でも大都市やお祭りなどの人ごみにはほぼ近寄らずでした。

その12 雌阿寒温泉タンノーのあと釧路湿原方面へ



やっぱり今回もこちらに立ち寄りました。ツルツル♪

さて阿寒湖のあたりから雨もガスも取れました。野中温泉にはもうチェックインできる時間でしたが、もしかしたらというわけで、明るいうちにオンネトー方面に行ってみることに。翌日は時間的にタイトな部分もありましたので。

もちろん晴れ間などは望めもしませんでしたが、いざ行ってみると‥





ま、逆さ雌阿寒&阿寒富士がゆーらりゆらり系河童の三平モードなのはしょうがないですね。というか何を言っているのかわからない人のほうがもはや圧倒的に多いと思いますので、念のためYouTube動画へのリンクを貼っておきます。2分程度の短いものです。

子どもの頃(とはいっても夏休み午前中の再放送でしたが)、この白黒番組と相俟って(というかわが家のTVもまだ白黒でしたが)、幼少のTakemaはこの番組を「ミタコワイ」(見たいが恐い)がゆえに、なぜか姉と押し入れから見ていて(コワイので)、で、本当に恐い場面になるとTV画面から逃げるために押し入れのふすまを閉める、そうすると当然真っ暗になってしまうのでますます恐くなるというようなループを楽しんでいたような気がします(元来が小心者なので)。



湖畔に佇むおしんこどん。雌阿寒岳西側斜面からは噴煙が。

ではでは、今宵のお宿である雌阿寒温泉野中温泉旅館へと向かいましょう。と、その前に‥。



左上は2022年、右上は2009年です。

雌阿寒温泉でかつて営業していた「民宿 景福」についてひとこと語っておこうかと思います。北海道の温泉について詳しい方であれば当然ご存じであろう、ここ「景福」で2013-14年に相次いで起きた硫化水素ガス中毒による死傷事故、そのため現在に至るまで営業停止となっているこちらの元お宿ですが、われわれは2009年夏に宿泊しています(右上画像はその朝の出発時です@その時の宿泊ページはこちら)。

あらためて当時のページを見てみると、窓は開け放たれていますし(網戸になっているのは虫対策を考えればともかくとして)、それとは別に脱衣場出入口とは別の「外に出る扉」が完全に開け放たれていたことは今でも覚えています(夏とはいえ身体洗い中に「寒いなぁこの扉が何で開けっ放しなんだよ」と思った記憶があるので間違いないです)。

ただこれは今回宿泊の野中温泉でも励行されていました。事故時にこの扉が(入浴客により閉められていたかどうかはともかくとして=寒いので)、お役所のお達しによると、「硫化水素ガスを含む温泉の場合、少しでもガスを逃がすため浴槽の上部に湯口を設置することが求められていたようなのです(強制ではなかったようですが)。

しかし長年営業していた景福の内湯は「足下湧出」を売りとしており、そうなるとどうしてもガスが滞留しやすくなるわけで、事後の検証では「法律で許容されているガス濃度比最大20倍」が検出されたとのことでした。硫化水素ガスは比重の関係で下に溜まるわけで、もし扉が閉められていたとしたら(未確認ですが)、上部の窓が開けられていたとしても排出はできなかったことと思われます

もちろんこの死亡事故のあと硫化水素ガスに関連する当局の規制や保健所による監査は厳しくなり、われわれがたまにお手伝いしている宮城栗駒の駒の湯温泉(2022現在コロナ禍で休業中)も、源泉投入部に排気ファンが取り付けられ、そのファンは休業中であっても365日24時間回っています。ええ、今まさにこの時間においても。それだけここ景福の事故は大きな影響をもたらしたことがわかります。

ただ、建物自体は手が入れられているのか外観的に傷んだ箇所はないように見えました。浴室部分は撤去されていましたが、もしかしたらいつの日か復活することもあるのかも知れません。



さてそのお隣に位置する野中温泉にチェックインです。到着時間はそれほど遅くはありませんでしたが、近隣にオンネトーの野営場があるので日帰り入浴のお客さんが入れ代わり立ち替わりという感じです。よってお風呂は日帰り入浴終了後に行くことに。この日の宿泊は夕食なしにしていたので(夕食は弟子屈のフクハラで購入済み)、たぶん夕食タイムが18:30くらいじゃないかと見積もっての目論見でしたが(山の宿は食事タイムが早め)どうだろう‥?



