福島を応援しよう!というわけで「新米買い出し」日帰り行脚!



たわわに実る立派な柿、秋ですねぇ。でも‥

(2011年11月27日 その1)

あまりにも悲しき「3.11」から8ヶ月半が経過しました。しかし多くの被災地では生活再建のための復興はまだまだ始まったばかりであり、これからは被災地の経済の歯車を回すべく間接的な支援がさらに必要になって来る時期にさしかかっています。そしてそれはこれから何年も続くわけであり、非被災地の皆さんには(自分も含めて)ますます「復興の役に立つお手伝い」が必要とされているわけです。

しかしその一方で、絶望の淵に立たされているのが福島県なのです。一瞬のうちに故郷を失った浜通りの方々のお悲しみやご苦労についてはもちろんのこと、中通りは高い放射線量に悩まされ、そして奥会津の方々は7月末の超集中豪雨により(100mm/hour)国道も寸断、只見線に至ってはいまだに開通の目途すら立っていないのが現実です。

そんな今なのではありますが、ふとふり返ればGWに福島を通った際に「心に響く光景」を目にしたTakemaでありました。それは‥

それを見たTakemaはその時心に決めました。

そして、福島の桃については、実際に7月と8月それぞれに早生と晩生の桃を買いに来たわけです(このページこのページに記載しています)。しかし心配していたのはやっぱり福島の、それも中通りのお米でした。GWの直前に飯舘村が計画避難地域に指定されましたが、それと同時に川俣町の山木屋地区も同地域に指定され、TVでは地域の方々が「最後の(お別れの)花見」をなさっていた映像が放映されたことを今でも覚えています。そして、わたしが田植え作業を見ていたのもまさにその川俣町内だったのです。というわけで‥

ちなみに川俣町のJAは「JA新ふくしま」。訪問の数日前には同じJA管内で暫定規制値を超えるコメが大波地区で見つかり出荷停止となりました。しかしこれをJA新ふくしまが隠蔽などせずにきちんと公開したことは当然のことながらやはり立派。その心意気に応えるためにもやはり買いに行かねばと強く感じた次第なのであります。
なおこの発想および行動に対して賛同しかねる方もおられることでしょう。それはそれでいいのです。わたしは自分が考えたことをただそのまま実行しているに過ぎず、この件に関して誰にも勧誘、そして同意の強制もしておりません。それぞれがそれぞれの考え方に基づき、出来る範囲で「福島に手を差しのべて下されば」よろしいのではないかと。
そんなわけでいざ出発!いつものように常磐道を北上します。



震災後初めてここまで北上したのは4/10だったっけ。

そんなわけでまずは常磐道を広野ICまで北上します。とはいえ6月でも一般車通行OKのエリアですから別にどうということもありません。いわき中央ICを越えれば通行量もぐんと少なくなりますが、それは居住人口を考えればいろんな意味で?あたりまえのことなのです(後述)。

ただし大きな違いはといえば、その数少ない通行車両もそのほとんどがいわゆる「一般車」ということでした。6月に広野ICまで北上した際にはすれ違う車といえば「警察車両か自衛隊車両、または原発関連の車両(作業員を運ぶ観光バスとか)」ばかりだったのですが、今回は唯一警察車両を見た以外はほぼ全てが一般普通車でした(しかし一般車を撮っても絵にならないので警察車両を撮影しましたが=右上画像マウスオン)。

四倉のPAトイレには早々とミニクリスマスツリーが飾られていました。5ヶ月前には、この同じPAで自衛隊員の方々があの「白い防護服」に着替えておられたことを思うと隔世の感があります。もっとも、福島第一の現状を楽観視しているわけではありません。もし今大地震による津波が福島第一に押し寄せたら‥全ての労苦は水の泡どころか、下手をすれば日本の息の根が止められてしまうことは理解しているつもりです。

人間の労苦と自然の営みとは全く別の流れで動いていますから、自然の立場からすれば「粛々と事を行う」だけのことなのですが‥ですから、祈りましょう皆さん。無神論者の方々も含めて。

