![]() - その6 ど快晴の八方池お散歩のあとは当然渋滞にハマるの巻 - ![]() ええっと、もう11月なのに軽装でこの展望を楽しめたとは! |
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(2024年11月1日-4日 その6) |
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![]() ![]() ほらほら、間違いなく気持ちいい1日になりそうですよ。 |
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というわけで八方尾根ゴンドラ駅近くまでやってきました。駅直近の駐車場はさすがにいっぱいでしたが、さして遠くない駐車場が空いていたので駐車できました。駅までは上り坂なので、遠いと負荷がきついのよね。 |
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ゴンドラ駅ではチケットオフィスも乗り場もほんの数人の並びだけでした。ゴンドラ搬器は基本白いペイントなのですが、たまたまやってきた我々の乗るべき搬器はレアなブラック塗装でした。というわけで‥ |
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![]() ![]() (とはいえやや茶色化してますけれど) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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というわけでゴンドラ終点の兎平に到着です。ここからはリフトに乗り換えてさらに上に向かいますが、ここでも懐かし系の昔話に少しおつきあい下さい。 |
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この時のNHK(だったと思う)ニュース、アナウンサーが、 |
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当時のことをリアルタイムで覚えている方ならご存じでしょうが、崩御前のTVではテロップで「陛下のご容体情報(血圧と体温)」が流されていました(個人情報保護法のない時代ですからね)。そしてこのご崩御以降、TVはNHK民放問わず「陛下&昭和追悼番組」に切り替わり、みな最初こそ見てはいたもののそのうち食傷気味になり、まだインターネットがなかった頃ゆえ、これまた今や滅んでしまったレンタルビデオ屋の棚からビデオがほぼ消えたということもありましたね。 |
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![]() (間違っていたらごめんなさい) |
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まぁそれぞれの判断ですし、たとえば当日のTDLは開園はしたものの音楽はなくパレードも中止だったようです。スキー場もディズニーも、そこを目的にして遠くからやってきている人々が多いわけで「むやみに自粛」すべきではなかった気がします。 |
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うわー、まさかスキー場のリフトに乗りながら新元号を知ることになろうとは思いませんでした。その後再びリフトの列に並ぶと「平成だって?」「平成だよ」と、皆さん新元号の話題で持ちきりだったことを覚えています。 |
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ここからはリフトに乗ってさらに上を目指します。たぶん昭和最後&平成最初の日(1/8)にも乗っていたことでしょう。そうそう全く関係ありませんが、平成から令和に変わる日は寝台列車で過ごしましたよ(この時です)。 |
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右上画像、池の映り込みに何だか記憶があるなぁと思い出したのですが、そうそう2012、室堂から剱岳、さらに阿曽原経由で欅平まで歩いた時のその前に、北側の黒菱リフト経由でここ黒菱平まで上がってきていたのでありました(八方池山荘までリフトで上がりすぐ下った=そもそもその翌日から本格登山だったので)。 |
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![]() ![]() (その時のページはこちら)。 ![]() ![]() |
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すでにここ黒菱平でも標高1680m、しかも11月なのにこの軽装です。実に山をなめた観光客モードなのですが、まさにこの日は「これでちょうどいい」感じだったわけで、驚くほどの好天でした。というわけでさらにリフトで上に上がります。 |
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五竜岳を横目にしながら、息も切らすことなく標高1830mのリフト終点へ。ここに八方池山荘があるのですが、山荘も含めて以前訪問時の記憶がなく、初めて来た感が強いです。 |
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普通なら紅葉エリアを上部から「軽装で眺める」なんてことはあり得ない話ですが、この日はそれが出来てしまったという僥倖です。ホントにいいお天気でした。 |
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![]() ![]() とりあえず足を上げたり休めの姿勢だったり。 ![]() ![]() |
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自分はもう全然山登りからは離れていますが、山登りならではの景色の変化は何だか懐かしいです。それと、登山の現役時代から思い続けていた「自分は今何でわざわざこんな行動(苦しい思い)をしているんだろう?」という思いも少しだけ思い出しました(笑)。この日は空身でしたが、40年ほど前には、この道を35kgほどの荷を背負って「上高地まで行くぞ」とクソ雨のなか登っていたはずなのです。あ?新穂高温泉に下ったような気もしますが。 |
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八方池そのものをしっかり目にしたのはたぶん初めてです。35kgの荷云々の学生時代(夏)は雨とガスで見えていたのか見えなかったのか見なかったのか記憶不明ですし、その後社会人になりGWには凍結しその上にたっぷり降雪を載せた八方池の、おそらくど真ん中あたりにテントを張って唐松岳を往復しましたが、池そのものは見ていませんでしたのでね(笑)。ちなみに2012夏にはここまで上がってきていません。 |
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そしてすぐ上の唐松ケルンまでやってきました。ここから先は本格的な登山道ですし、そもそも今日中に千葉まで帰らなければならないので。というか、ここまで上がってきちゃったということは、帰りの高速道は渋滞必至だな、でも中央道はじぇったい使わないぞと思いつつ下り始めます。 |
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![]() ![]() 仲良しマジ還暦夫婦を見せつけつつ、五竜よさらばぢゃ。 ![]() ![]() それにしてもいい展望だなぁ。下るのが勿体ないくらい。 ![]() ![]() |
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最終リフトから八方池の往復は休憩を含めて1時間50分ほどでした(結構早足かな)。そしてリフトとゴンドラで再び紅葉エリアの山麓駅まで戻ってきて、なぜか画像はありませんが駅近くの洋食屋さんでビーフシチューなどを食べ、さて帰る‥いやその前に! |
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このあたり、特に白馬界隈の温泉にはあまり入っていないので(白馬鑓や今は無き小日向の野湯には入っていますが)、かけ流しの公衆浴場があると聞けばそりゃ入っておかなくちゃね。撮禁ゆえ湯画像はありませんが、露天風呂からは白馬連山がしっかり眺められましたし、頭や身体も洗って完璧ペカペカになりました。これで帰宅後のお風呂は不要!(帰着が遅くなりそうなので大切です)。 |
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ただしこの時点ですでに14:30。もう渋滞が始まりつつある時間です。しかもこの上天気でしたから各地とも相当な人出だっただろうし‥覚悟しなきゃ。 |
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というわけで急ぐ必要もありません。山羊さんを見学したり、道の駅というか直売所があればついつい立ち寄ります。そして‥ |
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なおこの数日後、Takema家のベランダがオレンジ色の満艦飾となったことはいうまでもありません。 |
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しかもおそらくこちら(県道側)の信号が短いのと、R19の本線自体が渋滞しているようなので、これは長野ICまで「長い旅(時間的)」になりそうです。おそらく信号1回につき2-3台しか進めていない様子。そこで‥ |
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というわけで、山越えの前に道の駅で小休止。ちなみに駐車場脇に周辺の案内地図がありましたが(右上画像マウスオーバーで拡大画像に変わります)、これでいいのか撤去はしないのか?予算の関係でしょうが、何だか「日本の資金力」が着実になくなりつつあるような気もします。 |
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断続渋滞30kmですかそうですか。となると‥下道くんで行きますか! |
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このあとは結局高崎市内中心部を通り抜け、高崎ICから関越道に乗りました。結局千葉のわが家に到着したのは22:45ころ。今回の走行距離は1,115kmでありました。最終日はもちろん疲れましたが、若い頃はこういうのも結構普通だったよなと思うとジジイ化しつつあるわが身をしみじみと感じたりは‥あまりしませんね。でもお疲れ自分&おしんこどんというわけで、このお出かけ記、終了です。 |
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