おお、あつ湯なのね(期待)。部屋はどシンプルです。

とはいえTVはあるしWiFiも飛んでるしで特に不自由はありません。上に書いた通り硫化水素ガスの発生が多い温泉なので電化製品はすぐ駄目になってしまうわけですが、この本館と、浴室のある棟とは‥





廊下通路はリフォームされたようでピカピカですが、本館と浴室棟はそこそこ年季が入っていましたから、もともとこのような配置なのでしょう。まぁ確かに賢明な配置ですし、脱衣場と浴室の間にも間仕切りがあり、「とにかくできるだけガスの影響を最小化する」というお宿のポリシーが伝わってきます。

そしてこの廊下の外にはエゾ鹿の親子が。たぶんこのあたりを縄張りとしているのか、窓越しにこちらから見ていてもまったく警戒するそぶりもなく悠然と草を食べていました。

さてそんなわけでいざお風呂へ。撮影禁止の掲示はありませんでしたが先客さんはどうか‥





熱めになっているという湯温ですが、体感で43度弱という感じで特に熱いとは感じませんでした。というか、ご覧の通り窓も、そして露天風呂に続く扉も開け放たれており、夕方ゆえ気温も下がりつつあったことから湯から上がってのクールダウンにはベスト of BEST。気持ちよかったぁ。



青いな。青いけれどこれは所謂「すがわらブルー」とは違うな(鳴子温泉の旅館すがわら)、濁り湯由来の青なのかなという感じです。源泉はお上のお達しのとおり「外気に触れさせてガスを飛ばしている」ようです。ただよくわからないのですが、湯の落ち口にわざわざ斜めの板を張っている理由はなぜなのでしょうか?湯を直接落とすよりもガスが撒き散らされないのでしょうか?



続いては露天風呂へ。こちらもそこそこ熱めですがまぁ問題なく入れる温度です。ただこちらは透明度が高くしかも色も緑がかっています。源泉は同じでしょうに、温泉というのは不思議なものです。



なお、館内外にはねこがあちこちに。4匹かなと思ったら5匹いるのだとか。黒ちゃんが2匹なので区別が付かなかったのかな。人なつっこいというよりはみんな「わが道を行く」系かな。この距離感、悪くないです。



部屋に戻って、ハイ、これがわれわれの夕ごはんでーす(2人前)。



明けて翌朝。ちょっと某所を見学に行きました(どこでしょうねぇ?)広い湯溜まりがありまして、ええっと、記憶によるとあの辺りがかつてのアレかな?(謎)。



何やら壊れた残骸も。ちょっと足だけ浸けました(適温)。



朝の気温は17度弱、8/3ですから涼しいですよねぇ。階段上のソファーには2匹の猫が線対称系にクッションよろしく寝ておりましたが、さぁって正規の朝風呂にイッテキマース!



