- その1 まずは浪江町から始めます -



請戸川沿いの桜は「ふくしまの遊歩道50選」にも選定されています。

(2019年4月12日 その1)

自分は東日本大震災と原発事故が起きてしまうまでは福島県浜通り北部、いわゆる「相双地区」にほとんど縁がないというか足を踏み入れたことがなかったのですが(お恥ずかしい話です)、あの忌まわしい災害のあとはかえって頻繁に通うようになりました。今やわが家のお味噌汁に南相馬の若松さんのお味噌は欠かせませんし、広野にほど近いいわき市北部、谷地温泉の田村屋さんは、電話で「千葉のTakemaですが」というだけですぐわかってもらえるくらいの関係ともなりましたし。考えてみれば自分は「そうま食べる通信」の会員でもあるんだっけ。

ただ、その間にある「双葉郡」の各町村は、立ち入りの規制もあってなかなか足を延ばすことができませんでした。それでも南部の広野町や楢葉町、富岡町などには何度かおじゃましておりました(この時とかこの時とかこの時とかこの時とかこの時とかこの時とか)。そういうわけでもちろん夜ノ森の桜並木道も何度も通っているのですが‥



いつかはとも思いつつも、ほら、桜って年によって満開の時期が変わるじゃないですか、だから前もって計画も立てられなくて結構悩ましいわけですよね。しかも今年は年度初めのクソ忙しい時期に開花が発表され、「あーこりゃ今年も無理だ」と思ったわけなのですが、何とそのあとまさかの寒波襲来(夜ノ森では雪も舞ったようです)。

というわけで桜の花はたぶん保つ様子、そして今年度は金曜が休める(休みではなく半休の有休を取得)ので、そこで(日帰りで)行ってみることにしたわけです。目的地は浪江町、大熊町、富岡町、楢葉町の4箇所。特に大熊町はこの2日前の2019/4/10に一部とはいえ初めて避難指示地区が解除され(大川原地区)、これまで常磐道なりR6なりを「通過」するしかなかったのがいよいよ自分の足で歩き回れることになったわけで何よりです。というわけでレッツラゴー!



常磐道と磐越道との分岐。ここでいつも撮影してしまうのは、原発事故直後はいわき中央IC以北が通行止め、その後広野IC以北が通行止めというのが比較的長く続きました。でも広野ICまで再開通したころは、震災前に開通していた常磐富岡ICまでの再開通、さらには常磐道の全通などは原発事故の関係で夢のまた夢だと思っていたんですよね。しかし今や常磐道は仙台へ直通!自分も開通後は数え切れないくらい通ってます!



とりあえず四倉PAで最初の休憩。震災前はPA下り線はトイレしかなかったんですが、今は有人施設でご飯も食べられます。でも上り線の海鮮お刺身メインではなく煮物焼き物がメインでしょうかね。あまり惹かれなかったのでパスしましたが、朝ご飯食べてないんだよなぁ(地元市川市のセブンでアイスカフェオレを買ったのみ)。



こちらは2011/6の四倉PA。自衛隊習志野駐屯地の方々がここでタイベック着用(この時のページはこちら)。

この時に比べれば活気もあるし感覚的な開放感もある四倉PA、そりゃ、原発事故後すぐのいわき市界隈に漂う「行き詰まる閉塞感」は、千葉から来た自分にしてもはっきりわかりました。天気はいいのに洗濯物や布団は一切干されていないし、そして日中なのに基本的に誰も歩いていないというのが当時いわき湯本界隈を通った時の印象でしたから。

そしてその後の変化についてはご存じ?の通り。いわきは復興作業員&避難指示地域からの方々の一大拠点となり、一時はいわき市市街地における賃貸物件が払底したようです(このあたりは竜田一人氏著「いちえふ」が詳しいですね)。今は広野・富岡を中心に新たな賃貸アパートも多く見られ、いわき市内の状況にも一時の狂乱は見られないようです。



左上画像は常磐道沿いで常に一番高い放射線線量値を示している場所ですが、この日の数値は(見にくいのですが)「2.7μSv/h」。この区間を最初に通った時には7μSv/h以上だったことを覚えていますから、8年の時を越えての自然減衰もすごいですね。

あ、ただ今回は放射線量の話をしたいのではなく純粋に「双葉郡の桜を楽しむ」ためにやってきたのでこの話はここまで。まずは浪江町の請戸川桜並木へ行ってみましょう!



