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祈東北復興!で東北を目指したつもりが、気がつけば北の大地も巻き込んでいつもの湯めぐりに(笑)。

− その1 2011夏、北海道(道南)&東北訪問メニューページ −



だってさー、これ系うまいもんの多くは北海道で食べてましたからね(笑)。

(2011年8月21日-30日)

2011年3月11日。この世界最大級の地震およびそれに伴う福島第一原発の爆発事故により、今後日本という国家が永続的に続こうが続くまいが世界の歴史の中にしっかり記録されることだけは間違いない、あまりにも大きな悲劇が起こってしまったわけです。

Takemaにとっての東北地方は、「初めての1週間1人旅@中1」という旅行人生?のスタート地域であり(その旅行をふり返ったページはこちら)、バイクに乗るようになってからも北海道と合わせて「一番訪問頻度の高い地域」でありました。

中でも福島県は距離的な問題もあり一番よく出かけてきた場所で、だからこそ今回の原発事故はあまりにも悲しく、「今だからこそ、自分は出来るだけ福島に足をのばそう」と思い、2011/4月から6月にかけてはこちらこちらそしてこちらさらに7月にはこちらというように、とにかくどこかで福島県を絡めるような形でお出かけを重ねてきたわけであります。

しかしここまでのお出かけの中で、Takemaの中にどうしてもわだかまるある想いがあったのも事実です。それは、福島県のみならず‥

「2010秋に訪れた三陸沿岸を訪れずして何とする!」

というものでありました。とはいえ三陸まで足を延ばすとなればある程度の日数も必要ということでこれまでガマンしてきたわけでもあります。

今夏は職場の移転作業があったので夏休みはキビシイかなーと予想しBIGお出かけはハナから考えていませんでしたが、あれまー何だか思ったよりも順調に進んだではありませんか!うちの職場は夏が閑散期にあたるため(笑)これは行かれるか?と、ここで北の大地の恐るべきささやきがTakemaの脳裡にこうささやき始めたのであります(微笑)。

うーむ恐るべき思いこみ系説得力に富み含蓄オーバーフローしまくり系の本末転倒に至らぬとも限らないテクマクマヤコン、エグゼクティブになーれ的なささやきをいただいちゃいました(笑)。いやそれもTakemaの脳内シナプスだかミトコンだかが勝手に「何かと何かをつなげてしまった」だけなんですけれどね。

で、お盆前のころ、8/21発大洗−苫小牧フェリーの空き状況を確認してみると‥うわ、深夜1:30発の便がまだ空いてる!というわけですかさずポチっとね。そんなわけでこの旅行は、

ということになったのであります。ただし出発前の予約はこの往路フェリーおよび翌日の一部食事関係を除いて基本的にせず、現地の状況に応じて云々というフレキシブルという名のアバウトな流れに身を任せることといたしました。それが結構「大失敗の元」ともなったのでありますが、まぁその辺は本編を読んでいただくということでナニして下さい。そんなわけで目次です(前置き長すぎだって)。

