ちょこっと寄り道&投宿してきました(2)



諏訪大社の春宮には初の参拝です。



(2025/5 Takemaオフキャンプ前日のお泊まり編その2)

甲府昭和ICから中央道に乗り諏訪ICまで高速ワープ。途中のPAのちょっとした植え込みスペースに新緑の美しさを感じ(標高が高いのでこの時期(5月下旬)がまさに新緑の盛りという感じでヨシ)、高速を下りてからはずんずんと進んでなぜか「つり具 上州屋」に立ち寄りました。おしんこどんが「あるもの」(釣り具ではない)を買いたかったからなのですが、残念ながら求めていた品はなくて残念でした。

さて、岡谷エリアまでやってきたので、下諏訪温泉あたりで浸かろうかと思って久々の「菅野温泉」をターゲットにして進んでいたところ(いつもの通り下調べはなく記憶が頼り)、




(「え?知らなかったの?」と言わば言え(笑))



先客さんがおられたので湯画像はありませんが、脱衣場にあった説明画像をパチリで風情はおわかりいただけるかと。それにしても入浴料(300円)を払わない不逞の輩が多いのか、「払ってね」系掲示がかなり多いような気がしました(街中ですから、まぁいろんな人がいるのかと)。

お湯はやや熱めで「うむ、下諏訪の湯だな」という感じです。湯触り良好、日々の湯使いには実にヨロシイ裏山椎。というわけで身を清めての参拝準備もスタンバイOK、諏訪大社(下社春宮)へと向かいます。いや春宮詣でも含めてすべて偶然の成り行きだったんですけれど(笑)。



神楽殿の立派な注連縄を拝見しつつ奥の拝殿へ。1799年の建築で規模は違えど秋宮と造りは同じなのだそう。ただし別業者に築造させたようで、「秋宮」と対抗させたということでしょうか。細かな造作にはそれぞれに意匠があるようです。ただし今回はそんな意匠を凝らした彫刻等は撮らなかったのでゴメンナサイ(そもそも寺社仏閣こだわりサイトではないので)。





自分が中高生の頃、またそれから数十年後、2004年の春山登山をした時にも(この時です)、登山口である美濃戸口までの途中の道路脇には「御柱」が置かれていました。ただ2004年のページにも書いていますが、この御柱(モミの木)はもはや諏訪側では大木が手に入らぬようになり、今は佐久側から搬入しているのだとか。しかし佐久側でも御柱祭は行われているようですし、今後はどうなるのやらです。

確かにこちらの境内に立てられている御柱も、「直径1m」にははるかに満たないものでしたし、下社で見たものもやっぱりそれほど太くはなかったよなぁ(この時です)。モミの木自体は(亜種を含めて)寒帯エリアのあちこちにありますし、そのうち北欧北米から輸入されたものがご神木となるのかもしれないなぁと(あまり考えたくはないですが)。

きちんと参拝を済ませた上でこの日のお宿に向けて出発しま‥したがすぐにストップ!





御柱祭ではとみに有名な場所である「木落(と)し坂」はここだったのですね。しかも上方には何やら「今や落とさん」系の御柱(ダミー)が。これは行かずばなるまい!というわけで上にも行ってみました。



上からの景色は左上画像のような感じで、これを見ていてふと思い出しましたよ山屋初心者、弱冠15歳の春3月に初めてアイゼンを着用して南八ヶ岳の阿弥陀岳を登った時のことを。

アイゼンを着用しての最後の登りも恐かったのですが(3月下旬だし岩場だし)、阿弥陀のコルまで下ってきてアイゼンを外し、さてここからは尻セードで一気に下るよということになったのですが、「これ、止まれるのか?」と思いきりビビラーになったことを思い出したというわけです。

人生のふり返りはこのくらいにしておいてこの木落し坂、この角度で木に跨がり何の制動制御もできないまま坂を下っていくというのは(もちろん木の形状とかを確認して一番安定するであろう部位を接地部にしているんでしょうが)、グリセードや尻セード(こっちはお遊び)とは全然違う恐怖と気合いと(最後は運)が必要なんだろうなと思います。





「諏訪に生まれなくてよかった」のか「諏訪に生まれたがゆえの心意気発動」なのか、それぞれに思うところはあるでしょう。でも長年にわたりこの神事(7年に1回)が受け継がれていることから考えると答えは一つなのでしょうね。なお‥


(公式ページはこちら



このあとはいよいよ本日のお宿めがけて直行!‥のはずでしたが、とりあえず道の駅に寄ってみました。で、ここでローカルのお味噌を買いまして、この翌日のTakemaオフキャンプで振る舞われた豚汁の味噌はこちらで購入したものでありました。写真を撮っておくべきでしたが残念。地元産のものでしたが、豚汁、イケてましたよね参加者諸兄?

