Mt.Wilhelm(ウィルヘルム山)
− その4 頂上から往路を戻る、ひたすら戻る!また犬に襲われる! −

さて、暴風雨雪の頂上にいたのはたかだか10分。えらく寒かったし景色も全然ダメだからということでさっさと下山を開始したわけです(頂上出発は8:05でした。要はHut出発から6.5時間かかったわけですね)。

しかしこの「下り」も、登り同様小さなアップダウンを繰り返しながら降りるわけで、そう簡単にずんずんと降りられるわけではありません。「はぁ、かったるいなぁ、頭も痛いしなぁ」と思いながら下っていたわけですが、進むに従ってあたりに少しずつ変化が‥。



うむむっ、ガスが取れてきた、きた、きたぁ♪

そうなんです、天気が回復に向かい始めたのです。そういえばモンドさんが頂上の手前で「この山は、案外8:00から9:00頃に天気が回復することが多いんですよ」と言っていたっけ。う〜むその通りだ。そうなると気になるのが頂上のほう。「さっき降りてきたばかりのあの頂上までも今やしっかり晴れていたら、くぅ〜悔しいぞ」というのが本音だったんですが、頂上付近は相変わらずガスの中、結局ガスが取れることがなかったのは不幸中の幸い?(苦笑)。

でも、やはり標高は4300mあたりを歩いているあたりで視界が開けて来るという気分はなかなかよいものです。はるか下界はジャングルゆえ目印となる人工物は見えませんが、それはそれでいいものですし(雄大な風景です)、登ってくる時は暗闇で何も見えなかったLake AundeやLake Piunde方面がくっきり見えてきたのは何とも嬉しいものです。はぁ、来て良かったぁ。



これはずいぶん下ったあたりの写真ですが、二つの湖、きれいでした!

さて、前述の標高4300mあたりまで下ってきた頃、おしんこどんに異常事態発生。疲れたというのではなく、「動けない」らしいのです。

このページをお読みの皆さん、「シャリバテ」という語をご存知でしょうか。「シャリ=お米」、そのご飯パワーが切れることによっての急激なパワーダウンのことをシャリバテというわけです。ほら、アンパンマンでもあるでしょ、「ちからが出なぃ〜」といって墜落していくことが。ただ、アンパンマンの場合は顔を潰されたりして本来のパワーが出なくなるわけですが、シャリバテの場合は「お腹が減って力が出ない」というのが真相なわけですね。

Takemaの場合、実はシャリバテを体験したことはありません。いくらお腹が減ってもパワーそのものは全然大丈夫。1日9時間歩行のようなハードな日の朝ご飯がビスケット2枚、昼ご飯が魚肉ソーセージ1本、夕飯がビールとさきイカ、ちょっと贅沢してチーかま1本、以上!ということだって別に何ともありません。そういう体質なんでしょう(そういうふうに鍛えてきたのかもしれませんが)。

でも、おしんこどんの場合は全く逆です。血中糖度の問題なのか何なのか、ある程度お腹に何かが入っていないと途端にパワーがなくなるのが彼女の特徴です。

登りのおしんこどんは、休憩ごとに砂糖をなめていました。それでまぁ頂上までは余裕で行かれたわけで。しかし、さすがに砂糖パワーも尽きてしまったこの下りで、彼女は急激に動けなくなってしまったのです。

昼食、食べたの?実は持参していません。だってランチは小屋に戻ってから食べるつもりでしたから全部小屋にデポしてあります。行動食?オレンジはありました。でも足らないなぁ。バターを塗ったサンドウィッチも持っていたのですが、ある程度以上に疲れてくるとそういうのも咽喉を通らなくなるというのは、ある程度山で悲惨な経験をした人なら実感としてわかることでしょう。そう、おしんこどんはそんなへろへろ系サバイバル状態に陥ってしまっていたわけです。
しかしよく考えてみれば、「お昼には降りてくるからHutでランチ」というのは一見至極もっともですが、朝食時間は夜中の1:00頃だったわけですからやっぱりちょっと無理があるような計画です。たぶんどのガイドも同じスケジュールを示してくるでしょうから、このページをMt.Wilhelm登山の下調べとして読んでいる方は、ちょっと多めの行動食をお忘れないようにということを覚えておいてください。日本からの登山ツアーの場合は大丈夫でしょうけれど。



一生懸命下るけれど‥すぐ休む。すまんね、おしんこどん。

それでも、休み休みながら懸命に下るおしんこどんは何とか4100m近くまで下ってきました。ここからは稜線を外れて一気に下ることになります。



ここからは正面の山に登らず、左側を巻いて下るだけなのだよ、頑張れおしんこどん。
左写真は、ルート沿いに生えていた草をアクセサリーにして喜ぶモンドさん。笑っていないようで笑ってる。

さて、一気に湖目指して下り始めてしばし、上方の山腹に何やら白っぽい残骸のようなものが見えてきました。往路の時はまだ真っ暗でしたから見えなかったんですが、実はこれ、飛行機の残骸なのです。しかも、第二次大戦当時の。