まずはメインエリアから少し離れたところにある桜並木へ。平日ですし少し離れた場所ということで当然ながら誰もおられません。でも桜である以上人がいようといるまいと綺麗に咲きますよ。ここでかなりのんびりしました(右上画像マウスオンで拡大画像に変わります)。

そして請戸川沿いの桜並木遊歩道へ。平日ということもあり駐車場は空いていましたが、このあとの週末などはそこそこ混んだのだろうなと思います(混雑を避けるため日曜日ではなく金曜日にやってきたわけです)。









まぁしょうがないですね。それにしてもこの請戸川の河川敷、確か神奈川の方がこの時期に限らず手弁当で草を刈って下さっていたはず。ありがとうございます。



画像で見る限り全然人がいないように見えますが、実際はポツポツいらっしゃいました。中には昔話をなさっている方も。浪江町の住民帰還率はまだまだ低いですが、これから少しずつ人が(外部からの移住者も含めて)戻ってくるといいなぁ。ちなみに駐車場に設置されていた線量計は「1.62μSv/h」でした。自分が住む千葉県市川市や、福岡市とかだって日によっては「0.1」を超えますし、そもそもこの数値を比較して「この数値によると1.6倍だ!」と声を上げる人こそデマゴークの真骨頂そのものですからね。ええ、問題ないレベルまで十分に下がっていますよ線量値。



続いては何となく浪江駅にやって来ました。今は「終着駅」となっており、常磐線運休区間の浪江-富岡を結ぶ代行バスが到着する時以外はほとんど人もいませんが、前と同じとは行かなくともまた一定の賑わいが戻ってくるといいなぁ。Jヴィレッジ駅開業は嬉しい話ですが(右上画像マウスオン)、常磐線再全通の時には大賑わいになるんでしょうね。

さて国道6号に出ようかと思ったら、市街地の、地元の人以外はあまり通りそうにない道路沿いにガソリンスタンドがあったのでここで給油することに(ついでに灯油ポリタンにも28L給油ね)。



で、ここで女性従業員の方とお話をしていて、「千葉からなんですが請戸川堤防沿いの桜を見に来ました」と申し上げると‥



とおっしゃって下さるではありませんか!というわけで場所を教えてもらってそちらに向かってみることに(ナビにも表示されてましたが)。



途中常磐線の踏切を渡りますがここは現在のところ不通区間。とはいえすでに新しいバラスト上に線路が敷かれ保安設備も設置完了のようです。しかしいっぽうで踏切名を記したコンクリート製の踏切ガードは根元が折れたままなのが不思議です。開業後もこれでいくということなのかなぁ?



途中、「幸せの黄色いハンカチ」を掲げて地域住民の帰還を願う個人宅をちらりと眺めつつ進んでいくと、おお、どうやらこちらが丈山公園のようです。



このあたりの数値は市街地よりやや高めの「0.365μSv/h」を示していますが、そもそもこの程度の数値で「相対的に高い」ことと「健康に悪影響を及ぼす」ことを結びつけること自体が間違っています(だからデマ界隈は「その可能性はゼロとはいえない」などという詭弁を用いるわけですし)。だったら西日本だって、世界中のどこだって「ゼロとはいえない」わけですし。

しかしその一方でやはり帰還していない空き屋が目立つのは間違いない事実でもあります。やはり避難指示の解除までの期間が長すぎたこと、そして今も町内の生活インフラが元には戻っていないというのは大きいのでしょう(ようやくスーパーの開店が決まったようではありますが)。「すでに別の場所に生活の基盤を築いた」方々も多いことでしょう。浪江町自体に活気が戻るまでには時間がかかりそうです。

さて公園駐車場に車を駐めて丘になっている公園内に進んでいくと‥



公園入口にあったトイレは使える状態でしたが、「今のところさすがに公園再整備にかける予算などない」ということなのか、園内は前年までに生えていた枯れ草が茂ったままでした。何だか切ない風景でしたが、これもやがては「そんな時期もあったね」と振り返る過去の景色となることなのでしょう。いや、そうなってもらわなくては!