話がそれましたがそんなわけで常磐道の暫定的な終点である広野ICへ。

原発まではぎりぎり20km圏外に位置していたことが幸いした広野ICですが、後続車が来ないことをいいことに車をゆっくり走らせつつ封鎖先の路面を見てみると、分離帯付近には野放図に草が生え、また路面のアスファルトも、一切の車が通らないことにより白っぽく変色していました。そんなわけで高速を降り、前線基地となっているJビレッジにはもちろん近寄ることもせず(迷惑なだけなので)、6月と同じルートで海沿いを進んでみることにしました。

見えてきた2つの煙突はもちろん原発ではなく「広野火力発電所(東京電力)」です。全5機があるそうですが(6基目が2013稼働を目指して建設中)、津波で全機が起動停止に追い込まれたにもかかわらず7月半ばには全機が発電再開(総出力380万Kw)というのですから、2011夏の関東エリアを救ったのはまさにこの広野パワーの存在が大きかったのでしょう(ありがとう!)。

しかしその一方で、その南側に位置するエリアはといえば‥



撤去も修復も全くなされぬまま放置されています。ここ広野町は原発の爆発事故後立入禁止区域になり、その後2011/9/30までは緊急時避難準備地域に指定されていました(現在は全解除)。しかし放射線量が高止まりしていることを危惧なさっている住民の多くは町に戻ってきておらず、町としての復興はまだまだこれからになっているというわけです。

この後は前回と同様に折木・谷地温泉方面を目指したわけですが、道沿いに大きな柿がたわわに実っているのを見つけて停車。

そんなわけで写真を撮っていたら、すぐ上にあったビニールハウスから男性が出てこられたので「こんにちは」とご挨拶してちょっとお話を伺うことに。「立派な柿ですねぇ」と申し上げたら、

そうかぁ。この周辺の柿、今年は収穫されないままになってしまうのですね。こんなに大きくて美味しそうなのに‥。

ちなみに11月現在の広野町内の放射線量の値はだいたい0.3-0.5マイクロシーベルトのようですが、11月初旬に行われた検査結果によると、ミカンやキウィフルーツなどからは大体90-100ベクレルほどのセシウム134/137が検出されているようです(広野町の広報紙より)。

「暫定基準値」。何が暫定なのか、何を基準にして決めたのか、とにかくよくわかりませんが一律500ベクレルというのはいかがなものでしょうね。そろそろ農産物別に基準を設ける時期が来ているはずなんですが‥(お茶の件も然り)。何やってるんだ農水省や厚労省?

でもわたしゃお役人でも何でもないので自分の考えに基づいて行動するだけです。福島の新米の一部から一定量以上のセシウムが検出されているというのも知っていて、それでもなお「安全だというものを売っているならば買いに行く」、それだけのことです。そのことで万が一何かがあったとしても、誰に文句を言うつもりもありませんしね。

ちなみに上記男性とお話を続けているうちに広野町のお話になりました。「まだカーテンが閉められたままの家も多いですね」と申し上げると、

この情報の出元およびいつ時点で情報なのかはわかりませんが、なるほどそりゃ大変だぁ。戻ってきたところで商店がなければ買い物もろくに出来ないわけですし、放射線量の問題も含めて帰宅を見合わせている人も多いのでしょう。
ちなみに広野町では仮設住宅を南隣のいわき市に設けています。広野小中学校もいわき市内の学校に間借りする形で授業を続けています。となれば、学校が広野町で再開しない限りそのご家族が広野に戻ってくることはないわけであり、いやそれに、学校が広野に戻る時点で「転校」する生徒もいるだろうし‥。

いろんなお話を伺った上で出発です。この県道35号沿いの田んぼでは今年全く稲作を行っていませんでしたが、今回、その田んぼにトラクターを入れて圃場整備をしておられる方がおられました。来年は「やる気」なのですね!じゃ、来年のお米はここに買いに来るか(笑)。

