- 2017夏 キルギス旅行編 その7 夕ごはん&翌日は天空のソンクル湖へ -



さぁって行くんですよ天空の世界へ!ここはまだその入口手前あたり。

さて夕ごはんなのですが、この日はキルギス料理のお店に連れていってもらいました。ただし今回の個人手配ツアーでは山の中やレストランのないエリアをのぞき夕ごはんは自腹。まぁそっちの方が気楽なのですが(好きなものを頼めますし)。



2017/7末当時のガソリン価格はこんな感じ。レギュラー38.2ソム/L*1.6円≒61.1円ですか。

ロシアのみならず現CIS諸国(独立国家共同体)においては国策としてインフラの国民負担が安く抑えられているのでしょう。国民の身近な重税感を抑制しているのではないかなと。量はともかくロシアは産油国でもありますし。

さて到着した夕ごはんレストランは、うわ、びっくりするほど大型店!



上画像は食事後に撮ったものですが、3階建てビルの横にはオープンレストランも併設、駐車場は満杯!(日曜日ですからね)。




メニューファイルからしてフルカラーの高級系。右下画像のみジャミラさんの注文したラグマンです。



われわれのメインメニューはフォーのような感じの馬肉スープ麺でしたが‥あぁしまった少食人種のわれわれとしては量が多すぎた!(マントゥの1個1個がこんなに大きく立派だとは!小籠包くらいの大きさだろうと思い込んでました)。というわけで無念の「お残し」となってしまってスミマセン。しかしビールおかわりを含めてもこのお値段とは(左上画像マウスオン)。もっともこのあとのお食事経験からするととてつもないお値段でした。そりゃそうか(苦笑)。



そんなわけでさすがに暗くなってきた道を中心部にあるお宿(連泊中)に戻ります。宿に戻った階段をあらためて見ると人類の進化が手書きの絵で描かれていて遊び気分がいいですね(右上画像マウスオンで進化先画像に変わります)。この「Interhouse Bishukek」、われわれが手配をお願いしたのは4月だったので問題ありませんでしたが、3週間前にネットで確認したらドミも含めてほぼFull Bookingのようでした。団体も利用しているようなので早めの予約が必要かと。もっとも中央アジア長期旅行者の方々はここを使うこともないと思いますが。

日本人に関する限りキルギス共和国という国に旅行する人といえば「中央アジア各国巡り中の篤志旅行者(世界一周中の方々を含む)」、そして夏に山岳&秘境系ツアーで来る日本人団体ツアー客がほとんどでしょう。われわれのような「基本キルギスのみの個人ツアー客」はそんなにいないのではないかなと。今回の旅行中も、日本人旅行者に出会ったのは1回だけでしたっけ。その人は中央アジアを巡っている途中でした。



明けて翌朝。朝ごはんはソーセージと目玉焼きメインにサラダとパン(正直を言えば旧ソビエト系諸国のパンはずっしり重くて固く、日本人的にはイマイチかも)、そしてデザートにスイカというわけですが、ここでマジに申し上げますよ。



いや、この旅行に出る前に自宅近隣の某スーパーでスイカをひと玉買ったんですが、その味気なさにがっくししましたからね。今回キルギスでほぼ毎日食したスイカ、「平均点以下」は1つもありませんでした!「スイカはキルギスに限る!(あ、カザフのも美味しかったですが)」というところでしょうか。

で、この日はいよいよビシュケクを離れます。目指すは標高3000mに位置するソンクル湖!(涼しいはずだぞぉー=嬉)。と、その前に、昨日購入したSIMカードの認証がうまくいかなくなっていたので再びスマホ屋さんへ(左下画像)。地方に行ったらショップもありませんからね。



昨晩「やっぱりSIMカードをモバイルルーターに挿しておいてスマホとノートPCの両方で使いたいよなぁ」と考え、念のためということでスマホに挿していたカードをルーターに挿し替えたわけです。その結果としては「やっぱり電波を認識しない」というわけで(その理由は結局不明、ルーターのAPN設定とかなのかどうなのか?)再びスマホにカードを挿したら今度はスマホも電波を認識しなくなっちゃったというわけで‥。

しかしその動作不具合の理由は簡単でした。それはつまり‥



そんなわけで気を取り直して出発‥と思ったら、少し走ったところで警官に車を止められました。ドライバーのウームルザックさん、どうやらシートベルト非着用だったようでそのまま罰金。金額は300ソムだったようですが、警察署で支払うのではなく警官に払うのですね。このあたりに不正が起きていなければいいのですが(正直微妙な気がします)。マレーシアのボルネオ島ではドライバーのアンドリューさん、ちゃんと出先の警察署まで出向いていたしなぁ(その時のページはこちら)。

