− 伝統の「合わせ網漁」見学ほか (その3) −



ここからは帰還困難区域を通るR6を北上します。左上画像の川(何という名前の川だったかはよくわかりません)、もちろん一切の漁は行われていないはずですが、そんな人間側の都合とはお構いなしにこの日も鮭が遡上していたのでしょうね。自然の営みそのままに。

ところでR6を再開通させた直後にはなかったはずの放射線量/hリアルタイム掲示板が何か所か設置されていました。「3.197μSv/h」と表示されています。この数字から年間の被曝量について計算‥しようと思いましたが、様々な見地からの計算式がありガセネタ系誤解を招く可能性もあるので割愛。

というか、自分たちのいい加減な測定法による、かつ計算式の前提も説明しないままに算出した「この場所の年間放射線被曝量」とやらを発表しているマスコミとか、自称専門家集団ブログとかの情報に騙されてはいかんなぁと再確認した次第です(ホント)。過程に間違いがあっても、数字は一人歩きしますからね。

さてそんなわけで避難指示区域を通り抜け、やって来たのは南相馬市小高区です。さてここでお昼ごはんなんですが‥



事前におしんこどんに聞いてみたのですが、あらためて考えてみると「逆質問されたら‥そりゃ答えは決まってるよなぁ」(大笑)。しかも前回浦島鮨さんのお寿司があまりにも絶品だったゆえ、その記憶を抜きにしてのラーメンというのはなかなか難しい決断です。というわけで双葉食堂さんにはTakema単独で北上したときにおじゃまいたします!



そんなわけで2016/7の小高区避難指示解除の少し前(この時にもおじゃました浦島鮨さんへ。車の姿が見えませんが駐車場は店の脇なのでね。すでにピーク時間を回った13:00頃だったからか先客さんは2組だけ。でもこのあと「ごちそうさまでしたー!」と桶を返却しにきた方が複数おられました。たぶん「自分の家に戻られた方のお宅に親族の方々がお越しになった」という感じじゃないのかなと。

2015/12には当時の「おだかのひるごはん」(双葉食堂の店舗を借り受けた食堂)にもおじゃましましたが(その時のページはこちら)小高地区の人通りはその時より明らかに増え(というか2015/12の時には食堂以外では人の姿を見なかった)、そして2016/7と比べても「少しだけ」増えたかなぁという気がします。少しずつでもいいから、人が戻ってくれれば何よりなのですが。そうそう、この数日前にはR6沿いではない小高の市街地にコンビニ(ローソン小高店)が開いたんですっけ。この日は立ち寄りませんでしたが何とも嬉しい話です。

さてそんなことよりお昼ごはんです。塩竃の市場で買い付けているという海鮮ネタを使ったお寿司‥





大トロもタラバの生も絶妙!でも、自分たちとして大失敗だったのが「前回も今回も、カウンター席ではなくテーブル席に座ってしまった」ことです。寿司ネタの話はもちろんのこと、やっぱり小高の話をちゃんと聞きたいし聞かなくちゃ。ご主人&二代目の息子さん、次におじゃまするときはお話を聞かせてください。

さてお腹も十分に満足したあとは「とりあえずまた行ってみるか」ということで小高の駅前へ。



前回は再開直前ゆえ閉鎖されていた駅舎も今はもちろん開いていますし、現状としての北部折り返し終点駅ということもあるのか駅員さんも配置されていました(改札から駅事務室をのぞき込んでみたら「何かご用でしょうか?」という感じで改札方向に歩いてこられたので「いや違いますのぞいていただけです」とジェスチャーで意思疎通=ゴメンナサイ)。



それでもまだまだ人も車も少ないのですが、画像には写っていないながらも子どもが道を横断したり住民の方がお散歩的に歩いたりしているんです(避難指示が解除されているわけですからごくあたりまえのこと)。ちなみに右上画像のようなミニミニ産直もありましたので、トマトとオクラを購入。

さて帰り(南下)はR6ではなく常磐自動車道で帰ります。となれば南相馬鹿島SA=セデッテかしまに立ち寄るわけですが。





今回は凍み天と、冷蔵棚にあったヨーグルト(松永牛乳)を購入。家に帰って食べようっと。

さてこのあとは高速道路経由で順調に南下‥といいながら、なぜか往路でも利用した広野ICで下に降りちゃうのでありました。というのもこの日はまだ温泉に浸かってませんからね。

もちろんいわき湯本界隈の湯でもいいのですが、実はこの前日、とあるお宿に電話を入れて日帰り入浴の可否を確認しておいたのです。しばらくの間は日帰り不可だったのですが、今回めでたく入浴OKとのお返事をいただき‥





いやしかし、上画像を見て「あれ?これが田村屋旅館?」と不思議に思う方もおられるのではないでしょうか。実は自分もこの建物を見るのは初めてでした。しばらくご無沙汰している間に、何と母屋部分が建て替えられていたというわけです!

