にとっては)。とにかく嬉しくて仕方なかったが、まわりに誰もいないのでせいぜい独り言が盛んになる程度。写真ばかり撮る。誰かほかに日本人でもいれば一緒に…とも思ったのだが、モーターパークにもYHにも誰もいない。ま、一人でもいいさと、ワインを買い込んで自分一人だけのテント場で焚き火を起こし、ホイル包みのワイン蒸しにする。

【レインボートラウトのワイン蒸しレシピ、いや、材料】

マス切り身(大量)
バター:ホイル内側に厚めに塗る
レモン:絞る。またスライスを乗せて蒸し焼きにする。川魚の臭い消し。
ホワイトアスパラ:つぶして切り身の下敷きにする
ケチャップ・塩少々
ワイン

旨かった!!!とりあえずこれで思い残すこともなくなったのである。一匹全部平らげ、腹も満ちた今、焚き火の横でこれを書いている。21:05、まだ日は暮れていない。鳥がすぐ横でさえずり、上空には鷹(だろう)も餌を探して旋回している。真横はさっき釣り上げた川、空は青空。ワインを飲んでいる。日本に帰ったあと、こんな生活、一日でもできないかなあと思う。

1999注 毎夏ごとに似たようなことをやってます(笑)。

1月31日 Te Anau 〜Divide(Key Summit Return)〜Marian Corner(Lake Marian Return)〜MIlford Sound 晴れ

今日もまた良い天気である。もうこの時点で、半年も前に予約したMilford Trackは雨中行軍になることを覚悟した。

まっすぐMilfordまで行ってもすることもないはずだし、天気も良いので兼ねての計画(いつ立てたんだ)通り2ヶ所寄り道をすることにする。Divide直前まで快晴だったのに、峠では上空にガス。いったんは「行っても無駄だ」とも思ったのだが、「まあここまで来たことだし」と思い返したのが正解。通り雨ならぬ通りガスの影響はほとんどなく、快晴のキーサミットであった。二人のドイツ人と無駄ばなしをしながらのんびりと過ごす。

次にLake Marianへ。朝飯を食っていないことに気づき、コンロと鍋とラーメンをもって登る。道は最初はとっても良いが、中盤あたりは少し急。ま、普通の山道といったところか。このところ整備された道ばかり歩いてたからなあ。登山口から50分ほどで湖岸に到着。空は快晴、微風、景色爽快、自分一人の世界をしばらく独占した(あとで一人登ってきたけれど)。

再びメインロードに戻ってMilfordを目指す。この道、晴れていれば最高の景色だ、ということにあらためて気づく。Homer Tunnel手前から登り出すコルヘの道はなかなか面白そうだ。Milford Trackの帰りに是非登ってみようっと。さ、明日はTe Anauへ帰らなきゃ。雨かなあ…。