そんなわけでいわき市に入り折木鉱泉つるやさんへ。ここも含めてこの界隈の温泉(鉱泉)は肌触りがツルヌル系なので大好きなのです。が、今回は湯めぐりよりも買い出しがメインなのと、「入るなら谷地温泉の石川屋さん」と決めていたので「休業はしていない」ことを確かめただけで戻りました。ただし日帰り入浴を受け付けているかは未確認です。

さて再び県道に戻って少し行くと、結局入れず仕舞いで休業してしまった「目の湯」の入口を通過します。と、そこには何やら新しい看板が!



こ、これも時代の流れというべきものなのでしょうか(ホントに驚いた)。しかも日立とGEの合弁会社?(福島第一原発は米GE社の技術支援により建設されたものです)。

ちなみにこの日は日曜日ということもあってか、駐車場には何十台もの自家用車が止められていました。皆さんゆっくり休んで‥いや原発絡みの仕事は24時間体制のはずですから土日も関係ないでしょうね。とにかく皆さんよろしく御願いいたしますと思いつつ、谷地温泉へと向かうTakemaでありました。

そんなわけで石川屋さんへ到着。駐車場からはボイラーから出る排気がうかがえたので「よーしよし」と思ったのですが、やはりまだ日帰り入浴は受け付けていないとのことでうーむ残念。前回訪問時のパンのお礼も言いたかったのですが、出てこられた方には見覚えがなかったのでこれも断念。やはりこの界隈はまだまだ「原発対策の最前線(作業員宿舎)」と位置づけられているようです。



庭のモミジの紅葉はまさに盛りでした。駐車場側のこの柿‥やっぱり廃棄なのでしょうか‥。

さて結局折木でも谷地でも入浴しない(出来ない)まま、この後はさらに内陸へと向かいます。小川町から夏井川渓谷沿いの県道41号を小野方面に進んでいきます。と!踏切を渡って少し行ったところに「手打ちそば」の幟と「商い中」と書かれた小さな気の看板が!お店は道に面しているわけでもないのでそのまま通過しちゃいましたが、「チョット待て!」というわけでストップ、20mほどバックして「よーしお昼ご飯はここだ!」。



この「商い中」看板、ドライバーからはまず見えません(笑)。幟が最大の目印です(両画像ともマウスオンで別画像に変わります)。

そんなわけで「峨廊庵」、何だか期待できそう!ちなみにこの日最初のお客だったようですが(到着が11:30だったので)、Takemaが出る頃には3組ほど入ってこられたのでそこそこ繁盛しているのかな?なお真向かいの家がご自宅らしく、Takema車が駐車場に入ってきたら、向かいの家から奥様とおぼしき方が出てきて「いらっしゃいませ」。こういうの何だかいいなぁ(笑)。

「三色そば(田舎・せいろ・けし)」を注文。田舎蕎麦が多くてせいろとけし入り蕎麦は少なめという配分でしたが、どれも美味しくいただきました。この道を通る時は間違いなくまた立ち寄るでしょう。Takema的にはお勧めはせいろかな。よーし次回は「鴨せいろ」か「冷やし鴨南」だ!(Takemaのお出かけランチはかなりの確率でお蕎麦なんです)。

さてここからは夏井川沿いの県道を進んでいきます。この道、たぶん20年くらい前に通ってるはずなんですが全く記憶なし。こんなに細かったんだー。



まぁ道が細いのは別にいいんですが、川の水に限らず本当に「よごすはかんたんもどすはたいへん」なんですよねぇ‥。



滝を上から見ても何の面白味もないということを再確認した次第です(大笑)。



でもこの道はバイクで走ってこそ楽しめるような気がします。磐越東線沿いなので列車と並走も期待できる?

そんなわけで小野町までやって来ましたんで続きは次ページにて。それにしても最近は日帰りのお出かけでも1ページで終わることがほとんどない拙サイトです(苦笑)。
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