ご主人と若旦那が出迎えてくださり、積もる話はまぁ入浴後ということでまずはお風呂へ。お風呂エリアの建物は以前の通りでしたが、こちらはもともと母屋側より新しい増築部分でしたからね。というわけで‥







加温循環ではありますが、それとて湯はへたっておらず十分な浴感です。以前のレポにも書きましたが、こちらの鉱泉は無色透明無味無臭ながらPHは10.1という強アルカリ性冷鉱泉でホントにツルヌル、源泉蛇口をひねり非加熱源泉を出してみるともういよいよ頂点の領域に近い「ヌル感」に昇格するというわけですよ。

そのレベルたるや今はなき丸進別館にはかないませんが、少なくともレストハウス星沼と同等レベルという感じで、でもしんとろの湯には惜しくも負けてるかなという感じです(わかる人にしかわからない例えでゴメンナサイ)。自分の中のツルヌル番付でいけば「張出大関」あたりには間違いなくランクインするだろうという感じです(「張出」を付けるあたりの芸が細かいでしょ)。

で、湯上がりには若旦那さんとしばし歓談(お茶とコーヒーゼリーをいただきました。ごちそうさまでした)。母屋の部分はもともと築年数が長く、かの地震(余震も含む)によりかなり傷んだところもあったそうで、いっそのこと建て替えたほうがいいのではないかとお考えになった上での新築ということでした。

で、復興作業にあたる長期滞在の方々の動きもだいぶ落ち着いてきたため、これを機に‥え、え、何ですと?




震災前、近隣の「たきた館」さんに泊まったことはありますが(この時です)、実はここ田村屋さんはこれまで入浴ばかりで泊めていただいたことがないのです。「では、次回は必ずや宿泊でおじゃまします!」と即座に宣言したTakemaでありました(笑)。

なお、このあと話が周辺の鉱泉宿に及びました。

「(Takema)そういえば、ここに来る途中『たきた館』の看板に『空室あり』という紙が貼られているのを見ました。というわけでたきた館さんも一般営業を再開したということですよね?」

「(若旦那)いえ、そうじゃないんです。あれは『長期滞在用の部屋に空きが出た』という意味でして、一般客の宿泊にはまだ対応していないはずです」。

「(若旦那)この周辺でいえば折木のつるやさんもまだ一般客を受け入れていませんし、目の湯さんは日立GEの現地事務所になっています。うちの隣の石川屋さんも復興関連の作業員宿舎として企業と長期に契約しているため一般客再開の目途は立っていないでしょうね」

「(Takema)ということは、この界隈の温泉(鉱泉)宿の中で一般客受け入れを再開したのは‥」

「(若旦那)おそらくうちが最初だと思います」。



実は自分たち夫婦が初めて田村屋さんを訪ねたのは震災&福島第一原発事故後、2011/6のことでした。こちら田村屋さんも一時はこの地を離れていわき市内(谷地温泉もいわき市内の北部なんですが、北部から中南部のいわき市中心部へということでしょう)に避難されたようですが、そこそこすぐに戻って来られたそうです(その時のページはこちらに少々詳しく書いています)。

でもあの頃はまだまだ東日本全体が「見えない不安におそれおののき沈滞していた時期」でもありました(今でもそれ系のデマを発信し続ける呆けた輩はいるようですが)。正直言って自分も「田村屋さん、何とかここで頑張ってほしいな」と思いつつ当時の若旦那とお話しを伺っていたような気がします。

しかし今回の日帰り旅行で感じたこと、それは木戸川にせよ小高にせよ、「目に見える形で前に向かって進み始めている」福島第一原発事故被災地の今にほかなりませんでした。富岡にも間もなくホームセンターが開業します。少し遅れますがスーパーもです。そしてやがては現在の「帰還困難地域」にも復興の手が入り始めることでしょう。無論復興後の姿は震災前とイコールになるわけではありません、しかし着々と前に進んでいきますよ福島浜通り!



そんなわけで田村屋さんを辞去し、さすがにここからは一気に帰宅の途につきます。日帰り旅行記なのにこれだけのボリュームになるとは思わなかったなぁ(苦笑)。ちなみに常磐道最終区間の渋滞を回避するために柏ICで高速を下りましたが、結論としては「急がば直進」であったことを付け加えます。何だか以前も同じようなことがあったよなぁ‥。そして帰宅!




(あ、いま見るといろんなモノが写ってない。凍み天もない‥なお一番上に少しだけ写っている袋はお米です)

地域復興のお手伝いとしてもっとも有効なのは「地域で地域のモノを買う」ことだと思います。「自分の消費量に見合ったモノを買い続ける」ことにより、ちいさなお手伝いではありますがそのちいちゃいぶんは間違いなく地域の経済サイクルに回るはずです。自分は泥出しとかの一次復興のお手伝いはできませんが(ギックリ腰の常連だし=ここ数年はやってませんがいつ来るかわからないのがアイツなので)、こうして購入すること、そしてこのWEB1.0世代のウェブサイトで情報を伝えていくことが各地域へのお手伝いなのだと思っています。

そんなわけでこの日帰り福島浜通り編も終了です。最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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