深夜便は予想外に居心地よくて明け方まで深酒、吉野家経由で支笏湖畔の宿へ
タイトル通り大洗−苫小牧の深夜便は予想以上にいい感じのフェリーでした。これからは夕方便に固執することはなさそうです。ただし到着後は調査不足で痛恨の吉野家夜食(笑)。しかし支笏湖畔のいとう温泉素泊まりはまぁまぁというところでありました。
いとう温泉で朝湯を楽しみ‥しかしこのあとダブル玉砕
支笏湖畔の朝日は嬉しいけれどちょっと暑いです(笑)。しかし朝一番で身を清めたにもかかわらず結局このあとの野湯*2は「アクセス不能」&「場所不明」とで完全にロストでありました(無念)。その代わりといっては何ですが、予定外の萩野荘の湯をいただきました。アブラ臭ありでよし!
やってきました「北のランプ亭」、続いて信仰心を篤くして「観音湯」へ
海山の幸を炭火でジュージュー、しかも食事をしたお客は何と露天風呂入浴無料!という何とも太っ腹な「北のランプ亭」がこの日のメイン湯でありました。開店直後に入店し、まずは当然一番湯をタンノー!くはぁここサイコーじゃないですか!入浴後の海鮮炭焼ランチはどかんとスルメイカが鎮座していてインパクトたっぷり。
おとうと長万部キャンプの一夜、そして島牧で湯に浸かり賀老の滝でちとがっくし
場所はともかくヤブ繁茂に断念した野湯は要再訪、この後はおとうと3人でキャンプ宴会と相成りました。翌日は日本海側へと向かい、懸案だった永豊の湯をタンノー、しかし千走川温泉に入れず、賀老の滝へと方向転換。炭酸湧き出しはTakema的に満足、でも肝心の賀老の滝は‥次回は「第1展望台」をリベンジしなきゃ。
栄浜霊泉で思いもかけぬ格闘、せたなで海鮮ランチの後いざ奥尻へ
前回ロストの栄浜霊泉はとてつもない阿鼻叫喚系の状況で、手湯も足湯も飲泉も全て断念しました(笑)。このあとはせたなで海鮮お昼ご飯、ご飯の量は少なめなのですが海幸には十分満足。このあとは季節運航のハートランドフェリーで奥尻島へと渡ります!
奥尻到着、まずは島の北部をちょこっとうろうろ、そして海幸づくしの夕ご飯っ!
奥尻の宿は前日に予約した「旅の宿 大須賀」さん、夕食前には最北端の賽の河原、そして球島山展望台でのんびり。さーてその後は宿に戻って待ちに待ったり夕ご飯!お肉はひと切れたりともありません、あるのは島で採れた海幸がどどんというばかり!
奥尻島を時計回りにぐるり満喫編その1
テント干しも完璧終了、朝獲れのイカはもちろんタンノー、そして思いがけずさっそくのナベツル岩見学後はうにまるくんの総本家に乱入(笑)。そして青苗では北海道南西沖地震に思いを馳せます。東日本大震災の「復興」にはここ青苗の教訓も役に立つはずです。
奥尻島を時計回りにぐるり満喫編その2
奥尻島の西海岸はとっても淋しい地域ではありますが、それは同時に自然満喫エリアでもあり、いつか再訪したいエリアとなりました。神威脇の温泉で力を蓄え、幌内温泉跡の源泉しずくに未来を想い、宮津の弁天さまに幸運をお願いしたところでタイムアップとなりました。
奥尻を離れさーて江差へ、車中泊のつもりが気がつけば(笑)
奥尻滞在中最後のご飯もまたゴーセーなものでありました。でも間違いなくお値段は安いです(積丹とはガツンと違う!)。船で江差に渡り、とりあえず江差の湯を経由してテント泊か車中泊‥しかし気がつけば南隣の町でお洒落にイタリアン夕食、そして‥
まだまだ続く道南湯めぐり、盤石温泉の湯をタンノー後ようやく南下開始(笑)
盤石温泉は十分にタンノーさせていただきました。で、森町でお蕎麦をいただいてリベンジの東大沼留の湯までは順調だったんですが‥ああ大船上湯、川汲と連続玉砕。思いこみが大失敗を生みました。あー、この界隈もまだまだ要再訪だなと昆布茶を飲みつつしみじみ。
根ボッケのお寿司ほかを「特別に」ぱくぱく、恵山の湯を上がり湯にいざ函館&出港
根ボッケの寿司など普通じゃ食べられないところをパクパク、そして恵山温泉で「泊まっちゃう?」系の誘惑に駆られながらも(かなり悩んだ)、夕刻の函館でラッキーピエロでお腹を一杯にしていざ津軽海峡フェリーへ!
いよいよ東北入り、まずは朝湯*2「さんない温泉」&「たらポッキ温泉」
青森港のフェリーターミナルで車中泊のあと朝一番湯は「さんない温泉」。ここは朝一の湯にしてはあまりに濃いです濃すぎます!(笑)。で、気がつけばそこから15分後次の湯に思いがけず浸かっておりました。清潔万全たらポッキの湯!
「森の中の果樹園」で果物タンノーのあとは(株)百沢温泉にて湯ったり
今回で5度目の訪問となる「森果樹」、7月中下旬の種類の豊富さには負けますがそれでも十分に楽しめます。ビタミンC大量補給のあとは新鮮な源泉の大量投入でせ「聖地」として温泉衆生の信仰を集めている(株)百沢温泉へ。おおーすごいすごい、うわさに違わぬイイ湯、しかも貸し切りで!
聖地その2「新屋温泉」をバッチシ貸し切り利用のあと又兵衛の茶屋宿泊