当時はレーダーによる飛行ではなく基本的に有視界飛行だったのだろうと思いますが、そうなるとこの山脈にガスがかかっている時、飛行機はとにかく上方に逃げるしか手がありません。しかし、このくらいでいいだろうと上昇をやめて山脈を越えようと思った瞬間、山腹にドカーン。何だか信じられないような話でもありますが、大戦中や大戦後、Takemaの調べた限りでも3件の衝突事件が起きているというのですから、その様子は当たらずとも遠からずといったところなのでしょう。そして、その中には旧日本軍の戦闘機も含まれていたというのです。



中には道のすぐ近くに転がっている破片もありました(写真右)。
60年弱もの長い間、この残骸はここに放置されたままなのです。

ちなみにこの残骸は1946年のオーストラリア軍のもののようです。「ん?1946年?戦争は終わっているはずなのになぜ?」と思われる人もいると思いますが(私もそうでした)、モンドさんに話を聞いてみると、「戦争は終わったとはいえ、現地の日本軍の中にはなかなか降伏せず抗戦を続けていた部隊もいたようで、この飛行機はそんな日本兵を空から捜索中にこの事故を起こしたようです」との説明がありました。考えてみれば、「なかなか降伏しない」のは「戦争が本当に終わった」という情報が密林の奥まで伝わらなかった影響も大であると考えられます。そして、それを捜索しているうちに‥何とも悲しい話です。

日本からはるか遠く離れたここPNG、戦争後もなおそのジャングルの中に多くの日本兵が臨戦態勢にいたということ、また風土病に冒されていても治療されないままこの地に命の炎を消していった日本兵がいたということ、そして何よりもここPNGは全土的に戦争の激戦地であったということ。このことは旅の後半にいやというほど思い知らされることになるのですが、ここではまだ多くを語らないことにしておきましょう(「もう語り始めているぞ」とツッコまないでね)。



昨日散歩にやってきたLake Aundi。いやぁこうして見るときれいだこと。

そして、ようやくの思いでHutに到着したのは13:30。ちょうど12時間もの長い間、ほとんど何も食べずに(=長い休憩もとらずに)歩き続けたことになります。いやぁ、よく頑張ったぞおしんこどん!

しかしそれもつかの間、1時間の昼食休憩のあと、今度は登山口のBetty's Lodge目指してさらに800m下らなければなりません。「ま、一日の下り標高差としてはキナバル山(2400m下る)より短いしなぁ」と強引に自分を納得させて下ります。おしんこどんは靴が足に当たって痛くなり、ちょっとゆっくり目に下ります。しかし、ロッジまで標高差にしてあと200-300mかなあというところで、「あ〜あ、もう待ちきれないもんね!」という感じでスコール襲来!



下山の途中、ケグスグルの町と空港が見えた。え、町?空港?わかりますか?

とたんに不機嫌になったTakemaは、「傘くらい出そう」という言葉を発しませんでした。よって、全員が雨に打たれながら黙々と下ります(ま、傘や合羽を持っているのはうちら2人だけでしたが)。おしんこどん、雨にはうたれるわ、足は痛いわ、んでもって不機嫌になった夫はすぐ後ろにいるわでいやぁ可哀想(今さらながら御免なさい)。

しかし、その天罰だか仏罰はしっかりとTakemaの身に降りかかったのでありました(笑)。

雨の中、やっと前方にBetty's Lodgeが見えてきました。あそこまで行けば全ての登山は終わりです。そう思った瞬間、Takemaは宿に向かって走り出しました(下山最後の瞬間を撮りたかったからなのですが)。そして、建物のすぐ前まで走り降りてきた時‥

どこかで見たロゴでしょ?(笑)。そうなんです、Takemaはまたお犬様に襲われちゃいました(爆)。今回は噛まれることはなかったですが、あ〜、もうこうなると犬不信。「犬をつなげよ、俺、もういやだよぉ」と泣きが入ります(結局つなぎませんでしたが。そもそもこちらでは「つなぐ」習慣がないんだからしょうがないですな)。おしんこどんをはじめ、皆さんが宿に入った後も「むぅ〜、むぅ〜」的に建物に入れないTakemaだったのです(「笑わば笑えっ!」って感じですな)。

しかし、これってもしかして‥仏罰を食らったのは自分のようですな(笑)。



宿の周りは花がいっぱい。入口の両脇にテンコ盛り状態で飾られているカラーの花にご満悦のおしんこどん。

というわけで、返り討ちに遭いながらも(苦笑)、まずはPNGのフィジカル系最大イベントといえるMt.Wihelm登頂が終了しました。さ、後は観光だい!Betty's Lodgeで山の疲れを癒した後は、Mt.Hagen(マウントハーゲン。とはいっても山ではなく町の名前)に移動します。

[戻る]  [次へ]