ちなみに自分ははるか昔の2001年、南部アフリカのナミビア共和国で、ATMでお金を下ろした上で出発したときにシートベルトをし忘れて止められたことがありました。こちらが日本人だとわかると「次からはダメだからね」とお目こぼしをいただきましたが、警官氏は別れる際に「ニーハオ」と声を掛けてくれたんだっけ。「こんにちは、ですよ」と言った記憶がありますが、アフリカの方々からすれば「東洋人=中国人」という図式なのでしょう。それはそれでしょうがないかと(日本人がケニアや南アフリカの各黒人民族の区別がつかないのと全く同じことです)。ちなみにその時のページはこちら



ビシュケク市内を東に進みます。ん?あれはパン屋さん?どうやら今まさに焼き上げている最中のようですね(右上画像マウスオンでブレ画像に変わります)。



美味しい(はずの)スイカを無造作に積んだトラックも。下の方のスイカは割れたりつぶれたりしないんだろうかと密かに心配(余計なお世話ともいう)。それはともかく、ビシュケク郊外からイシククル湖方面に向かう道、やたらに警察の取り締まりが多くてびっくり。シートベルトもそうなんでしょうけれどレーダーやビデオカメラを構えている様子も何度か見かけたのでスピード取り締まりなんでしょうね。右上画像のように「流す」パトカーはそんなにいませんが、幹線道路、特に町の入口&出口付近は注意が必要です‥って、これは北海道とかでも同じか。

それにしても中古も含めて日本車が多いです。Takemaの先代車であるフォレスターも実によく見かけます。もしかしたらあの先代車もさりげなくこの国で走っているのかなとも思います(大本命はロシアだと思うのですが)。四輪駆動車ですからやっぱり冬の気象が厳しい国で頑張っていることでしょう(「解体」とか「部品取り」とかの想定はこの際しないことにしておきます)。ちなみに右上画像マウスオンで並走フォレスター画像に変わります)。



そんなわけでA365号線を東に進んでいくわけですが、実はこの道、カザフスタンとの国境ぎりぎりエリアを走っています。国境は川で仕切られているので明確ですが、右上画像でいえば石の斜面の手前に川があります。奥に広がる原野と山は全てカザフスタンというわけです。

ちょっと涙ぐましかったのは砂防工事というのか国土防備工事というのか、川の流れに沿って斜め下流方向に堤防が何箇所も築かれておりました(左上画像マウスオン)。これは、川の氾濫によってキルギス側に流れが寄る&浸食される=それだけ領土面積が減少することを防ぐために行われているのかなと(ま、単純にA365号線を防備しているだけかもしれませんが)。いずれにせよ島国日本では見ることのない国境の風景です。



道中には物売り屋台も出ています。左上はフルーツ、右上は茹でトウモロコシです。買えばよかったなぁ。



この国の牧草は四角く梱包されています。品質のいいものだと150ソム/個だとか。おっとここでも取締中(笑)。



基本的に乾いた大地というか山々なのですが、その風景からすると似つかわしくないほど豊かな水量の川が見えてきました。あー、NZ南島のクロムウェルからクイーンズタウン手前に似ている風景かもしれません(わかる方限定ネタですみませんです)。水の色も含めて似ているかなぁと。ただ、この川の水源はこの上流にある巨大なイシククル湖ではなく別の貯水池なんですが。となると、もともとはもっと細い流れだったのかなとも思います。

さてA365号線からコチュコルへと南下する道路に入ります‥が、片側一車線の峠越え路とはいえ道路状況は路面もカーブの角度もきちんと整備されていてびっくりポン。すごいなキルギス‥とも思いましたが、実はこの路線も前述中国の「一帯一路」政策の恩恵というわけです。中国国境からビシュケク&他国へと向かう最短路がこの道なので重点整備されたということのようです(ちなみに一連の工事が完了したのは2016だそうな=訪問の前年)。



ご覧のように結構荒っぽい整備なので、早晩大規模な補修が必要になるような気もしますが‥。

峠を越えて下っていくにつれて‥おお、貯水池が見えてきました!え?天然湖にしか見えないんですが?そしてこのブルーの濃さといったら!



そんなわけで「止められるところで」とお願いして途中下車。お天気もいいしねぇ。



日本だったら架橋しそうな気もしますが、一帯一路政策にも予算の制約があるでしょうからね。それにしても綺麗!



