− その13 五百羅漢だけ見学後この日の宿へ。え、えええ?−

大船渡からはR107に入り遠野を目指します。本当はもう少し北上したかったのですが、いかんせん釜石付近の宿は復興関係の人々が多く利用している関係でほとんどが満室だったんです。こればっかりは仕方がないですね。

というわけで一気に遠野駅前へ。ここ遠野は地震の被害がほぼ皆無であり、また釜石や大船渡、そして陸前高田への道路が分岐する交通の要衝となっていて、震災直後は後方基地として重要な役割を果たしたそうです。が、それとは別にTakema自身ここ遠野にはある種の思い入れがありました。それは‥

そしてそれから今に至る35年ものあいだ、ただの一度も訪れたことがなかった遠野市。いったい現地はどんな感じに変わっているのか、自分の僅かな記憶とどんなふうにつながっているのかいないのか、そのあたりを是非現地で体感してみたいと思っていたのであります。

さて遠野駅。右上画像の駅舎は自分の記憶の通りですが、駅前はこんなに広々とはしていなかったような気がします。立派な観光案内所もあり、遠野市がかの柳田国男著「遠野物語」を観光の目玉に据えていることがよくわかります。そんなわけで地図をいただき、さてどこへ行こうかな?

その昔行った記憶があるのはカッパ渕と五百羅漢。ただカッパ渕付近には他にも見どころがあるみたいなので明日に回し、今日は五百羅漢だけ回ってそのまま宿入りしちゃえと決めました。

そんなわけで国道を外れて舗装林道を進み、五百羅漢入口までやって来ました。駐車場に車を止めてちょこっと歩くわけですが、ここで大いなる疑問が。それは「中1当時のTakemaは駅からここまで歩いてやって来たんだろうか?」。

駅からは結構距離がありますし、ここは集落からも離れた場所なのにいったいどうやってやって来たんだろう?もしかしてここじゃないのか?いや、でも遠野の五百羅漢はここ1箇所しかないし‥。では、「行こうと思っただけで実際は来ていないのに『来たという記憶』になっている」とか?そんなわけで真偽を確かめるべく登っていきました。すると!



この苔むした岩々が連なる風景には確かに見覚えがあります!記憶がよみがえりました!となると、ここをもう少し登っていけば岩に描かれた羅漢さまたちが‥




35年前の自分って何だかすごいとあらためて実感!(大笑)。なお、その時の自分は現在のTakemaのあり方を象徴するがごとくスゴイ旅行をしていたんです(しかも親に無断で一人旅)。その旅程のうち深浦まではこちらのページに書いてありますが、深浦からはこちら遠野まで来ていたというわけです。とても中1の所行とは思えません(大笑)。



一番奥とおぼしき場所にお賽銭を備える場所がありましたので、手を合わせて戻ることにしました。

さーてそれではこの日の宿へと向かいましょう。実はこの日の宿は遠野の市街地ではなくしばらく花巻方面に進んだ先にある「農家民宿みずき」さん。川の土手沿いに植えられたみごとな桜並木を眺めながら進みます(あとで聞いたところによると、「昨日まではまだほとんど咲いていなかったのに、この日の陽気で一気に満開になった」ということでした。ついてるなぁ)。

そんなわけで到着はほぼ17:00ジャスト。民宿ではありますが、おしゃれな感じで建てられた新館が宿泊用になっています(入口もお洒落=右上画像マウスオン)。この日のお客は2組ということで、「お客さまは2階フロアをご自由にお使い下さい」といわれてラッキーです。

左上画像は部屋の前にあるくつろぎスペース。ソファー広すぎです(笑)。そしてその前のベランダに出てみると(右上画像マウスオン)、ひろーい田畑が広がっています(正面の緑は牧草なのかな?)。なお、向かいの山裾にはJR釜石線が走っており、外灯もなくさえぎるものもないことから、夜の列車はまるで銀河鉄道のようにも見えます(ってちょっとほめ過ぎか?)。



ちなみに宿泊棟以外の建物は「まさに農家!」という感じでこれまたよし。宿の前からは「旧江刺街道(古道)」が始まっていました。

さて、威勢のいい音がするシャワーを使って身体を清めたあとは(ちなみにこの宿に温泉はありません)夕ご飯です。



ふぅ、これで旅行前半も終了、明日からはテントで寝袋だぞTakema(笑)。



ほどよい量の家庭料理でよしよし。焼酎を頼んだら「いいちこ」が。何年ぶりに飲む?(笑)。



左上画像は例の銀河鉄道ですが何が何だかわかりません(笑)。Takemaはなぜだか「北斗の拳」にはまってしまいました(苦笑)。

というわけでGW前半最後の夜はしんしんと更けていく‥という感じなのですが、実はこの日、Takema実家では大変なことが起こっていたのでありました。そのことを知ったのはこちらのお宿到着直後だったわけですが、その時のTakema姉との電話の内容をここに再現してみましょう(笑)。
(携帯電話に姉からの電話が着信したので)

で、このあとに何回かメールを受け取ったわけですが、夜の段階では「薬で痛みを抑えているので今のところは大丈夫で意識もある」とのこと。続いて「明日手術室が空いたらすぐに手術する」とのことで、いずれにせよ状況はある程度予断を許さない感じではありました。深夜まで「北斗の拳」集冊版を読み続けたのも、一応「いつどんな連絡が入るか?」を考えての行動‥じゃなくて、どうも眠れなかっただけです。

しかし宿に到着しながらも宿泊をキャンセルしてまで急いで帰ろうとは思いませんでした。これを「親不孝者」とおっしゃる方もいるかも知れませんが、自分としては「こういうのは時の運、どうしたってダメな時はダメだし、うまくいくときはうまくいく。もともとおしんこどん母子は明日帰る予定だったんだし、自分もそれに合わせて帰ればいい」と思ったし、また、今後あらためて何が起きようともこのスタンスでいくつもりです。なお結果として手術云々は無事成功し、その後Takema母は奇跡的な回復ぶりをみせてくれました。

そんなわけで、この翌日は「予約している新幹線の出発時刻に合わせて新花巻駅到着」を目指すことに。となれば、午前中は予定通り遠野観光(笑)。
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