くつろぎ着に着替えて再び表に出てみると、どうやら盆踊りイベントの参加者はどうやら10人と少々という感じです。勝手がよくわからないのでしたが、何と生ビール販売所があるのに感激!しかも350円でおつまみ(枝豆)まで付いてるし、セイコーマートで買った鶏唐揚げセットと合わせてこりゃ完璧です!まさか(宿泊料金からして)生ビールが味わえるとは思っていなかったなぁ。30分くらい前まで霧の峠道をビビリながら走っていたとは思えんぞ(笑)。



ちなみに、この日「夕食付き」が駄目だったのはこのイベントの準備があったからだと後で聞きました。

宿&地域の人の話を耳ダンボにして聞いていると、どうやらこの「お祭り」は、しばらく前から毎年お盆にこの宿主催でやっているのだそうな。準備資金の一部は地域から寄付があるようですが、基本的には「持ち出し」。お酒が入ってご機嫌のご主人によると「今日は駄目だぁ、全然人が来ねぇもん。昨日は餅撒きをやったもんだから80人近く集まったのに。みんな現金だよなぁ、よし来年は最終日に餅を撒くことに決めたっ!」とのこと。昨日は、は、はちじゅうにんっ!(驚)。

しばらくは二人とも神妙に飲んでいたのですが、見ていると、上で太鼓をたたいている人はそれこそ「ずーっとたたき続けて」いるわけで、しかも何とか音頭とおぼしき曲はまさにエンドレスで自動再生していますから、結構疲れるんじゃないかという感じです。さぁ!ここで「パプアニューギニアの集落でも踊りに参加した」筋金入りのお祭り好きであるおしんこどんがご主人に対して予想通りのひとこと。

「女人禁制」などという古来からのしきたりがあるわけでもないこの「ひかり温泉盆踊り」、ご主人がおしんこどんの申し出を快諾して下さったことはいうまでもありません(というか、叩き手の方にも「はぁやっと休めるわ」という安堵の表情があったような)。というわけでおしんこどん、見事に太鼓デビューです!



見よこの勇姿!?


「まずはお手本から」

さすがに慣れた手つきですねぇ。ただしこの方はご主人ではありません。


Wmv形式、686KB、17秒



「続いて頑張れおしんこどん」

あこがれの花形舞台にて太鼓をたたく気分は‥。

Wmv形式、508KB、12秒



このあとはもちろん踊り手としても頑張っておりました。

このおしんこどんの勇気ある行動?により、われわれ(Takemaはタナボタですが)は遅く来たにもかかわらずとりあえずこの場での「市民権」を獲得することができたのでありました(笑)。宿のご主人もご機嫌で、「キミタチ、明日は早起きしたらこの辺案内してやるよ!」との嬉しいお言葉。もちろん「是非!」とお願いしたことは言うまでもありません(ただし「朝6:00出発だからね」と念を押されました)。と、しばらくたって突如ご主人による次のような発言が。

というわけで盆踊りは撤収っ!皆、持てるものを持って室内のカラオケルーム(宴会場兼日帰り入浴客用休憩室)に移動です。

しかしまたこれが笑えた(驚いた)のが、このカラオケルーム、いろいろな備品が揃っているんですねぇ。備品といってもカラオケ設備だけじゃなくてコスチュームとか花束とか、全部揃っているというのは、どうみてもご主人ならびに常連さん(含地元の方々)による「日々の精進」の賜物に他なりません(笑)。



この方は船員帽をかぶり、首には花のレイが!(プラスチックだけど)。

皆さんの歌声が響き渡る中われわれも一応歌わせていただきました。この頃になるともはや無礼講で、他の日の持ち込んだ&宿の日本酒も勝手に(いやちゃんと最初にことわってはいましたので念のため)いただいておりました。



片手に日本酒、片手に焼酎♪そしてすっかり酔っぱらいモード?