そのあとはぐんぐんと山を上がっていきます。ビーナスラインです。午後もやや夕方に近いということで(平日ですが)多くの車が下っていく中、われわれだけが上がっていく気分は悪いはずもありません(性格悪)。



さてビーナスラインの最高地点まで上がってふるさと館へと向かい、最後は一般車進入禁止のダートをしばらく走って‥





当時の自分は社会人2年目でしたが、3月末で仕事を辞めてNZのワーキングホリデーに行くことを決めており、ビザはこの頃無事取得、故加藤保男さんが経営に参画した旅行会社「エベレスト」で1年オープンの航空券(シンガポール航空)も購入、あとは到着初日のオークランドの宿(ホテル)の予約も終えており、全ての事前準備が終わった頃でした。というか、これしか事前の準備をせずに初めての海外旅行に出かけた自分をほめてあげたいですわ(笑)。

で、何でこんな話を書いたかというと、その「エベレスト」の懇親会として「エベレストクラブ」というのがありました。そのイベントとして当時の2月にスノーモービル in 美ヶ原というのがありまして、そのベースがここ美ヶ原の山本小屋だったわけです。

スノーモービルについてはその後ハマるでもなくでも時々上富良野とか(この時とかこの時とかこの時とか)カナダはホワイトホースで32kmほど走ったりヘタレを突っ込まれたりしたわけですが(この時です)、それらの原点はここ美ヶ原だったというわけなのです。懐かしいなぁ(建物は当時と同じだし)。



チェックインして部屋へ。階段をいくつも上ってようやく部屋へ。脊柱管狭窄症持ちの自分にはなかなかつらいのですが、手前側の棟は一番古いようで、現在宿泊には供されていない感じでした。

いっぽう、たどり着いた部屋からの景色は広々としていて、ええっとそうです、この見えているエリアをスノーモービルで爆走したり窪地にはまりスタックして大汗をかいたりしたのでしたよまだ当時弱冠24歳だったTakema!もう35年以上前のお話です(笑)。



まずは館内のチェックというかうろうろです。「美ヶ原高原ホテル」との冠は付いていますが、あくまで山本「小屋」ですからホテル並みの設備を期待してはいけませんし、そもそも35年前と基本は変わっていません。ただしトイレ等は改修されています。ゴミは分別して廊下の集積場にね。

なお喫煙所は玄関脇にある従業員用の作業部屋が充てられており、え?ここ使っていいの?という感じでしたが、かえって落ち着ける感じで、滞在中は何度も何度も何度も往復しましたよ(遠かった)。



続いてはお風呂の見学です。手前に掲示されていた分析書を見ると「規定泉」とあります。鉄イオン(Fe2+)が基準以上あるようです(ただし療養泉の基準には達していません)。ま、それでも「温泉」ではありますからね(泉温は10.6度なので加温循環の湯使い)。ではでは、まだ誰もいない浴室へ。





というか「浴槽が丸かった」ということと、かなり熱めだったということくらいしか覚えていなかったんですけれどね(苦笑)。まだ誰も入っていないようでしたが、まぁこの時は見学のみにとどめました。



というのも、暗くなる前に近くの美しの塔までお散歩しようと考えていたからです。観光客もぐんと少なくなった夕方ゆえ、散策しているのはほんの数人だけでした。両サイドは放牧場になっており、そのど真ん中を突っ切る道を進みます(一般車は通行止め)。そういえばこの道もスノーモービルで走ったなぁ。

で、この日は終日曇りでややもやっていたのですが、ん?あれは槍ヶ岳ですね(右上画像にうっすらと見えています)。明日のTakemaオフキャンプFinalもせめてこんなお天気だと嬉しいな(その結果がどうであったかは次ページ以降ではっきり判明します)。







というわけでいつものように無意味に足を上げます。

もっとも特にすることもないので、来た道を戻ります。と‥、先ほどまではるか遠くにいた放牧牛たちがこちらに向けて歩いてくるではありませんか!



