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- 2019夏、ジョージア編(4) イスタンブール経由でジョージアのバトゥミへ -



成田発にしては遅めのフライトで、まずはイスタンブールを目指します。


夕方に出発、いつもの京成電車で成田空港第1ターミナルへ。スカイライナーとか成田エキスプレスを使って華麗に成田入りを果たしたいのは山々なのですが、千葉県市川市に住んでいる関係上たぶん永遠にそれはないかなと(笑)。

夕ごはんは初めて入った和食の店にて(いつもの海鮮三崎港は何と「本日シャリ終了により早め閉店」でありましたので)。何だか天ぷらの油がややおつかれモードだった気もしましたがその理由はあとの方でわかりました。



あとで気づいたことですが、われわれが登場するTK(ターキッシュエアライン=旧日本名はトルコ航空)51便のフライト時刻は21:40。実はこのフライトが第1ターミナル最後の出発便だったのです。成田空港は開港に至る経緯から、今も23:00-翌6:00までの離着陸が認められておらず(2020のオリンピックを念頭に「24:00までにしよう」と動いているようですが、それでも24時間運用の安定感には遠く及びません)、しかも現状では「22:00-23:00までは離発着便数の制限」もあり、2019/7の現状では第2第3ターミナルを含めても「ほぼオーラス出発組」だったようなのです(着陸便もあるからね)。



そんなわけでいざ機内へ。12時間という長距離フライトゆえ、予約時に「足もとの広い座席」を予約していたのですが、確かに目の前は広いんですがなぜか真横に窓がない!(私は窓際族、いや違った窓際派です)。またCAの方々のブースが目の前にあり、私語がかなり多くてうるさい(残念)。しかも夜中の消灯時にブースの灯りが点灯し(まぶしいので目が覚める)、「ん?何かあるのかな?」と思ったらCAが自分のオレンジジュースを飲みに来ただけだったりして(せめてカーテンを閉めてから個人的作業をしてほしい)‥



そう感じた次第です。もっとも帰りの便ではそこまで感じなかったし(席の位置が違ったからかも)、エアカナダのように「思いきり個人的評価が変わった」こともあったので、今後に期待しましょう。ま、おそらくはCA個々人の資質というか心がけによる部分が大きいとは思うのですが。



ところで「イスタンブール=日本の西方」に向かうのですから単純に西日本を通っていくのだろうなと考えていましたが、それこそ「メルカトルの罠」にはまりまくっていたわけで、実際はずいぶん北回りで進んでいきました。地元の同級生で某航空会社のパイロットとして乗務しているOくんには「Takema、バカ?」と一笑されそうなことなのですが、50歳台半ばを過ぎても所詮こんな知的レベルである自分をお許し下さい。

ん?でも右上画像は目的地たるイスタンブールの方向を指していない?(距離表示が増えたりしますし、そもそも目的地までの距離表示との整合性が全然ないし)。たぶんこれは「聖地メッカの方向とその距離」を示しているんだろうなと。イスラム教徒向けのサービスと思われます。ちなみにフライト中にアザーンのアナウンスは流れませんでしたが、時間軸の中を移動する航空機内ですからねぇ。



イスタンブール「新空港」にはAM3:40に到着。しかしボーディングブリッジ利用ではなくバス移動って?ターキッシュエアラインはもちろんトルコのフラッグキャリア、そのキャリアの大型機(ほぼ満席)の到着なのに「最後はバス分乗」って?狭かったであろう旧アタチュルク空港ならともかくとして、ほんの数ヶ月前に開港したばかりの新空港なのに?

ほんの数ヶ月前に開港したばかりの新空港、まだまだ言いたいことがたくさんあります。



まずは「喫煙所(Teras)」。Takemaも喫煙者ですが、この新空港の喫煙所設備は分煙が全然ダメで、左上画像の撮影場所あたりでも煙の臭いがプンプン。ちなみに左上画像で見えているガラス張りの部屋は喫煙所そのものではなく緩衝スペースで、喫煙所はこのスペースを通り抜けた屋外にあるのですが、「強制排気」の設備がない or 役立たずらしく、屋外からの煙がどんどん入り込んでくるようなのです(扉はあるのですが、頻繁に人が出入りするため役に立っていない)。

喫煙所を屋外に設置するのではなく密閉した個室内(二重扉)とし、その喫煙室内から強制排気するようにすれば煙の逆流などもかなり防げるはず。日本の公共喫煙所も二重扉になっているところはほとんどありませんが、シンガポールのチャンギ空港などでは1990年代初頭からそうしていた記憶があります(ちなみにチャンギ空港の排気ファンはかなり強力)。まぁ、タバコに関して日本よりも大らかな市民感覚から「まあこれくらいでいいか」ということなのかもしれません。

