− その7 「冬のスマタ」企画に乗って、SLで寸又峡温泉を目指す! −



いやー、帰省の途中にSLに乗ることになるとは!というか、今回の旅行を「帰省」だと認める人はもう誰もいない?

さて、何だかちょっと賞味期限切れの駄洒落のような「冬のスマタ」ですが、これは大井川鐵道による旅行企画の名称であります。冬期間の閑散期に少しでもお客さんを増やそうという試みなのだと思いますが、ちょっと調べてみるとこれがまぁ何とも激安価格なんですね。1泊プランを見てみると‥



こ、これはイイではないですか(保険まで入ってる!)。一度は乗ってみたいと思っていた大井川鐵道にも乗れますし、千頭から奥の井川線(アプト式併用路線)にも往復1000円の割引価格で乗車できますし(ちなみに正規往復運賃は2560円もします)、さらに大井川鐵道といえばSL!これも復路での利用ということであれば急行料金500円が無料という太っ腹!というわけで今回最初に予約を入れたのがこの「冬のスマタ」(リンク先はPDFファイル)だったというわけです。

ただし復路でのSLは見合わせ、往路利用で500円の急行料金を追加しました。これはもちろん時間的なこともあるんですが、復路はSLがバック運転らしいというのであえて避けたという理由もあります。それ以外にかかるお金といえば‥そうそう、新金谷駅前の大鐵管理駐車場の駐車料金が1泊2日で1200円かかります。まぁそれは致し方ない費用なのでしょうがないですね。

そんなわけで、事前に指定されていたカウンター(駅事務所ではありません)にて名前を申し出て、クーポン券を受け取り料金を支払います(原則として現金払いだそうです)。SLは座席指定なので、これで席も確保できたしというわけでちょっと近場をうろうろした上でいざホームへ。



もう今日は運転しないので、お弁当とお酒を購入しておいたことは言うまでもないTakemaです(笑)。



懐かし車両の宝庫と言われる大井川鐵道、南海電車に近鉄特急ですか!



そうこうしているうちに、SL急行が入線してきました。少し引いた位置からの撮影にしてヨカッタ。



今日の機関車はC10。昭和5年製造ということですからもう81歳でいまだ現役!すごい。

発車まではあまり時間がありませんが、幸い座席が最前部の車両だったので、皆さんが乗り込んでいるあいだにちょっとパチリ。いやー運転席回りは何とも「昭和の味」を感じさせます。それにしても、蒸気の力ってやっぱりスゴイのねとあらためて実感。

いざ客車に乗り込んでみると、編成の中でも一番レトロな内装の車両だったのでよしよし。驚いたことに、車内はほぼ満席の盛況でありました。多分今回の旅行で一番多くの観光客を見たんじゃないかな(笑)。もっともわれわれのボックスは相席にはならなかったので広々と使えました。



というわけで、こちらも始めちゃいましょう!



お弁当をつまみに、至福の汽車旅タイムがスタートです。

茶畑を眺め、大井川を渡り、うーんやっぱり鉄道の旅もいいものです。ちなみに車内サービスもかなりこまめでありまして、いろいろなアナウンスごとにお客さんが窓の外をキョロキョロしたり、また車販では飲み物はもちろんのこといろんな大鐵グッズなども売られているようでした。そうだよなぁ大井川鐵道といったらSLが間違いなく大看板のドル箱だし、ここで稼いでおかなきゃ路線の維持も大変だしね。まぁこうやって少しは貢献できたのでよかったということで。

と、途中駅で団体さんが下りていったので車内はぐっと人口密度が下がりました。どうやらバスツアーの行程にこのSL乗車が組み込まれているようで、そういやわれわれも以前冬の北海道で同じようなツアーに乗っかったことがあったなぁ(その時の模様はこちらから)。

歩き回りやすくなったので、ちょっと車内を探検してきましょう。こういう時になると全く落ち着いて座っていられなくなる性分ですので(笑)。

まずは機関車との連結部分へ。車両ドアの外側があまりキレイではなかったのでちょっとイマイチですが、鉄のニオイを感じさせる人にとってはとても大切なポジションなので、大井川鐵道関係各位諸氏、ここのところよろしく御願い申し上げます。

そうそう、そういえば車内アナウンスによると「このSLでは、煤煙の少ない炭を使用している云々」ということでした。別情報によると石炭ではなく豆炭(成型炭)を使っているという話です。なるほど、沿線には住宅も多いし、洗濯物を干している線路沿いの家などを見ていたら「大丈夫なの?」と思ったりもしたものですがそういうことなのね。走行中の煙も、黒い煙はほとんど上がっていないみたいだったからなぁ(むしろ以前北海道で乗ったSLのほうが黒い煙を上げていたような‥)。