というわけで無理矢理記念撮影。



あれあれ、王ヶ頭付近に雲が上がってきましたね。



というわけでお散歩終了です。しつこいようですが脊柱管狭窄症ゆえ一歩ごとに痛いんですけれど、まぁまだ歩けるからとりあえず普通に過ごしておりました。



夕食は予約時に選択していた桜肉のすきやきコースです。桜肉以外にも、鴨、福美鶏、牛、ジンギスカンから選ぶことができ、1名だけ換気扇の真下で(煙が出ますからね)ソロジンギスカンを楽しんでいたようでした。メニューはこれらで固定されているようです。







というわけで明けて翌朝です。朝一番でお風呂に入り、何と朝6時に玄関前へ。実はこの朝、宿泊者対象の無料ガイドツアー(王ヶ鼻)を予約していたのです。



しかしこの朝のお天気はご覧の通りのガス模様。まぁ予想は出来ていましたし、ネットで雨雲を見てみると、どんどん西からこちらに迫ってきている様子。ゆえに展望も期待できないということか、宿泊客はそこそこいましたがこのツアーの参加者は何とわれわれ2人だけでした!



というわけで、昨日歩いた道を進み、さらに右折して王ヶ頭方面へ。立派な王ヶ頭ホテルの前を通りすぎ、電波塔脇の小さなスペースに車を止めてここからは歩きです。とはいえ平坦な遊歩道なので(痛みを除けば)余裕余裕。



さすが標高2000m、5月下旬だというのにまだヤマザクラの花が咲いていました。木々にはサルオガセが着生しており、やはりここが冷涼な気候の地であることがわかります。ところでガイドさんが「以前、このサルオガセが食べられないかと思ってしばらく煮てみたんだけれど、やっぱり駄目でしたね、苦味が抜けなくて」とおっしゃっていました。

「では、ワラビのようにあく抜きしてから煮たりしてはどうでしょうね」とお返事しましたが、今調べてみると、やはり「あく抜きをするとまあ何とか食べられる」ようです。何でも味は「海藻で出汁をとったような味、シャキシャキした食感」なのだそうで、調理法は「チゲ鍋、ワカメスープ(炒めものは不適)」と書かれていました。そうだ、天ぷらはいけそうな気もするぞ!と、妄想風船がどんどん膨らんでいくのでこのくらいにしておきます。



もっと立派なサルオガセもありましたが。



歩くことしばしで王ヶ鼻に到着です。おかげさまでご覧のとおりガスの大展望です(ハナから期待ゼロでしたが)。松本盆地とその奥に連なる北アルプスの連山を眺めてみたいところでしたが、ま、しゃーないです。



ここには多くの石仏が安置されていますが(江戸時代のものであるとされる)、みな御嶽山の方向を向いて安置されています。ここ王ヶ鼻はいわゆる「遙拝所」だったのでしょう。山岳(御嶽)信仰が盛んだったことを物語っています。当時は御嶽山頂上部(八合目以上)が女人禁制だったので、女性はここから御嶽山を遙拝することで御嶽詣でとしていたとか?(記憶違いだったらすみません)。



さて帰りましょう。戻る途中で姉妹館である「ふるさと館」の朝ツアー中型バスとハイこんにちは、といえば聞こえはいいのですが、牧場内の道路(一般車通行禁止)ではすれ違える場所も限られており、この時はガスっていたので仕方がなかったのでしょうが、われわれの車はたぶん50mくらいバックしたんじゃなかったかな?

右上画像はようやく行き違い可能な場所までバックしたところで撮影したものです。ところであちらの朝ツアーバスにはかなりのお客さんが乗っていてちょっとびっくり(お互い手を振り合いました)。というか、われらが山本小屋にお泊まりの皆さんがわれわれの他に誰も朝ツアーにエントリーしてこなかったのはなぜ?(不思議)。



お宿に戻ったあとはしばし休憩&朝ごはーん。シンプルな洋食ですがスープとかはおかわりもできて(おかわりしました)、これはこれでいいんじゃないかな。

お腹満足のあとは当然の入浴行動。そうそう、こちらの湯は上にも書いた通り加温循環湯なのではありますが、今回は一度も消毒臭を感知することがありませんでした。ま、ここで展望温泉風呂に浸かれるというだけでも価値はありです(ふるさと館や王ヶ頭ホテルは温泉ではないので)。

 



というわけで、オフキャンプ前のわれわれの行動でした。最後のオフキャンプ、皆さん大変お疲れさまでしたね(苦笑)。

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