おしんこどんは子供たちとほのぼのモード、そして‥



Takemaは当然のように宴会モード爆裂です(笑)。

さてカラオケもお開きになったところでようやくお風呂に入ってこの日もおしまい。泥のように眠らねばなりません。何となれば明日は6:00に起床じゃなかった、出発しなければなりませんから!しかし「いいところに連れて行ってやるよ」と言われましたが、いったいどこに行くんだろう?それも知らぬままにおやすみなさーい。

そして朝、6:00に部屋を出たのと奥さんが部屋の前まで来てくださったのはほぼ同時でした。「もう皆さん待ってますよ」。げげっ!(笑)。

同行はこちら蟠渓ひかり温泉のご主人と、そしてよく聞けば蟠渓温泉の前のオーナーというべきご夫妻。どうやら経営権が移ったみたいなんですが権利そのものは元のままなのかな?よくわかりませんがこちらが聞く問題ではないのと、そしてもちろんお互いが仲良くなさっているようなので問題はないかと。ちなみにこちらの宿の正式名称は「伊藤温泉旅館ひかり温泉」らしいのですが、今回は「蟠渓ひかり温泉」で記載しています。

車を走らせながら、「今日は特別にこのあたりの穴場にご案内しますよ」とご主人の弁。1時間半くらいの予定で、とこの時はおっしゃっておられましたが、実際は3時間以上いろいろと回って下さいましたっけ。しかも、な、なんと一切無料で!(激驚)。



壮瞥町は果樹園の里であることを初めて知りました。と、突然林道に入り込んだ先で「ここのマタタビの木は大きいんだよね」。

林道をどんどん登っていった先にあったのは「森と木の里センター」。洞爺湖はもちろん有珠山や昭和新山も一望できます。へぇ、こんなに景色のいい場所があるんですね。ツーリングマップルには全く載っていないし、展望はいいし、キャンプ場はないけれど4人用バンガローで4000円ならまぁ手が届かないでもないし(でもそれなら一人あたりもう1000円出してひかり温泉に素泊まりの方がいいや)。ただ、アブが多いのが難点かな(笑)。



ホントに展望はいいです。おお昭和新山、噴気は出てますが‥野湯はなさそうですな(右画像マウスオンで拡大)(笑)。

続いては洞爺湖から伊達市に向かって流れ出す「壮瞥滝」を見学。皆さんがおっしゃるには、ここは壮瞥と伊達のある種の生命線で、この滝が万が一決壊したら洞爺湖の水が一気にあふれ出して両市町は壊滅する、このあたりはもともと火山地質なので地盤がもろいので、今も工事はしているけれど対症療法的なので全然駄目、とことんやらないと危なっかしくて‥というようなことでした。確かに滝下の護岸工事はしていましたけれど、そう聞いていると護岸の問題じゃなくて流出口を何とかしなければという気になってきました。



工事中の先に滝がありますが‥。別の場所では、ん?国技館!いやいやこちらは壮瞥町出身の「北の湖記念館」!

このあとは洞爺湖側に進んで、1977年の有珠山噴火に伴い倒壊した旧三恵病院跡へ。ここも看板はわかりにくく、なかなか初めて来てすぐにはたどり着きにくい場所にあります。特に、2000年の噴火がまだ記憶に新しいですから、ここを訪れる人はもう少ないんだろうなぁ。



幸いなことに全員無事避難したそうです。

この病院は現在対岸に移設されているそうですが、実は一気に倒壊したのではなく断層のズレによりじわりじわりと倒壊していったのだそうです。詳しくはこちら。考えてみれば昭和新山の形成もそうでしたし(Takemaの小学校時代の教科書に載っていた記憶あり)、2000年の噴火の時も「突如大爆発」というわけではなくやはりじわじわと噴火活動が進んでいったような記憶があります。マグマの粘度が高いのだとは思いますが、だからといって安心というわけではありません。

そもそもこの洞爺湖自体がカルデラ湖だし、ここ100年だけでも4回噴火しているワイルドな火山です。ちなみにこのページを作る過程でちょっと調べていたら、77年噴火の際には、当然部屋入りしていて在京の北の湖関(当時)が実家に「父ちゃん早く逃げろ、母ちゃん大丈夫か?」と電話を入れたという逸話があると知りました。あの最強横綱でさえたじろがせる有珠山、うーむおそるべしです。

さてこのあとはいよいよ2000年噴火の爪痕を見学です。と、車は旧国道230号線の陥没を目の前にして左折してどんどんと登っていきます。と、「ここから先私有地につき有料(駐車料1000円だっけ)」の看板と封鎖のチェーン。あちゃー駄目かと思いきや、うしろから赤い車がやってきたと思ったらご主人とひと言二言話すやいなやゲート解錠。われらが車は一気に上部の展望台を目指すのでありました。でもちなみにご主人はちゃんとお金も払っていたし‥ホントに「無料ツアー」でいいんでしょうか??