そしてもう1つ気になったのが「DUTY FREEショップ」。ターミナルがとにかく広いのはいいのですが、どこを見ても金太郎飴のごとく同じような店ばかりで購買欲が全然湧きません。化粧品とかお酒とか煙草とかお菓子とか。テナントが集まらずにこういうことになったのか?何だか残念な気がしますが、今後変わっていくこともあるでしょう(その変化に期待)。



というわけで6:25発のバトゥミ行きTK390便に乗り込みます。早朝便ですがビールをオーダーできたのはシアワセ(笑)。今回の旅行ではレンタカーを利用しなかったので、とにかく隙あらばビールやらワインやらを摂取していたような気がします。だって、日本から持参していった芋焼酎、その一部は飲みきらずに再び日本に持ち帰ったくらいでしたからね(自分でも驚いた)。





うーん、空港の施設及びサイズとしては「八丈島空港」くらいの感じですかねぇ(個人の感想です)。なお、イミグレーション手前にあるトイレはたぶん男女とも「定員1名」で、男性用も混んでいました。機内で済ませておくほうがいいかも。

で、イミグレーションは6ブース全てが開いており(フォーク並び)、いよいよブースに進もうとする先頭部分に係員さんがいてパスポートをチェックし「ハイあなた(がた)は1.2番ブースね」「あなたは5.6番ね」と案内なさっていたわけですが、どうもブースごとに入国審査にかかる時間が違う気がする‥(1.2番は進みが早く、3.4番そこそこ、5.6番は遅い)。機内で隣だったアメリカ人男性は5番ブースに案内され、何やらいろんな書類の提出まで求められている様子。さてわれわれは‥



どうやら無問題だったようで、イミグレ係官から何1つ質問されることもなくスタンプが押されて無事入国完了。さすが日本のパスポートということなのでしょうか?

荷物をピックアップし、出口へ‥



いや、お迎えをお願いしていたのですから万が一いらっしゃらないと困ってしまうわけですが(笑)、とにかく、今回のジョージア&アルメニア旅行のガイドや手配をお願いしていた渡辺さんがおられたので一安心というわけです。

今回のジョージア旅行、最初こそ「レンタカーで回ろう」と意気込んでいたのですが、各エリアの詳細情報や訪問希望施設場所(特に温泉)の特定に難渋し、「こりゃ勝手がわからない訪問だとロスばかりになるかもしれん」というわけで、現地でツアーガイドほかをなさっている「トビリシ企画」の渡辺さんに諸手配&ガイドをお願いしたというわけです。



「こんにちは、Takemaです。よろしくお願いします。」とご挨拶しまずは車まで移動。それにしても日差しが強く暑いですねー。ドライバーのシャルワさんは本業は別とのことですが、渡辺さんとはもう10年来の付き合いがあり、状況が許せばこうしてツアードライバーを受けてくれるのだとか。基本的には寡黙な方ですが、運転には安定感があります(この国でこれは重要なことです)。車はエスティマで右ハンドルですから日本からの輸入中古車だと思いますが、最後までマシントラブルは皆無でしたよ。

さて、まずは両替とSIMカードの購入なのですが、両替屋はあちこちにあるので問題ないとして、SIMカードは「まだ店が営業時間前」ということでとりあえず後回しに。ただこのあと購入したSIMカードも、自分のポケットWiFiが正常に動作しなかったため宝の持ち腐れとなったわけですが。思い起こせばミャンマーでも使えなかったし、もう捨てようファーウェイのあれ。



バトゥミはリゾート地として夏場はロシア人をはじめとした旅行者で混み合うそうです。市内の目抜き通りは上画像のように石畳で整備されていますし、新築工事中のビルもあちこちに見られますが、渡辺さんによると「工事が止まっちゃっている物件も多いですよ」とのこと。なるほどそういう目で見てみると確かに‥。オイルマネーなども関わっているようで、外需頼みだとちょっと危なっかしいですよね。

さてこの日は初日ということでズグディディまで。それほど遠くはないのでいくつか寄り道しながら行くことに。それにしても主要道はバイパスの整備が進み快走路ですが、皆さん運転が荒っぽいというか、追い抜き方などもかなり過激ですし、えらくスピードを出している車もあります。それでも片側2車線あればいいほうで、片側1車線かつ対向車接近中であっても容赦なく対向車線にはみ出していきます。渡辺さんいわく「ロシア人は概してスピード出してます」とのことです。

あと注意すべきこととして「牛」ですね(たまに豚、アヒルなども飛び出すが圧倒的に牛が多い)。飛び出すというよりは普通に歩いている場合が多いですが、場所によっては座り込んで寛ぎモードに入っていることもあります。特に橋の上は要注意です。渡辺さんにその理由を尋ねると、「橋の上は風通しがいい場所なので、アブなどの羽虫が牛にまとわりつきにくく、結果的に牛にとって快適な場所だからでしょう」とのこと。なるほど‥。