雪についてはある意味感謝するところで、今年(2019)は開花からしばらくは気温が低い日が続き花期が長かったわけなんですが、満開近くになったところでまさかの雪!ゆえに自分がこの日北上した4/12でも各地の桜は散らずに残っていてくれたわけです。ありがとうねぇ。

いっぽうで茂みのまさぐりというか掘り返しは‥間違いなくイノシシでしょうね。避難指示が出ていた地域ではその間にイノシシが増え、自分もR6走行中国道にイノシシが出てきたのを目撃したことがあります(幹線道路ですよ国道6号線!)。

ここ丈六公園は市街地の外れにあり裏側は林になっていますから、そりゃイノシシも出ますわな。とりあえず自分がいる時に出くわしたくはないなと思いましたが大丈夫でした。そう考えると下の方にあった泥っぽいところは「ヌタ場」だったのかな?(ヌタ場=猪が身体に付いたダニ等を落とすため泥にまみれる場=イノシシのお風呂)。

丘の上にはコンクリ2層造りの展望台があり、これまたかなり古び始めていましたが登るには問題なしなので上がってみました。



なかなかいいじゃないですか!ちなみに桜はやや早めで五分咲きくらいだったのと、展望台に至る道沿いには実はあまり桜がないということもあって、きれいに撮れたのは左上画像ほかの何枚かだけでしたが、下りは別ルートで下りたことで濃いピンクのしだれ桜も撮れたし(これも咲き始めだったんでズームで咲いてるところだけね)、まぁよかったかな。ただし歩道整備不良&自分の勘違いで「最後の数mはイノシシルート=獣道」を駆け下りましたが(大笑)。



このあとはR6(通称「ロッコク」)に戻り南下しました。「この先帰還困難区域(左上画像)」「ここから帰還困難区域(右上画像)」との掲示が見えていますが、ここ数年でR6のこの区域内の状況もだいぶ変わったように思います。



基本的に帰還困難区域内のR6は駐停車不可(とにかく無停車で区域を抜ける)というのが基本だったわけなんですが、今回はところどころの信号が機能していました(あたりまえの青黄赤@左上画像)。開通直後は全部黄色の点滅でしたが、この変化が何を意味するかというと、「脇道を入ったところで作業している車の出入りがそこそこ多い」ということなのだと思います。

つまりは「帰還困難区域」(この名前は変なイメージを先入観として抱かせるので大嫌いです。かつての「警戒区域」のほうがはるかによかった)内においても、いまや「帰還可能に向けたさまざまな営み(作業)」が行われているということなのです。

そして右上画像。ここも同区域内なので右側のエネオスGS入口には進入禁止のガードが設置されておりもちろん震災後ずっと休業中なのですが、道路左側の出光のスタンドは幟も出ていてしっかり営業中でした。もちろん道路インフラの確保という意味での特別な営業許可が出ているのだとは思いますが、そもそも当局がそのような許可を出せるようになったことに地域状況の変化を感じます(もちろんいい意味で)!



さて大熊町に入り福島第一原発直近を通過します。このR6から施設の入口部分までは1kmくらいしかなく、事故を起こした原子炉までもほぼ1.5kmくらいといったところでしょう。国道再開通後も四輪車以外の通行は禁止されていますが、常磐道に比べれば多少数値が高いとはいえその規制が解除されていないのは、悪く解釈すれば「現状維持という名の行政の怠慢」、でも別の解釈をすれば「機動力のある(ちょっとした隙間があれば入っていかれる)二輪車が規制地域内に故意に進入することを防止する」ためなのかとも考えられます。もうしばらくはしょうがないのかな。

さてこのあとは「大熊町のR6沿い」では2019/4現在一般人が唯一普通に車を降りられる場所(だと思う)この場所へ。



やってきたのは「中間貯蔵工事情報センター」。汚染土ほかを搬入処理しつつ「一時的に保管」する中間貯蔵についてのPRセンターなのです。



館内の方々はとても丁寧に応対して下さり申し訳ないほどでありました。ただし右上画像の場所で放映される作業行程動画を見ればあとは特筆すべきものはないかなと(動画の内容がそこそこ濃厚なのです)とも思いました。あ、相対的にこの界隈の線量値が(問題ないレベルで=しつこい)高めなのは当然です(上画像マウスオン)。ただそれよりも気になったのは‥



ご存じの通り、当時のおバカな政権により「ここは中間貯蔵施設であり、期間終了後は県外に移出する」という約束のもと地元自治体が施設建設を受け入れたという経緯があります。でもそんな先の約束なんて、した方もされた方ももう「その時には政治の中央に(&元気な状態では)いない」わけですよね。

そのそれぞれの方々がやがて勲章やらをもらった上で往生し、でもその尻ぬぐいは数十年後の現場に任せたからね!‥って、そんな馬鹿な話が目の前にあるわけですよ。どうしたらいいのかなぁ‥。

さてこのあとは、たった2日前に大熊町内で初めて避難指示が解除された「大川原地区」へと向かいます。え?もちろん「桜を見に」ですよ決まってるじゃないですか!(笑)。

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