あまりにもわかりやすい暖簾。先客さんもなしでした。



なお浴室にシャワーなどの近代的施設はなく、身体を洗う場合は浴槽から直接湯を汲んで使うか(自分はそれで問題なし)、左上画像の湯汲み場のお湯を使うという選択肢しかありません。それが気になる人は‥あ、阿寒湖温泉に泊まればいいので問題なしですね(笑)。

ちなみに湯花もそこそこ析出するわけで、右上画像だって(マウスオーバーで別画像に変わります)。やっぱりお掃除は大変なのだろうなと。



さて朝食です(ちなみにこのページをタイプしているのは8月上旬から4ヶ月以上経った12月なのですが、この朝食についてはまったく記憶がありません)。でもいかにもの「山の朝ごはん」ですね。

おしんこどんはねこをなでなでして(右上画像マウスオーバーで出てくるカウンター上のねこは別ねこ)、さて出発前にもうひとっ風呂を浴びた上でこの日は釧路へと向かうのです。



この日は曇りで雨も降るような予報でしたがとりあえず朝段階では降っていなかったので、これまで行ったことのなかった白藤の滝を見学してみることにしました。駐車スペースからは山道を下っていくことになりますがまぁほんの数分ほどです。







ま、われわれも手や足を上げたりして記念写真ね。

ちなみにこの沢の上流部に源泉の湧出箇所があることは知っていますが(その場合のスタート地点はこの滝ではなくもっと上流部から)、ま、今回はいいかなということでパスしました(「大人になった」というのか「無精になった」というのかはまぁここでは言いますまい@おわかりかと)。ぬるいみたいだしねぇ。



おしんこどんが恐れおののくアブくん、この夏は案外ましだったかなぁ。多かったのはオソウシ温泉あたりだけだったように思います(そのあとは天気がイマイチで気温が低かったことも関係していると思います)。あ、Takemaが一時停止不履行でとっ捕まった某所も実に多かったか(苦笑)。

さてこのあとですが、まっすぐ釧路まで行くはずもありませんで、まずは峠を越えて鶴居村へと抜ける道道1093号線へと入ります。ご覧のとおりダートです。このあたりから雨も降り出しましたが大雨ではなくしとしと程度。



ダート路とはいえ道道ですからそこそこ整備はされていて(穴ぼこがないわけではありませんが)、オンロードバイクでもこれなら走れるかなという状況でした(2022夏)。ただし林道の場合、大規模整備が行われると砂利がたっぷり撒かれることもあり、そうなると一気に走りにくくなりますので必ず最新情報をご確認下さい。



峠を下ってきて牧草地帯となりましたが、家屋はないので広い草地をエゾシカが嬉しそうに走り回っていました。エゾシカによる牧草の捕食量は、道内全体で一体全体どのくらいになるんでしょうかね。たぶん生草の重量では万トン単位なのかなと(誰も計測できませんが)。



さて鶴居村中心部まで下りてきて、郵便局で諸般のお手続きをば。で、このあとはお昼過ぎに「釧路川のカヌー下り」を予約していますので!

どうせ真っ直ぐ塘路まで抜けられる道道1060号線は通行止めなので(橋が落橋したためということですが、何だか直す気もなさそうな@国立公園内だし)、北回りでとなるとやっぱり立ち寄りますよねオーロラ温泉!











こちらのオーロラ温泉にはもう5-6回くらい来ているんじゃないかと思いますが(泊まったのは1回だけですが@この時です)、ここは好きだなぁ。基本的に初訪問以来何も変わっていませんし(いつもきちんと整備されています)。

で、これまで気づかなかったのですが、山の斜面にはしっかりロゴが描かれていたのですね!



これって下からではちゃんと見えないわけで、もしかしてグーグルマップ対策広告なのですか?あれ、でも最新(2022/11)の上空画像だと全部刈られているように見えますが。右上画像は少し古いもので、縁取りがありますね。

このあとは標茶町中心部をショートカットする道道&R391経由でJR塘路駅へ。



8月に入ったばかりですがすでに萩の花が咲き始めていました。

釧路川下りは塘路駅近くにある「ファミリーカヌーとうろ」さんを予約していましたのでまずはそちらへ。12:30出発予約でしたがまだ11:30ゆえ食事をしてくることに。事前に駅前のハンバーガー屋さんを考えていたのですが、実は駅前は人々でごった返しており観光バスも。ちょうど観光列車「くしろ湿原ノロッコ号」が折り返すタイミングに当たってしまったようです。

カヌー会社の担当者さんも「あそこのハンバーガーは出てくるまでそこそこ時間がかかります」(それは実にいい意味でもあるのですが)とのことで、さすがにあの駅前の混雑ぶりを考えればパスせざるを得ません。他には‥あ、ここに来る途中に見たあのラーメン屋さんか!というわけでそのお店で食べてくることを伝えていざ!