さて、まずは「イスラム寺院」へと向かいます。当然モスクというべきなのでしょうが、その外観は、何だか正倉院の宝物殿をホーフツとさせますので、あえて「寺院」と表記した次第です。





ふだんは一般に開放されているわけでもないようですが(特にわれわれは異教徒外国人だし)、渡辺さんが事前に連絡して下さっており(「お昼までに来てね」という約束だったようです。もちろん余裕で到着)、内部も見学させていただくことができました。そうそう、こういうのは個人旅行でいきなりぶらりと来ても無理なんですよ。

で、女性であるおしんこどんは被り物であるヒジャブを着用。なーに、こういう布は彼女の得意とするところで?もちろん自前です(ただし準備次第によっては苦し紛れに手ぬぐいを巻くこともあり)。



わが妻ながら、こういう時の衣まといはさすがだなぁと思います。



モスクの内部はこんな感じで、祈りを捧げる場に絨毯(サッジャーダというのでしょうか)が敷かれています。このモスクを管理する聖職者氏によると、ソビエト連邦時代は(宗教信仰そのものが否定されていたため)このモスクも一部は商店として利用されていたのだとか。そういやキルギスのキリスト三位一体教会も一時はジャガイモの倉庫となっていたんだっけ(その時のページはこちら)。



もちろん150年以上前の木造建築ということで各所に手は入れられていますが、それでも建設当時からとみられる凝った意匠も多くみられます。右上画像の格子などは、縦に渡した木材の中心部をくり抜いてそこに横木を通すという、何とも手の込んだ造作です。すごいなこれ。



扉の金具にも、どうみてもソ連時代のモノではない細かな彫刻が施されていますし、屋根は角を丸くした独特の形状です。150年もの時を経ても、人々が大切に手を入れてきたことが、今に至るまで現役のモスクであることを可能としているのでしょう。

ただ、このモスクの管理者さん(宗教指導者?)がこんなことをおっしゃっていたことが気になりました。



ジョージアはキリスト教(ジョージア正教)を国教としており(何と「国」として定めたのはAD4世紀らしい)、そもそもイスラム教徒は人口の11%あまりと決して多くはありません(ソビエト崩壊後に宗教間の対立が起こっていないようなのは、やはりソビエト時代にそれぞれが弾圧を受けたという同志感覚もあるのでしょうか)。ちなみにこのモスクの周りにはイスラム教徒とキリスト教徒それぞれのお墓が、エリアこそ棲み分けながらも同じ場所に並んでいました。反目し合っていたらこの立地はあり得ません。

しかし、改宗となると‥この地域の宗教バランスが明らかに変化するわけで、大丈夫なのかなぁ。ま、管理者さんはそのことを特に問題視し改変していこうという感じではありませんでしたが。というわけで出発しましょう。



牛さんはこんな感じでごく当たり前に道路に出てきてます。



交通取り締まりはかなり頻繁に見ましたが、レーダーを使っているようには見えませんでした。



季節柄、野菜や果物を売る店が実に多いです。めったに売れてない(供給過多)。

そこそこの距離を移動しているうちにお昼ごはんタイムとなりました。実は渡辺さん、ランチに利用しようと思っていたお店を勘違いして別の店に来てしまったそうなのですが、われわれ的には特に問題なしでしたよ。というか、初めてのジョージアごはんだし♪



何だか立派な店構えのお店です。インペリアルってわれわれは皇帝かいっというツッコミもしたくなりますが、そもそも「ロイヤルホテル」なんてざらにあるのでまぁいいでしょう。雰囲気的にも開業してそう年数も経っていないようです。そしてそれに関連してオペレーションも「ゆっくりのんびり」という感じでしたが(注文してからしばらくしてこっそり青物野菜が搬入されてました)、まぁ細かなツッコミはさておいて、





左上画像がそのシチューである「オーストリ」。パクチーが載せられていてこれまた実にいい感じです。なおこのようなスープ系の料理には通常スプーンの配膳がないそうで、なぜなら「パンを浸して食べる」のがデフォルトなのだそうです。真ん中画像はそのトマト味辛い系バージョン(チャシャシューリかな?)で、パンに付けて食べるにはこっちの方が好みでした。

ちなみにパンはほぼどこでも「もちっとした食感」で、やはり単品で食べるのではなくスープというかシチューと一緒にいただく前提で焼かれているのかなと。先客さんなしだったにもかかわらず配膳は遅めでしたがまぁそんなものなのでしょう、美味しかったので問題なし、今後のジョージアご飯にも期待できそうです!

さてこのあとは「遺跡」に行くそうなのですが(完全に行程を丸投げしていましたんで下調べなし)、この続きは次ページにて。

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