続いて後ろの車両に行ってみると‥あれまお座敷列車もあったのね。ただしこの日は使われた形跡もありませんでした(利用にはさらに別料金が必要)。で、そのさらに後方の2両はご覧の通り座席の木の部分がペンキ塗りされているもので、わたしが中学生の頃乗った客車といえばだいたいこんな感じでしたね。しかしこちらも何だかガラガラ。もしかしてこちらの車両(&さらに後ろの車両)はもともとそんなに混んでいなかったのかな?(この日は客車4両編成でした)。

さ、そんなわけでここらで動画を見ていただいてっと。
【SLかわね路号】

そんなわけで列車は定刻に終点の千頭駅に到着。到着後しばらくはいろいろ見ていたい(機関車の前後入れ替えとか)気もするのですがそうもいきません。車内アナウンスで「千頭から寸又峡行きのバスはすぐ発車しますのでお急ぎ下さい」と言われていたからです。まぁ仕方ないということで駅前へ。バスは目の前に止まっていたので、すぐそばのお手洗いに行くことを告げ、用足し後はちょいと一服、そしてすぐの発車となりました。しかし、列車に乗っていたほかのお客さんはほとんど乗ってきませんでした。みなさんどちらに行かれたのでしょうか?

結局バスに乗り込んだのはわれわれを含めて3組5名のみ。うーん、確かにこのバスだと寸又峡温泉到着が14:00でちと早すぎるきらいもあるのですが(もっとも宿のチェックインは14:00からなので「現地で途方に暮れる」心配はありません)、でも自前の足がない状況で駅周辺をうろうろするのも限界がありますし(次のバスまでには1時間半もあるので)、早い時間に宿に着いてじっくり湯を楽しめばいいやという初志を貫徹することにしたわけです。

ちなみに翌日乗車予定の井川線(アプトライン)は千頭−奥泉区間が土砂崩れのため運休となっていました。したがって明日は寸又峡から戻るバスで奥泉で途中下車となるわけです。せっかくなら完乗したかったのですがこればかりはしょうがないよなぁ。
そういやこのエリアではその昔似たようなことがあったぞ。まだ若かりしTakemaが夏休みに「北岳−茶臼岳まで単独テント縦走」をした時に(もうじぇったい無理)、ようやく畑薙ダムのバス停まで下りてきてダムサイトの茶屋でビールと蕎麦か何かを注文し、「はぁしんどかったけれど終わったなぁ‥」と達成感にしみじみ満足していた時、ビールを出して来た茶屋のおばさんいわく「この下で土砂崩れがあってね、ここまでバスは上がってこないよ。臨時の終点バス停はここから山道で峠を越えて‥歩くと1時間半くらいあるかねぇ」。そ、そ、それを先に言って下さい!ビールとお蕎麦と「気持ちが萎えた」分、あの最後の登り坂はきつかったなぁ。もう20年以上前のお話ですが‥。

寸又峡まではかなりごつい山道が続きます。しかも山越えなので雪が降ったらこりゃ大変です。何年も前に車で来たことはあったのですが、ここはバイクだったら楽しいだろうなぁ。しかし、千葉からだと千頭界隈までがそもそもかなり遠いんで、よし今度は夏の帰省をバイクにして寄り道するか?(笑)。

温泉が近づいてきたところで、カバンから今宵の宿泊券を引っ張り出します。今日の宿は「光(てかり)山荘」。宿名は南アルプス南部の秀峰「光岳」から名付けられているのでしょう。実はわたし、上記の山行でも光岳には行っていないんです。というのも、途中の悪天停滞で予備食を食べ尽くし、すでに茶臼の小屋到着時には食料がほとんど尽きていたからなんです。本当はせめて往復でもしたかったんですが‥。その悔しさがどこかに残っていたのか、今回のプランで宿を選ぶ時にも「気になる名前の宿だな‥」というわけでセレクトしたわけなのでありました。

そうそう、それとは関係ない話ですが、この宿泊券の右上にはナンバリングで「0040」の刻印があります。この「冬のスマタ」企画は12/1からスタートしているのですが、この日(12/27)段階で40組目というのは多いのか少ないのか?いや、でもこの企画により40組ぶんのお客さんが増えたと考えれば悪くはありませんね。かくいうわたしもこの企画ツアーを目にしなかったら今回寸又峡まで足を延ばすことはなかったでしょうから‥。

そんなわけで今宵の宿である光山荘到着です!湯小屋は母屋と道を挟んだ向かい側にあるというのがちょっといい感じですね。ではでは、まずは湯屋の見学に行きましょう!(「入浴」ではないところがミソ)。
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