ラーメンとチャーハンを頼んだわけですが、こちらのお店も混んでおりというか、北海道のローカル地域のお店あるあるなのが「そこそこ混雑すると料理提供が思いのほか遅くなる」なのです。

まぁこれは北海道に限らず日本の地方部全般に言えることなのかもしれませんが、要は、



だから、その「普段」と状況が変われば云々。この日はわれわれの入店でたまたま満席になったタイミングでした。店内を見ると料理提供済みのお客は半分弱で「少しかかるかな」という感じ。ちなみに店内オペレーションはお二人でした。お店は20席もなかったでしょう(ネット情報によると13席だとか。ただしコロナ禍による減席もありそうです)。で、予想通り‥



各テーブルへの料理の提供はかなりゆっくりペースでした。というか「どうしてこんなにゆっくりと?」という感じで。いや、このことで丹頂さんを責めるつもりはまったくありません。たぶん丹頂の従業員さんにすればあの日あの時のお客集中はオーバーキャパだったはずなので。

以下、丹頂さんとは関係ないのですがふと思い出したので呟きます。

自分は今を去ること35年以上前の学生時代、東京は恵比寿の洋食屋でアルバイトをしていました。最初はただのウェイターだったのが、人手不足により(経営者が世間並みに時給を上げなかったのでなかなか人が集まらなかった@それでも辞めなかった自分も自分です)気がつけば自分がコックの白衣も着ていましたし、保健所主催の研修にも(代理で)参加したり、アルバイト募集雑誌の営業さんと打ち合わせをして(募集記事を載せてもらい)、それで連絡をくれた人と自分が面接&採用可否を決め(否はなかった)、そして接客指導までしていたことを思い出します。その頃には正社員のマネージャーもいなくなってたので。

で、1980年台の恵比寿とはいえ(今よりはるかにローカルというか下町系)、当時のそのお店は1F2F合わせて70席くらいありました。そこそこの洋食系、それを厨房+ホールで6人で回したいのに、いざという時には3人で回す苦労といったら(涙)。ある意味地獄絵図でしたが「鍛えられました」。いや、今は別業種ですがそんな経験は大切よとしみじみ。

なお当時はネットもなかったので(1980年代前半)全てがアナログで、そういえばお店のメニューも手書きで全部自分が書いたのです。メニュー紙の周りにブドウの葉と実の絵をを巡らせて‥自分は小中高を通して美術は「5段階評価の3」だったのに‥あのお店には感謝しきれません(大笑)。お店のシフト管理や採用業務、さらには調理の基本まで身に付けさせていただきました(最近は全然駄目です)。

ちなみに自慢ですが高校1年次の美術は一度だけ「5」をゲットしたことがありました。あえてクレヨンで思い出系を描いたら美術の先生のツボにはまったようで。数年後山岳部の後輩から「お手本」としてTakemaの作品を紹介されたと聞きましたから間違いなかったはずです。以上、数十年前の「数少ない自慢」終了。

ハイ話を21世紀に戻しましょう。

しかしそれにしても料理が出てこない‥。まぁカヌー会社さんには行き先も告げてあるし案外鷹揚な気分で待っていたわけですが、やがて係員さんが車で(様子を見に)やって来ました。しかしまだ配膳されていないことを確認し、「それでは、食べ終わったらお戻り下さい」ということに(そう言うしかないですよね)。





無理に焦ることもなく普通のペースで食べましたよ。ちょこっと味が濃いような気がしましたが二人とも完食。さて受付に戻り、いよいよ釧路川下りです!


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