− Page17 馬の背に揺られること6時間、ようやく今宵の宿へ(レソト王国) −



あー、何だかアンナプルナ山域(ネパール)のカリガンダキ川沿いを思い出します!あの時は自分で歩いてましたが(笑)。

最初の休憩場所から少し登ると、そこからはしばらくはほぼ平原の真ん中を進むようになります。周囲はトウモロコシを刈り取ったあとの赤土畑が延々と続いていましたが、しばらく進むとただの草原にかわりました。あー広い、そして見事に何もありません。降水量も少なく、そしてその雨のほとんどが「ドカンと一発」系(1回の降雨が700-800mmに及ぶことも珍しくないらしい)でやってくるだけというこの地で、灌漑用の井戸もなさそうなのに一体どうやってトウモロコシは育つんだろう?

おそらくは「ドカンの雨」を想定した準備もある程度は考えられており、もちろん最初の植え付け時には川まで水を汲みに行くこともあるでしょうが(あ、機動力のメインは馬かなと思いますが)、収量よりも「干ばつに強い」品種を植えているんでしょうね。でも、刈り取りの終わったトウモロコシの「幹」は随分と細いものでしたが‥。

それでもこれだけの畑を持つこの村は農耕的に恵まれているはずでしょうね。これより奥の村々では、あってもほんの僅かな野菜畑にあてる農地があるくらいでした。しかしだからといってその広さが直接村人の「幸せ指数」にはつながらないであろうことは、2007年に訪問したバヌアツが「幸せ度No.1 in 2006」に輝いた国であることからもわかります。電気もガスも水道も電話も通じないエリアを数多く持つ国という点ではここレソトも全く共通しているわけですし。

でも、あらためて「Happy Planet Index」を見直してびっくりでした。それは‥

うーむ、今回訪問した各国はそれこそ「最下位エリアを独占」していたのであります。
思うに、この南部アフリカ地域が軒並み再開にランクされた理由としてHIVを抜きにすることは出来ないでしょう。HIVだけの要因ではないにしろ、ジンバブエの平均寿命は「36才!」(「The World Health Report 2006」による)、ここレソトでも38才という超短寿命となっています。しかしジンバブエのムガベ大統領(2008年現在)が84才で大統領に再任されたように(その再任が合法であるか否かはともかくとして)、誤解されやすいのですが平均寿命だけでその国&そこに住む人々を測ることは出来ません。みんなが40才手前で死んでしまうわけではないのです。

もちろんこの「平均寿命」とは統計のマジックです。ここで大きく数値を動かすのが「乳幼児の死亡率」で、この率が高ければその国における平均寿命はぐんと短くなります。考えてみれば日本でも「人生50年」」と言ったとかいう織田信長の時代よりはるか前、「40才に届かないくらいで死んでしまうのが無難だよ、あとは外内面ともに醜くなるばかりだからねウフフ」などと「徒然草」に書いていた吉田兼好はしっかり68才まで人生をタンノーしたみたいですし、ついでにその時代の人でいえば、反藤原道長派の急先鋒ながら世渡りがうまくて潰されずに済んだ藤原実資などは90才まで生きています。90才って、今だってなかなか難しいゾ。

ちなみに同Indexによるとバヌアツの平均寿命は67.7才。なるほどねぇ。
しかし、貧しく産業もない国とはいえ、ここレソト王国の人々の表情にそれほど暗い部分が見えなかったのは何よりの幸いでした。マレアレアは観光に活路を見出し成功した地域ですが、レソトから出国する日にわれわれを案内してくれたハーマンさんなどもいい表情をなさっていたもんね(後述)。何を以て幸福と判断するか、その絶対的な尺度は存在するのか、難しい問題です。

さて話をトレッキングに戻しましょう。丘陵地帯を進んでいくと、何と立派な車道(未舗装ですが)に出ました。この道はマレアレアとは別の方角から延びてきているようですが、しばらくはこの道を辿っていきます。



2度目の休憩場所。だいぶ慣れてきました。



道路があるとはいえ、車が通ることは一度もありませんでした。子どもたちが走ってくるのはいつものこと。

さてその道路からも離れ山道(とはいえ奥の村に住む人たちにとっては生活道路ですが)に入っていきます。それとともに地形も徐々に急峻になっていき、「あー山奥に入っていくんだな」という感じになってきます。



道幅は広いですが、もうここには車は入ってこられません。皆さん歩く歩く、ん?頭に乗せているのは何なんでしょ?



ところどころで沢を渡ります。お馬はのどが渇いているので大体いつも小休止。この先でビーフサンドの昼食。



この奥に畑はなく牧畜のエリアになります。またヒツジの群がやってきました。もう村まで遠くありません。




「初日の後半コースダイジェスト」

ヒツジの群れとすれ違い、馬には関係なくても乗り手には厄介なヤブを通り越し、そして最後の坂を登っていきます。

Wmv形式、4.88MB、2分11秒

さて、そうこうしているうちに山の斜面に何軒かの家が見えてきました。聞けば、あそこが本日宿泊する予定のリバネン村なのだとか。ふぅ、そんなわけで何とかへろへろになる前に到着できました。到着は15:05、休憩を考えれば思ったより早く着いたというのが実感です。

と、馬を下りたすぐ脇では子どもたちが数人遊んでおりました。こっちを気にしながら、でも自分たちのこれまでの遊びにも気を取られながらという感じでなかなかいい感じ。ちなみにそれまでの遊びはいわゆる「おままごと」だったのか、その主人たる女の子は最後まで「お古の鉢」と思われる容器で土をこねておりました。ごめんねお遊びタイムの邪魔をしちゃって。



家の前で遊ぶ子どもたち。背を向けた女の子が土をこねてます。



しかしここでおしんこどんが何やらちょっかいを出すのはいつものことです(笑)。



この子達の気持ちは完全にこちらに向いちゃってますね(笑)。

そうこうしているうちにガイドのラーさんが馬から全ての荷物を外し終わりました。本日の営業活動を無事終えた4頭の馬は、ゲージに入れられるでもなく綱で結ばれるでもなく、自由行動を許されてそのあたりの草を食べています。ちゃんと水も引かれていますから(われわれの飲用ではないですが)、山腹の中腹にあるこの村の周辺からどこかに行ってしまうことはないのでしょうね。

そしてこの小屋がわれわれの宿であります。もちろんこの村にはわれわれのようなツーリストがやってくるわけで、この小屋はツーリスト宿泊専用に使われています。でも村の人はツーリストに全然媚びたりしません。距離を置いているわけでもないのですが、こちらが小屋の前でぼーっとしている時など声をかけてくれる代わりに、近くで作業しているときなどはこちらに視線を向けるわけでもありません。

そんなこの村、自分としての居心地としてはとってもいい感じです。しかしここで、「あとはゆったり焼酎の午後をタンノーしようかな」という野望はラーさんの次の質問でついえたのでありました。それは、

うわーそうきましたか!というわけで、本日のイベント第二弾がここからスタート!「焼酎をあおって眠るだけ」というまでにはまだまだ先が長そうです(笑)。
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