続いての聖地はタイトル通り「新屋温泉」。エメラルドグリーン系の湯+アブラ臭がこれまた衆生からあがめ奉られています。何とこちらも最初から最後まで貸しきりでした。さーてこのあとは行くぞ東八甲田、又兵衛の茶屋の温泉は何とリニューアルされておりました。
八甲田廃墟の湯は本当の廃墟に。別アプローチで「ブルーシートの湯」へ
アプローチが変わっていて「到達困難湯」かと思われた廃墟の湯ですが、発想を変えればいいのだとわかり無事到着。しかし何と‥湯がナイ!あぁあの藪こぎの苦労は何だったんだ!そんなわけでそのことは忘れて探訪第二弾!ブルーシートに包まれた湯は色彩感覚がおかしくなりそうですがいい湯です。
「ジーザス・クライスト」!この地に眠るイエスキリスト、そしてピ、ピラミッドまで?
やって来ました新郷村は戸来地区、ここにあるのは「キリストの墓」!イエスキリストはこの地で大往生を遂げたというのですから驚きです!ダビデの星やおでこの十字架さらには戸来の地名まで!そして今度はピラミッド?何なんだ新郷村!
宮田温泉保養所で「ナスの収穫」(笑)、そして高原の湯はアワアワ
とりあえず今宵のねぐらを確保したあとは安心してゆっくりと立ち寄り湯の宮田温泉へ。地元のおばあさんに逆サプライズをいただくとは思いもよりませんでした(笑)。このあと源泉加熱かけ流し湯にアワアワモードで浸かってすっかり満足。
無人のイーハトーブトライアル会場見学後葛巻経由で龍泉洞へ
朝のお散歩は牧場内のゴールゲート。朝食朝風呂のあとはくずまき高原牛乳のふるさとへ。3つのうち2つは美味しいプリンでありました(牛乳はもちろん美味しい)。で、このあとは去年立ち寄らなかった龍泉洞へ。内部もよかったですが、やっぱり水が美味しかった!
ようやく三陸海岸小本&浄土ヶ浜へ、破壊そして復興への現実
水門が津波に耐えても堤防を乗り越えられてしまっては手も足も出なかった小本、防潮堤ごと根こそぎやられた女遊戸、そして1隻だけとはいえ津波押し寄せる海に出港して船を保った浄土ヶ浜。自分が何をいうべきでもないでしょうがここには大きな違いがある気がします。
津波被災地、その被害の濃淡はあまりにもはっきりしすぎていて‥
宮古港周辺の被災を目のあたりにしながら市内中心部に進んでいくと、何だかグラデーションのように「普通の街並み」に変わっていきます。前回も訪問した魚彩市場、そして宮古駅などは津波の被害がなかったのだとか。いろいろな「温度差」があるんでしょうね。この日の宿は前回も泊まった嶋田鉱泉。
山田から大槌、そして釜石へ。どこもひどい被害、でも一歩ずつ一歩ずつ
昨秋に訪問した山田温泉浜の湯はもはや2F浴室部分が存在せず廃墟と化していました。そしてその隣には「屋根の上のポルシェ」。シュールな情景もこれまたこの地を襲った現実です。このあとは大槌‥酷いほどの現実。でも、いくつかの横断幕にかえって力をもらえました!
釜石大観音で祈りを捧げた後、高田松原の「一本松」に三陸の未来を見る
釜石では被災エリアには入らず釜石大観音から海を見ることにしました。かの大堤防は「崩壊」。そして陸前高田では「街を根こそぎ奪った」津波の力に「自然には勝てない」と実感。そうだ瓦礫で避難山を作るのは?と僭越な提案をしつつ被災GSでガソリン満タン!
復興進まぬ気仙沼、思い出の宿も今はなく‥でも「Restart」の動きも!
気仙沼の津波襲来エリアは港湾部(魚市場等)を除き復興への動きが感じられませんでした。そしてそれは昨秋訪問の「気仙沼ホテル&ゑびす振舞」にもいえることで、地盤沈下も顕著。しかし少しずつ「動き始めた」方もおられました。そんな方々が気仙沼を引っ張ってほしいのです!
南三陸町から志津川、そして石巻の各被災地へ
コンクリートの橋桁ごと流された高架橋梁を見れば、それより低地にある木造家屋が耐えられるはずもありません。しかしそこに残されていたのは色鉛筆ケースほかここでの生活を実感させられる物ばかり。石巻では日和山に上り、そして市内では予想通りの渋滞にはまりました。
「仙台の奥座敷」秋保温泉へ。ゴージャスもいいけれど共同浴場は外せない!
途端に東日本大震災関係から話が飛んでしまいますが、海岸沿いは宿も満室なので‥しかも何てゴージャス!(な本館)。しかしアネックスの部屋もやたら広いんですが?でもまぁこの場所から考えるとそこそこお値打ち?でも翌朝はしっかり共同浴場へ。
福島の桃はやっぱり最高!以前から気になっていた名目津の湯を経由してようやく帰宅
夏の福島を訪問して桃を買わないという選択肢はないのであります!それも今年は特に買わねばなりません!‥と思ったら「お腹いっぱいになるまで」ごちそうになっちゃいました(笑)。最後の訪問は名目津温(鉱)泉。加熱かけ流しの清冽な湯がこの旅行の〆となりました。

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