山の上からはしっかり「あの時の火口群」が見えました。確かそれぞれ「有ちゃん」と「珠ちゃん」と名前が付いていたような?

と、ここでさっきの赤いオーナー車が到着。何だろ難癖付けることもないだろうにと思っていたら、実はこちらの管理人さんとひかり温泉のご主人とは懇意の中なのだそうで、後で聞いた話では「いやぁあいつがうちに来るときは必ず何か手みやげを持ってくるんだよ、となればこっちとしても何かしないわけにはいかないしな」と、あくまで「大人の付き合い」を強調しておられたわけですが、話の内容を聞いている限りはそんな「大人」のみならず「おバカなお付き合い関係」の臭いがプンプンと、おそらくは硫黄臭ごときのレベル以上に感じ取れたわけなんですが(笑)。

ちなみにこちらの管理人さんは「かの噴火によって自分の持ち家他の建物数軒が被災した」のだそうで、ならばということで自分の持ち山であるこの場所に道を通して展望台とし、このにっくき噴火を逆に商売にしたのだそうです。「そりゃ1000円は高いよ、でも町は全然助けてくれないし、こうでもしないとやっていけないのさ」というようなことをおっしゃっておられました。なるほど‥。

ちなみに、このおじさんが遊びに来てくれたおかげであたりの説明をいろいろ聞くことが出来ました。いわく、「あっちの噴火口の池はすぐ脇から噴気が上がっているけれど冬は凍っちゃうんだ、でもすぐ下のこっちは凍らない。地熱が高いんだな」などなど。

ちなみに、ゲートのある駐車場の片隅には何やら井戸のようなものが。実はこれ、温泉玉子ならぬ地熱玉子製造用の井戸。内部底の地熱は相当なもので(何度くらいか聞いた気がしますが忘れました)、玉子が簡単に茹でられるそうなのです。ちなみに最近は「あえて24時間入れておくことにより薫製にならないか」と「薫玉」も作り始めたのだとか。で、別の方(業者さん@すぐ後に出てきます)に卸しておられるとのこと。やる気満々ですねぇ(笑)。でも、この仕事をするに至ったきっかけを聞いているだけにホントは笑えない話です。

こちらがその「地熱たまご」販売所。日本語に並んでハングルの看板があるところに、近年のアジア系旅行者の増加が読み取れます。ちなみに韓国・中国からの旅行客は団体が多く、台湾のお客さんは個人で訪問する人が多いとかいうようなことを昨日今日の新聞(日経)で読みました。なるほど、こういう看板はやはり団体旅行客をターゲットにしているでしょうしね。でも韓国人だってかのキーちゃんみたいな「猛者系旅行者」はいるわけですし、いずれにせよ日本が外国人(特にアジア人)の訪問先として選ばれつつあるというのは嬉しいことです!

このあと、この噴火を語る上で旧国道230号線とともにある種象徴的な存在となっている「わかさいも泉工場」跡を遠景から眺めます。しかしこの有珠山という山は不思議です。いきなり「どっかーん!」ではなく「いくよ、いきますよ、いいですか!」的にじわじわと噴火活動を進めていくわけですよね。1977年然り、2000年然り、そして昭和新山然り。これだけの地殻的変動を起こしながら犠牲者を(ほとんど?)出さない山だけに、ここに住む人々も「山と共存する道」を模索できるんでしょうかね。

はたから見れば「何でこんな危なっかしい場所に!」と思ってしまうのに、地元の方々には畏敬の念を払わずにはいられません、はい。



ちなみにこのあたりは丘ではなく谷だったそうです。ひえぇ。

結局宿に戻ったのは9:00をはるかに回っておりました。いやぁ「無料の早朝ツアー」を思う存分楽しませていただきました。ありがたいーっ!さていよいよ今日は帰る日‥なんですが、まだまだ最後までここ蟠渓温泉を「内も外も」とことん楽しみ尽くします!
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