手前の草地には牛が放牧されていました。ん?牛だけじゃなくて?(右上画像マウスオンで拡大)。なるほどこの場所は河口なので魚も多くいる(はず)というわけですね。しかしロッドを3本立てているということは「おそらくこの方々の日課」なのでしょう。なお他にも3名ほどおられたようでした。

ちなみに車を止めた道路脇には「いかにも水が少ないところに生えそうな」植物が花を付けておりました(左上画像マウスオン)。エフェドラとかマオウとかいう種類のようですね。

さて、ここまで(正しくはこの少し先まで)の動画です。特に後半、まったくの荒れ地からポプラの大木&気がつけば青い流れの川がという「水分があればあるほど緑が出てくる」中央アジアの雰囲気を味わってもらえればと思います。





さて街に到着‥ではありません。上の両画像はどちらもあえて言えば「死者の街」。そう、イスラム墓地なのです。それにしても大がかりなお墓が多いですね。でもジャミラさんいわく、お墓参りをすることはほとんどないのだとか(特に女性は)。遺影を焼き付けた墓石もあって「これは偶像崇拝なんじゃないか?」と思ったりもしましたが、キルギス人にイスラム教が定着したのは19世紀頃とかなり遅いようです。またその後全ての宗教を弾圧するソビエトが70年近くこの地を統治していたこともあり、キルギス人の宗教観は(戒律に関して)案外緩いのかもしれません。



左上画像のインフォメーションに立ち寄り入域のレジストレーションと宿の確認です(全てジャミラさんがやって下さいましたんでわれわれはただ待つだけ)。それにしてもこの日の日射しは強かったですわ。このあと街の中心部でお昼ごはんとしたわけですが(右上画像のレストラン)、お昼の営業時間中にもかかわらず誰も屋外パラソルにはいませんでしたからね。あ、お隣にはちょっと著作権系のパチモンもあったかな?(右上画像マウスオン)。



店内の席はイメージということで(別の部屋でした)。メニューにビールがあったのでさっそく注文♪というかこの日の泊まりは標高3000mのユルタ(モンゴルではゲルと呼ばれるあの遊牧民住居)、ゆえにアルコールには不自由しそうなので今のうちにねというわけです(もっともこの発言が真っ赤な大嘘であることがあとのページで暴露されてしまうわけですが=事前自爆)。



少食夫婦ゆえ炒ラグマン(細うどん)とサラダを分け分けしてこれで十分です。



なお地方の食堂は(古ければ古いほど)相当の確率でボットン便所です。ここはかなりキレイなレベル。

さてボットンとかはどうでもいいでしょう。コチュコルからいよいよソンクル湖へと向かいます。まずしばらくは平坦な直線路を進みます。



チャリダー発見。しかしまさか‥行くんですよねソンクル湖?ここからの最大標高差は1500m以上あるんですが‥。



そしていよいよ分岐点までやってきました。ええっと、「Son-Kol」lまでは50kmもあるんですね。ここからは全区間ダート路になります。



路面状況はおおむね良くて普通車でも通行できます。最初に下り、そのあと川沿いを緩やかに上っていきます。



途中唯一の村があります。ちゃんとモスクもありますね。冬の生活は大変そうですが‥。



川の付近だけ濃い緑であとは荒涼としています。でも何だか桃源郷の趣が。こんな道がしばらく続きます。



この川を橋で渡ると一気に標高を上げる登り坂となります。ソンクル湖の標高は3000m、首都ビシュケクのそれは700mくらいですからイメージとしては「松本市内に宿泊の次の日は槍ヶ岳の肩の小屋に泊まる」といった感じでしょうか(松本市内の標高は約600m)。



景色が雄大すぎてあまり高度感を感じませんが、雪渓が残るエリアを乗り越えていくわけですからわやくちゃ登っています。



いよいよSaddle(峠)までやってきました(名前はないようです)。標高はご覧のとおり3300m半ば!(確かこの手前のどこかで高度補正したはずなのでほぼ誤差はないかなと。ネットで調べたところここの公式標高は3346mだとか)。登山だと結構苦しくなる高さですが、今回は車での通過なので楽勝です。ちなみに高山病による頭痛等の症状も皆無でした。気温は‥参考記録ながら‥(左上画像マウスオン)。



ここからは緩やかにソンクル湖に向かって下っていきます。



半分以上の馬が地面に転がってまったり中。この日はお天気もよかったし、彼らにとってもリゾート気分だったのかも。



子馬くんたちもすくすく育っているようで何よりです。羊くんたちもこれなら気持ちよいよねぇ。



道路は川渡りもあるし、走りやすいところを走ることもあって今後はもっと荒れていくのでしょうね(複雑)。







そんなわけでダートに入ってからここまでの動画です。自分で言うのもなんですが大した動画ではありません(苦笑)。



というわけで続きは次のページにて。

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