借りた、走った、コケた!(2)

いよいよ出発です。とはいっても、余計な荷物はこの Lek House に預けていくことにしたので、お互い荷物はデイパック1個だけ。どうせ今日はメーサイに1泊するだけだし。


チェンライからまずは国道1号線を北上する。しばらくは片側2車線の立派な道。快調に走る。途中から片側1車線になるも、交通量は日本の地方国道並み(ただし全体的にスピードは早め)なので特別な問題はなし。この道をとにかく直進してしまえばメーサイまで行ってしまうのだが、それではあまりに芸がない。そこで途中の Mae Chan(メチェン)から国道1号をはずれ、ローカル1089号線に入る(写真はメチェンの分岐標識。よく見るとタイ語の下に小さく英語表示がある)。

1089号線にはいるととたんに車の通行量が少なくなる。この道をずっと直進すると再びあのタートンに舞い戻ってしまうのだが、それでは意味がない。ちゃんと途中で曲がるよう、標識には気をつけて行かなくては。

この道は最初の頃こそ平坦だが、途中からは峠越えの道となり、ぐんぐんと高度を上げていく。もちろん下は舗装されているのだが、浮き砂と舗装の穴に注意しなければならないので、思ったほどスピードは出ない(出さない)。そして、やっと上りつめた峠に、ドイメーサロン方面への分岐があった。そこからはさらに急な上り坂。細いくねくね道がこれでもかこれでもか、という感じで続く。DT125ではギアをセカンドに入れないとどうしても登れない道だ。これでも国道なのか!(1234号線)。途中、車とすれ違うときに愚かにも止まってしまい、久々に教習所の坂道発進を思い出しつつそっとクラッチをつなぐ。普通につないだらウィリーするぞ。

このあたり、途中に点在する村はほぼ全てが山岳民族のものだ。地図を見る限りでも、アカ・ヤオ・ラフ・リス族の村とあるのだから、「うーん、タイにしてタイにあらず!」とつい考えてしまう。少しずつ傾斜も緩くなったな、と思われた頃、やっとドイメーサロン(サンティキリー村)に到着。ここはなぜか中国国民党の関係する村であり、本土で中国共産党が権力を掌握した頃にここまで逃げてきたものらしい。台湾だけではなかったのだ。だからここでは中国語(北京語)がいまだに通じるというが、もともと話せない自分にとっては真偽のほどはわからない。ただ、国民党関係らしい小さな(本当に小さな)博物館のようなものがあったので、嘘ということもないと思う。ただ、そこに飾ってあった写真が蒋介石のものだったのかどうか?

ちなみにこの村、今はリゾート化しつつあるようで、確かにそれらしきホテル(とはいっても外国人用とはあまり思えない)がいくつかある。たしかに村の標高は1000mを越えており、昼間でも吹く風は涼しい。でも、村の中央の屋台群や青空市場は数年前のままであった。そういえばこの屋台群の中に、滋養強壮用の酒だろうが、長さ30cmはあるだろうムカデというか、ムカデを10倍くらい太くしたようなげに恐ろしげな虫を入れたものがあった。飲んだことのある人は是非ご一報を頂きたいと思います。我々二人は「うげげっ!」というばかりで手も足も出ませんでした。

さて、ドイメーサロンからは登ってきた道の反対側に下り始めることになる。こちら川の傾斜はさほど(少なくともあっち側よりは)急ではなく、まあマイペースで下っていくことになるのだったが、なんと、takema、カーブを曲がりきれずにそのまま脇の草むらに突っ込んでしまった。後ろから追ってきていた先輩いわく「別になんてことない右カーブだったのに、おいおいなんだかそのまま直進してくぞ!」と思ったらコケてたぞ」。こける直前、浮き砂か浮き砂利があったように重い、バンクさせることが出来ずにげげっ!と思ったのだったが、どうやら気のせいだったようだ!無念!(幸いカメラは自分が持っていたため、証拠写真は撮られずに済みました)

人間様は左足に中程度の捻挫。DT125は・・・幸い倒れたのが草の上だったので何と無傷。よかったーっ!
でも忘れない。コケた自分に走り寄ってきた先輩の第一声が「何やってんだよ、バイク大丈夫か!?」であったことを。後で聞いたら「あのコケかたならあいつは大丈夫だ。でも問題は、バイクが動くかどうかだ?」と思ったのだそうだ。それにしてもねえ・・
さて、ショックも癒えぬまま、バイクを変えてもらい(AX-1のほうがギアチェンジがしやすかったのだ)再びツーリングを続ける。さらに下っていくと、道沿いにアカ族の村があった。民族衣装に身をつつんだ女性達が何人か座っていた。バイクを止める。こうなると普通は土産物を売りに来られたり、写真を撮らせて写真代を請求されたりする(メーサイの橋のたもとなんかすごいものね)ことが多いんだが、ここではちょっと違い、写真は撮らせてくれるのだが直接お金は請求してこない。ただ、すぐ近くに Donation Box らしき箱があり(箱に書かれているのはタイ語のみなので読めない)、どうやら寄付はその箱に入れてくれ、ということらしい。なかなか賢いやり方だ、と感心しつつ、彼女らにちゃんと見えるようにお金を投入する。

この村でもう一つ気になったものに「Spirit Gate 」がある。要は「精霊の門」なんだが、何だかこれを見て日本の神社の鳥居を連想してしまうのは我々だけではないと思う。日本人の起源を雲南省あたりに求める考え方も、これを見れば「なるほどそうかもなあー」と思えてしまう。

さて、この後は村全体がおみやげ物屋化しているヤオ族の村をひやかしたりしつつ、再び国道1号に戻り、一気にメーサイへ。

国境の川であるサイ川沿いにある Mae Sai Riverside Guesthouse を今宵の宿とする。この日の夜は久々に洋食(オムレツ・フレンチフライ・サンドイッチ)。ビア・シンから始まった酒はいつしかメコンウィスキーに変わり、店員の女の子たちとはしゃいでいるうちに、そのうちの一人のいうには「1amに仕事終わったら、あなた達の部屋に遊びに行ってもいい?」おいおいちょっと待ってくれよ、それってもしかして・・♂&♀☆★☆!とかいうんじゃないだろうな!そんなつもりでタイ来てるんじゃないんだぞ!ということで、先輩としばし協議の上、ここはトランプでもしてごまかそう、そして眠くなったことにして帰らせようということにする。しかし、案ずるより産むがやすし、女の子2人と男の子(19才だといってた)との3人組でやってきた。とりあえずタイ人は知らないらしいババ抜きをして過ごすことに。たかがババ抜き、されどババ抜きって感じで盛り上がったのだ。

おまけ : 誓ってやましいことにはなりませんでした。彼女のうちの一人が「うちに遊びにおいでよ」と誘ってきましたが、きっぱりと断りました(おいおい本当か?はい。)。

そんなわけで、何だか情けなかった1日ではありましたが、明日はここからゴールデントライアングル経由で再びチェンライへ。黄金の三角地帯も今は昔、今ではテニスコート付きリゾートまであるエリアではありますが、やっぱり田舎、のんびりしています。

 おおっメコンじゃメコンじゃ!(このファイル名やばいか?)

 象の村までオフバイクで行こう!(タイ旅行スタートページ)